Vol.300-2 持続可能な地域の発展に向けた取組み~南アルプス市の事例~


公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 佐藤 文昭

1.はじめに

 「南アルプス市」と聞くと、何をイメージするだろうか。ユネスコエコパークにも認定された豊かな自然やそれを活かした山岳観光、また、さくらんぼやもも、すももなどの果樹や観光農園、あるいは来年オープン予定の大型商業施設などの新たな開発であろうか。
 一昨年全線開通した中部横断自動車道の山梨~静岡間は、沿線自治体の土地利用にも大きな影響を及ぼしている。南アルプスICと白根IC2つを有する南アルプス市では、交通の利便性や将来的なリニア中央新幹線の開業を見据えつつ、新たなまちづくりを進めている。これは、将来にわたり持続可能な自治体経営を行っていくための戦略と捉えることもできる。
 本稿では、この新たなまちづくりのひとつの取組みである南アルプスIC周辺地区の高度活用計画について、南アルプス市(以下、「市」という。)からの受託事業を通じてその策定支援や検討委員会の運営支援を行ってきた地方シンクタンクとしての視点を踏まえながら、そのプロセスと今後の可能性や課題について考えてみたい。

 

2.南アルプス市を取り巻く現状と課題

 昨年9月に国土交通省は、開通1年が経過した中部横断自動車道(山梨~静岡間)について、交通量が最大約3倍増加し、それによる沿線製造業の売上が約4割増加、観光についても峡南地域への来訪者が大幅に増加したとするなどの整備効果を発表した。[1] 市内においても、大手量販店のコストコや化粧品製造業であるコーセーの進出が予定していることからも、こうしたインフラ整備は企業誘致においてプラスに働いていると言えるだろう。
 一方、市の財政についてみた場合、人口減少や少子高齢化に伴う生産人口の減少や地域経済の縮小により、今後、財政状況の悪化が懸念される状況にある。また、市の主要産業のひとつである農業については、近年の高齢化に伴う農家数及び耕地面積の減少により低未利用地が増加する中で、より高度な土地利用の推進が市としての大きな課題のひとつである。
 財政状況が厳しさを増す中で、市としては、中部横断自動車道の開通や将来的なリニア中央新幹線の開業をひとつの転機と捉え、これまで南アルプスIC周辺地区の開発を行うことにより新たな企業立地による税収増加や人口増加につなげていくことで、今後の安定的な自治体経営を目指すための検討を進めてきた。

 

3.南アルプスIC周辺整備事業の概要

 市では、これまで南アルプスIC周辺において2つの開発を推進してきた。そのひとつである「南アルプスIC新産業拠点事業」は、かつて市の第三セクターによる完熟農園が整備されたが、2016年の経営破綻の後、現在はコストコとヒカレヤマナシによる新たな開発計画が進められている。もうひとつの「南アルプスIC周辺整備事業」は、新山梨環状道路を挟んでその北側に位置する約5060haの敷地(以下、「本地区」という。)が対象となっている。

出典:南アルプス市資料

図 1 南アルプスIC周辺の様子

 

 山梨県では、地域未来投資促進法に基づき、「ものづくり」「物流」及び「観光」分野について地域の特性を生かして高い付加価値を創出し、地域の事業者に対する相当の経済的効果を及ぼす「地域経済牽引事業」を促進するための基本計画を策定している。
 本地区は、農業振興地域であることから開発は制限されているものの、その一部は「ものづくり」と「物流」の重点促進区域となっているため、これらの分野を対象に、民間企業が新たな付加価値を生み出す事業計画を作成し国の承認を得ることで、税制、金融の支援措置や農地転用をはじめとした規制の特例措置などを受けることが可能となっている。本地区の開発に際しては、従来の開発行為の他にこうした制度を活用していくことも考えられる。

出典:経済産業省HP

図 2 地域未来投資促進法のしくみ

 

 一方、本地区の営農状況についてみた場合、農地全体の約半分は生産活動が行われているのに対して、残りの半分については、管理は行われているものの生産活動は行われていない農地、あるいは管理も放棄されている農地とみられる。
 こうした土地利用の状況も、本地区において開発が検討されている背景のひとつである。

