Vol.300-1 行政政策としての土地活用について


山梨県立大学非常勤講師 保坂 久

 

 今日の自治体における財政状況が厳しさを増す中で、持続可能な自治体経営のためには新たな財源確保のための政策が必要となります。本稿では、新たな土地利用を通じた地域の活性化とそれによる税収確保による安定した自治体経営のあり方についてまとめるとともに、そのための行政政策について、筆者が所属していた南アルプス市の事例について紹介します。

 

1.行政の命題、地域の活性化とは

(1)地域活性化の概念

 行政の命題の一つとして「地域活性化」という課題があります。行政は住民の福祉の増進の役割を担うこととされています。住民福祉の増進には、多様な将来像が描かれますが、各自治体は総合計画などに個々の将来ビジョンを掲げ、その目標達成のために、政策体系を構築して各種多様な事務事業=行政サービスを実施しています。その事務事業を実施し実行し続けるために、地域が衰退することなく「活性化」された状態が続くことが求められます。
 それでは、「地域が活性化している」とは、どんな状態をいうのでしょうか。以下の4点で考えてみました。

① 地域内で経済が回ること

 経済面では、地域の歳入が確保され、行政サービスの実施に必要な財源が確保できている状況です。産業が確立され、地域内での消費以外の地域外への出荷により、外貨を稼ぐことや、誘客産業により、地域外からお金を持ち込み、地域に落としてもらうことなどが上手く機能していることです。

② 持続可能性が高まること

 安定的な産業構造が構築され、長期的な見通しが立つこと。また、社会変化に対応して柔軟に変化出来る産業構造を併せ持つ地域であることです。

③ 市民の平均所得が上がること

 優良な産業構造を有し、住民を受け入れる雇用があり、そこで働く市民の所得が向上し、生活設計が出来る水準であることです。

④ 地域内で暮らす人が増えること

 優良な産業構造と快適な労働環境が備わり、長期的な展望を持って働ける地域には、快適な暮らしが期待され、その地域で暮らそうとする住民が増えることです。
 そこで暮らす人が増えると、市民税、固定資産税等の税収が増えることで、自主財源が確保されます。地域が掲げる将来ビジョンに向けて必要な行政サービスの資金が供給され続ける状態を、地域が活性化していると考えるのが良いと思います。 

(2)活性化の施策はマス(多数)に向けて

 巷には、地域活性化事業と銘打ち、各自治体が知恵を絞った多種多様な事業が実施されています。しかしながら、前段で述べた「地域活性化」の概念で考えたとき、その事業が本当に税収増加につながるのかという観点でその事業を見てみることも有効かと思います。地域活性化に取り組もうとする時点で、その自治体には、財政的にもマンパワーでも余裕があるはずはありません。その力は必ず効果が期待できる取り組みに使わなくてはなりません。
 その取り組みによって動いたヒトカネは、どのような成果を上げたかについて、きちんと評価しないとなりません。まちおこしイベントや、シェアオフィス整備、移住促進など、単発的、あるいは小規模な事業もそれぞれ意味を持つでしょう。しかしその事業がどの程度の規模の対象者を想定するのか、それによってどの程度の規模の成果が期待されるのか、その成果で求める将来が実現できるのかを評価し、見直す視点が大切だと思います。マスコミに取り上げられるだけでは成果につながりません。
 もしその地域に開発可能な用地があるのなら、まず人員は土地開発に振ることをお勧めします。地域活性化のプライオリティは地域の大きな資源である、土地開発を最も上位に置くべきです。

 (3)企業誘致(あるいは産業創出)で地域活性化を図る ~人は稼げる場所に暮らす~

 子育てや福祉、教育施策の充実を前面に地域の魅力をアピールする自治体があります。それらの充実も人口増加による地域活性化の取り組みではあるでしょう。しかし、あくまで働けてこその子育てや暮らしです。移動手段が発達した現代において働き方は多様とはいえ、まだまだ多くの市民は出来るだけ居住地の近くに、優良な働き口を求めることに変わりはないでしょう。地域づくりをするうえで、優良な雇用と労働環境と快適で安心安全な居住環境を整備することは、まちづくりの基本であると考えます。
 稼いで暮らせるまちにするために、行政はどんなことが出来るでしょう。新たな産業を生み出すために、企業誘致活動は、衰退する一次産業を主体としてきた地方の自治体では、古くから取り組まれてきました。盛岡周辺など東北地方で顕著であったと思います。今では単なる企業誘致から、まちの将来像を描き、その実現にふさわしい、あるいは必要な土地利用計画を示し、住民との合意形成の上で進めていくというプロセスが求められます。そのうえで、市民がどのように幸せに暮らすまちをつくるのか、自治体は地域の産業構造を考えなくてはなりません。

