自分らしく働くという「答え」を求めて
山梨日日新聞No.26【令和5年6月19日発行】
私たちや私たちの子どもが就職先を選ぶ際に、どのような判断基準があるのだろうか。本人のやりたいことや実現したい夢、企業の規模や知名度、あるいは給与や福利厚生など、その答えは必ずしもひとつではない。
全国に約360万ある企業のうち大企業は僅か0.3%に過ぎず、99.7%は資本金3億円以下または従業員300人以下の中小企業である。平成30年度における山梨県の中小企業従業員数は全従業員数の90%を占めており、中小企業が地域の雇用の受け皿として中心的な役割を担っている。しかしながら、県内大学の卒業者のうち約7割は県外に流出してしまい、地元中小企業は人手不足という「負のサイクル」を断ち切ることができていない。一体そこにはどのような問題があるのだろうか。
先日、中小企業家同友会全国協議会主催の「中小企業・小規模企業振興条例」に関するシンポジウムに参加する機会を頂いた。今日の中小企業は、事業再構築、従業員の人材育成、資材高騰に伴う適正な価格転嫁、資金繰りなどのさまざまな問題に直面している。それに加え、地域で生まれ育った若者が就職を機とした県外への流出も止まらない中で、地域における中小企業の役割やその魅力をどのように伝えていくのかについて意見交換が行われた。
今回のシンポジウムにインターンとして参加していた大学生から、今日の若者は、仕事を通じてどのような働きがいややりがいが得られるのかが大切であるが、中小企業の持つ役割が若者に十分伝わっていないのではないかといった意見があった。特にBtoB(企業間取引)が中心となる企業では、どのような事業を行っているのか、またそれが社会においてどのような意義があるのか外から見えにくいこともある。だからこそ、各企業が企業理念や「パーパス」と呼ばれる企業の社会的存在意義を明らかにしていくことや、それに基づく事業活動を知ってもらうことも必要ではないだろうかという意見もあった。
今回のシンポジウムでも、地元の高校生の企業インターンシップの受入れを通じて経営者や従業員自らが働くことの意義について今一度考える機会を得たという香川県の事例や、行政と企業が定期的な「円卓会議」を開催し、お互いの信頼関係を築くことを通じて新たな商品開発や地域の情報発信などを行っている南三陸町の事例の報告もあった。
これらに共通していることは、事業活動を通じて地元企業が行政や地域社会との新たなつながりを生み出し、それが地元企業を知り、地域の産業を育てていく取組みへとつながっていることである。そしてそれを下支えしているのが、各自治体が策定する「中小企業・小規模企業振興条例」である。山梨県中小企業家同友会によると、山梨県をはじめ22もの県内市町村がこの条例を策定している。しかし、それが必ずしも具体的な取組みにつながっているとは言い難いことは、冒頭の「負のサイクル」からも明らかであろう。
このサイクルを断ち切るためには、一体何が必要なのか。そのひとつとして、地元企業と若者が、企業の社会的存在意義とそれに基づく働きがいややりがいについて、共に考え育んでいく場が必要ではないだろうか。さらに、こうした相互交流機会の促進のために、行政は、中小企業・小規模企業振興条例などを活用しながら、従来の産業振興の枠にとらわれずに広く企業と地域社会をつなぐ橋渡し役を担っていうことが期待されるだろう。そして将来、地元中小企業で働くことが、自分らしく働くことのひとつの「答え」になっていくことを期待したい。
(公益財団法人山梨総合研究所 調査研究部長 佐藤 文昭)