 

4.南アルプスIC周辺高度活用計画検討委員会での議論

 昨年8月、市は有識者、地権者、地元事業者、農業関係者、公募委員などにより構成される「南アルプスIC周辺高度活用計画検討委員会」を設置し、市長からの諮問に基づき本地区の計画策定に向けた議論を行ってきた。今年7月までの1年弱の間、7回の会議や2回の市民ワークショップを開催し、計画案のパブリックコメントを経て、718日に市長に計画案の答申を行った。
 各回の委員会では、各委員から開発自体の目的や完熟農園跡地の新産業拠点の計画との関連性といった計画の位置づけや市の財政負担に対して期待される効果、また、土地活用による自然環境や渋滞などの生活環境への影響や地域の農業への影響など、様々な意見や不安、懸念などの声があった。一方で、若者の地元定着に資する新たな雇用機会の創出や地域の活性化、農業をはじめとした地元産業との連携など、参入企業と地域との新たな関係づくりに期待する意見もあった。
 そのような中で、市民を対象に開催したワークショップでは、本地区にどのような企業が欲しいかといった本地区への直接的な問いではなく、「南アルプス市のいいところ」は何か、その価値を高めていくために必要なことは何かといった、市民の暮らしという視点から意見を頂いた。

図 3 市民ワークショップの様子

 

 その結果、豊かな自然や農作物のおいしさといった意見と同時に、人の良さや利便性や子育てのしやすさといった生活に関する意見も多くみられた。こうした中から、市の持つ魅力とは、自然だけではなく、適度な利便性とその中での人のつながりといった自然環境と生活環境のバランスの良さにあることを確認することができた。さらに10年後の本地区に求められる機能としては、地域の自然や農業を活かしつつも、地域の暮らしや仕事につながる施設や場・機会を求める声が多くあった。こうした意見などから、本計画を通じて参入企業と市民や地元事業者とのつながりを築いていくことで、本地区、さらには市全体の魅力を高め継承していくことや、それによる地域での豊かな暮らしの実現への期待が感じられた。

 

表 1 市民ワークショップの成果

WSの成果(南アルプス市のいいところ)】

 

WSの成果(10年後のIC周辺地区に求められる機能)】

出典:南アルプスIC周辺高度活用推進計画(案)

 

5.ハードからソフトへ:「エリアマネジメント」の提案

 市民ワークショップを開催する一方で、委員会の議論は思うようには進まなかった。今回の委員会の目的は、市の産業振興として誘致すべき産業分野を検討することではなく、市全体としての魅力を高めていくためにはどのような土地利用が求められるかについて検討することであった。しかしながら、肝心の市全体としての土地利用やまちづくりの方向性については、今年度から来年度にかけて策定予定の次期総合計画で議論するということもあり、現時点で市全体としてのビジョンやその中での本計画の位置づけを明確に示すことが難しい時期でもあった。
 また、現時点で具体的な参入企業が未定である中で大まかな土地利用の考え方を示したい市と、市民ワークショップの意見なども踏まえ、農業分野や観光分野などとの連携といった具体的な計画やそれによる効果について議論したい委員の意見との間に隔たりもあった。こうした中で、委員会における議論の中心に据えたのが、「エリアマネジメント」であった。
 国土交通省によると、「エリアマネジメント」とは、「地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組み」と定義されている。[2] そのポイントは、一定のエリアを対象に、行政主導ではなく、住民・事業主・地権者等がお互いに関わり合いながら主体的にまちをつくり育てていくことである。その推進組織の形態や財源などは、エリアの特性や取組みの目的などに基づいて検討する必要があるが、内閣府では、海外のBID制度(Business Improvement District[3]を参考に、「地域再生エリアマネジメント負担金制度」を設け、エリアマネジメントを促進している。

出典:「エリアマネジメントのすすめ」(国土交通省土地・水資源局)

図 4 エリアマネジメントのイメージ

 