 

 2.どんな土地が活用(開発)に適しているか

 それでは、地域活性化を図る上で、実際にどのような土地が活用に適しているのでしょうか。この点について、歴史を遡りながら求められる条件などについて考えてみます。

 (1)昔から資源のあるところに人が集まった

 太古の昔にはきっと飲み水が確保できる、泉や川の近くに暮らしたことでしょう。そのうちに、貨幣が生まれると山の森林資源を活用し、家の材料、燃料、肉や木の実を採って、まちで売って儲けるようになります。あるいは海の近くでは貝や魚、海藻や塩などを売り買いする人たちも生まれ、海や山が栄えた時代がありました。現在の産油国が栄えているようなものですね。
 物流が発展すると、海外から木材や燃料、食料などの物品が安く日本に入るようになり、価格が見合わない国内の海山の資源は価値を失います。その後は物資が行き交う交通の要衝が経済の拠点となり、人が集まりました。街道や宿場町から発展した、自動車を走らせる国道や鉄道の整備は、昭和のまちづくりに大きな影響を与えたと思います。近年では、高速道路や新幹線、リニアなど新たな高規格交通の出現により、土地の活用にも変化が表れています。

 (2)高規格交通の変遷

 高規格交通という観点で県内を振り返ってみます。古くは甲州街道(国道20号)や駿信往還(今の静岡と長野を結ぶ国道52号)などの街道筋に宿が形成されてきました。主に馬や人、荷車が交通手段だったでしょう。船による物資の移送が当時としては効率よく物を運べたのでしょう。川の両岸から船を引き上げるという富士川の舟運では、静岡から海産物や塩などが内陸に運び込まれ、物流拠点として鰍沢宿が栄えました。鉄道が開発され、甲州街道沿いに線路が敷設されると、列車による人や物資の輸送が始まり、駅のある塩山、山梨、甲府、韮崎などが発展、市街化しました。次に自動車の性能が上がり、安く普及すると、国道などのその時代の高規格道路が整備され、時間や目的地など自由度の高い、自動車による輸送が物流を担うようになりました。
 近年では、中央自動車道や中部横断自動車道などの高速道路や新山梨環状道路、甲府バイパスや甲西バイパス、リニア中央新幹線などが随時整備されてきています。現代の高規格交通のルートは、既存の市街地を避けて計画され、現代の高規格交通は、その多くが、県南西部を通っています。
 このように、過去の歴史を振り返れば、これらの沿線や駅、交差点などに経済や交流、物流の拠点が形成されていくと考えるのが自然でしょう。

 

3.どのように土地を活用するか

 さて、その自治体に、自然条件が良好で、高規格交通に近接し、高い開発可能性が期待される土地がある場合、どのような土地利用を考えるべきでしょうか。
 冒頭で触れたように、まちづくりの基本としては、行政サービスの経費、将来ビジョンを実現する財源、持続可能性を担保する収入を確保できる産業構造が必要と述べました。土地活用の面からは、開発の効率を考えると、面積当たりの産業密度の高い産業(面積当たりの生産額が多い)を創造することになります。
 次に、その産業は出来るだけ多くの雇用を創出するものが望まれます。新たな産業に従事する、あるいは関連する業務に従事する市民が増えれば、地域の人口が維持され、税収や地方交付税等の収入を確保することにつながります。また、その産業は、まちの将来ビジョンにマッチし、かつ地域の既存産業に活性を与えるものが望まれます。
 そして、その土地活用に付随して、新たな産業に関わる市民が暮らしやすい、定住環境の整備も考慮しておく必要があります。住宅、医療福祉施設、子育て教育施設、その他の生活関連施設の整備は、定住促進に欠かせないものです。

 

4.事例

 過去、南アルプス市職員として関わった事例について紹介してみます。詳しくは、市ホームページに関連情報がありますので、関心のある方はご覧ください。 

(1)ケース1 南アルプス市新産業拠点整備事業(旧完熟農園跡地)