 今日、エリアマネジメントの取組みは、全国各地で行われているが、その大半は、既に開発が行われたエリアを対象としている。それに対して、本地区の場合、土地の開発や参入企業の選定もこれからであるが、こうした開発と同時並行によるエリアマネジメントの組織づくりとして、千葉県にある柏の葉スマートシティにおける柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)がある。公・民・学の連携による地域主体でまちを創造する拠点として設置されたUDCKは、2005年のつくばエクスプレスの開業に伴う柏の葉キャンパス駅周辺の開発において、2006年の商業施設ららぽーと柏の葉の開業と同年に、エリア内にキャンパスを持つ東京大学の提案により、第1期が開設された。その後、エリア内への入居事業者と連携しながら、対話の場や社会実験などの取組みを行ってきた。[4]
 開発の内容や規模、プロセスなどは大きく異なるものの、本地区においても中部横断自動車道というインフラ整備をひとつの契機として、今後の段階的な開発と並行してエリアマネジメント組織を設立し参入企業と地域とのつながりを設けていくことにより、本地区の付加価値向上につなげていくことを検討した。本計画では、下図の通り、参入企業と地域事業者・市民等と市が連携したエリアマネジメント組織を設立し、エリア内の付加価値の向上に資するサービスを提供していくことをイメージしている。現時点では、具体的な運営組織や財源などについては未定であるが、本計画策定後に、企業誘致や本地区の開発手続きと並行して具体的な仕組みづくりを検討することが求められる。

 

出典:南アルプスIC周辺高度活用推進計画(案)

図 5 エリアマネジメント組織のイメージ

 

6.本計画の可能性と今後の課題

 全7回の審議を経て策定された「南アルプスIC周辺高度活用推進計画」は、従来のハード中心ではなく地域と企業が共にまちを育てていく、住民目線によるソフト中心の計画となったことで、Society5.0と呼ばれる経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会の構築にもつながる新たな試みとなったと考えている。[5] その先には、子育て世代にとって暮らしやすいまちづくりや、それによる出生率の向上や移住者の増加などの効果も期待される。
 その一方で、その実現に向けて解決すべき課題もある。本計画において、「エリアマネジメント」という仕組みは提示されたものの、具体的な参入企業や具体的な開発については未定である。その意味において、今回の計画は、ハードに関する具体的な結論については先延ばしとなっていることも事実である。今後は、エリアを区切った上で具体的な産業分野を含む個別の実施計画を策定していくことになるが、その中で、委員会でも指摘のあった地域の環境への影響や税収増加などの事業の効果についても分析し、データに基づく計画策定や市民との合意形成を進めていくことが重要である。同時に、エリアマネジメント組織の立ち上げやそれによる計画段階からの参入企業と地域との連携関係の構築などを通じて、本地区の付加価値向上を図っていくことが求められる。
 こうした具体的な取組みを一過性のもので終わらせずに、継続してまちを育てていくための仕組みとしていくためには、組織の人材や財源、さらには活動拠点を確保していくことも必要となる。また、多様な主体が参加する組織運営では、一部の主体の利益だけではなく、本地区の価値を高め、それを市全体に広げていくという本組織の社会的意義(パーパス)をしっかりと掲げることを忘れてはならない。
 そのためには、本計画を踏まえ、まずは市が率先して地域について未来思考で検討し実践する場や機会を設けていくことにより、民間主体の活動に向けた機運を醸成していくことが必要であろう。
 これまで様々な市民活動などを通じて地域のつながりを築いてきた風土や文化を持つ市の魅力や特徴を活かして、本計画が市民のより豊かなライフスタイルの実現や、将来の地域を担う子どもや若者が住み続けたいと思うまちづくりにつながることを期待したい。


[1] 国土交通省HP(https://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/koufu_00000575.html
[2] 「エリアマネジメントのすすめ」(国土交通省土地・水資源局)
[3] 同上。BID は欧米諸国を中心に実施されている制度で、主に商業地域において地区内の事業者等が地区の発展や、価値の向上に向けて必要な取組やその負担等について定め、事業者等から負担金や租税等の形態で金銭を徴収し、その事業者等によって設立された組織(BID 組織)に交付してその取組を進める仕組み。
[4] 詳細は、柏の葉スマートシティHP(https://www.kashiwanoha-smartcity.com/)を参照。
[5] Society5.0の説明については、内閣府HP(https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/)を参照。