 ① 背景・概況

 ここは、市の合併前から民間の開発業者が地権者を取りまとめ、約12haの事業用地として開発を試みた場所でした。3代目の市長の政策方針で、農業6次化をテーマにした交流集客施設「完熟農園」を開設しましたが、市が出資した運営会社が経営破綻し、短期に事業を終えた場所でした。運営会社は負債を抱えての破産でしたので、清算に当たっては市が道義的に協力しながら、跡地活用を考えるという案件でした。地勢はほぼ平たんな約12haの土地で、洪水等の心配は無く、国道52号甲西バイパスと新山梨環状道路が交差し、中部横断自動車道の「南アルプスIC」に隣接し、さらにリニア中央新幹線の新駅予定地まで約7分の好立地でした。市としても新たな産業や経済活動など高度活用が望まれる場所です。
 一方、前事業による開発手法として申請した農振除外に付随する計画の履行や、農転許可の再取得、都計法の許可のほか、用地内に残置された建物の換金(破産財産の現金化)などが、土地活用=開発にあたっての条件でした。また、市議会においては、前事業の教訓から市が公費を投入して、主体的に開発に関わることは認めないという意向が示されていましたので、おのずと民間資金による開発に絞られました。

 ② 土地活用の方針

 それらの開発条件を整理し、土地活用の方針を定め、公募選定を条件とした企業誘致活動を行うこととしました。民間企業に活用してもらうことで、建物の現金化と農振除外計画の履行、農地転用を行い、高度活用を実現するスキームを立てました。具体的には、議会の承認を経て、地権者全員の合意を取り付け、企業選定を行い、市が用地を買い上げたうえで造成工事を行い、企業に賃貸または売却する。企業は市の示した土地の活用方針に基づく事業を行うというものです。

 ③ 進捗状況

 現在、条例整備の後、公募選定が終了し、出店協定をもとに市が用地を買収し造成工事に着手している状況です。造成工事着手にあたっては、農転許可、都計法開発許可等をクリアし、清算処理も目途が付いた状況です。来年の今頃には西側のエリアがオープンする見込みとなっています。 

(2)ケース2 南アルプスIC周辺整備事業

① 背景・概況

 こちらは、旧完熟農園跡地開発を進めるなかで、土地活用の可能性の研究に伴い表面化してきた案件です。市の中心市街地から、「南アルプスIC」までの間に約50~60haの農振地域があります。現状、農振地域にも関わらず、農業生産に値する土地活用はほんの少しで、農振地域である故に活用されず、遊休化あるいは荒廃農地化している現状がありました。こちらも、洪水浸水等の心配は無く、ほぼ平坦な土地です。
 40年ほど前に当時の農業政策として果樹栽培による農業振興を目指し、市域の西部の農地を農振指定し、大規模な灌がい設備を敷設した経緯があります。これにより、八田、白根地区では、桃やサクランボが特産となり、甲西地区ではスモモが全国有数の産地となりましたが、土質によるものか、当該地においては果樹の生育が思わしくなく、果樹生産が定着することはなかったようです。その後、農業生産技術の向上とともに、供給量や農産品目が増加し、農産物価格が下落すると農業後継者の減少とともに農地の需要も減り、近年では遊休農地が増えている状況です。
 一方、当該地は農振地であることで住宅もないことから、国道のバイパスや新山梨環状道路が貫通し、高速道路ICが近接するという、土地活用の面からは「交通利便性に優れた立地」と評価される場所となりました。
 土地活用の条件としては、農振農用地、地目農地、多数の地権者、畑かんと呼ばれる灌がい施設が敷設されていること、文化財包蔵地であること、また、農地なので、域内の道路や排水、上下水道が未整備であることなどが想定されました。

 ② 土地活用の方針

 市の中心市街地に近く、高規格交通が集中する場所であることから、市は政策転換をして、当該地を農業振興による土地活用から、開発等新たな産業による高度活用を検討することとしました。

 ③進捗状況

 市は、担当係を設置し、土地の基本状況の調査や地権者の意向調査などを経て、土地活用の基本計画策定に着手しています。

 

5.まとめ

 自治体にとって、土地活用は難易度の高い事業でなかなか取り組み難いものだと思います。マンパワーも高いスキルも要求され、大きな費用も掛かるものです。しかしながら、優良な市民が働く場所を確保すること、地域の将来に向けて持続可能性の高い産業構造を創造することは、行政の基本であると考えます。県内でも土地活用に積極的に取り組む自治体の存在が、県内の経済活動の重心を変えるような変化を起こしているという現実もあります。また、政策によっては、財政力指数などに明らかな変化を表す成果を上げている自治体もあります。
 まちの将来を考えるとき、貴重な資源である土地活用の方針はきっと重要な政策であると思います。いま一度、土地活用を通じたまちづくりの取り組みについて考えてみたらいかがでしょうか。