Vol.301 健康づくり対策の沿革と今後の取り組み
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 前田 将司
1.はじめに
人生100年時代と言われる昨今、健康を保ったまま長生きすることは、生涯を通じたQOLの維持・向上に直結する事柄になっている。健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を表す健康寿命は、WHO(世界保健機関)が2000年に提唱した概念であるが、山梨県は男女ともに高い水準を保っていることで多くの県民にも知られているだろう。令和3年12月に公表された令和元年データに基づく「都道府県別健康寿命」では、山梨県の健康寿命は男性が73.57歳、女性は76.74歳で共に全国第2位となっている。ただこの健康寿命が国で進める国民の健康づくり対策の基本的な指標になっていることを知っている人は、福祉保健関係者以外ではあまり多くないのではないだろうか。そこで今回は国の健康づくり対策について、これまでの沿革とそれらを踏まえたこれからの取り組みについてまとめた。
2.国が取り組む「国民健康づくり対策」の沿革
(1)日本の健康づくり対策の沿革
日本では健康増進に係る政策は、図表1の通り、1978年(昭和53年)に旧厚生省による「第1次国民健康づくり対策」としてスタートしており、2000年(平成12年)に示された「第3次国民健康づくり対策」は“21 世紀における国民健康づくり運動”、通称「健康日本21」として現在まで続いている。
2003年(平成15年)には国全体で健康づくりに取り組むことを示した健康増進法が整備され、それに基づき都道府県や市町村においても健康増進計画の策定が要請されるようになった。
図表1:過去の日本の健康増進対策の沿革と概要

第1次国民健康づくり対策から健康日本21(第一次)までに行われた健康づくりの対策は、健康増進センター、市町村保健センター、健康科学センター等のハード整備や健康運動指導者、管理栄養士等のマンパワー確保、都道府県及び市町村における健康増進計画の策定など、健康づくりを政策として行う上での「インフラ」の整備にあたるようなものが重視されていたように考えられる。
健康日本21(第一次)では、それらに基づいて健康づくり9分野において目標の達成を目指した施策・事業が行われたが、健康づくりの土台は整えられたものの、個々の国民の健康づくりへのアプローチ(プログラムやツール)が不十分であった。そのため、平成23年度に行われた健康日本21(第一次)の最終評価では、全体の課題として健康づくりのターゲットが定まっておらず「誰に何を」するかが不明確であり、目標達成に向けた効果的なプログラムやツールの展開が不十分だったこと、政府全体や産業界を含めた社会全体としての取り組みが不十分で医療保険者、市町村等の関係者の役割分担が不明確だったことなどが指摘された。このことを受けて、以降他省庁や産業界なども巻き込んだアプローチを取る方向に舵が切られることになった。
(2)健康日本21(第二次)の概要とその評価
健康日本21(第一次)の最終評価を踏まえ、2012年(平成24年)にはじまった第4次国民健康づくり対策「健康日本21(第二次)」では目指すべき姿を「全ての国民が共に支え合い、健やかで心豊かに生活できる活力ある社会の実現」とし、個人の生活習慣の改善とこれまで行われてきた社会環境づくりの更なる改善に焦点が向けられるようになった。
健康の増進に関する基本的な方向としては「①健康寿命の延伸と健康格差の縮小」、「②主要な生活習慣病の発症予防と重症化予防」、「③社会生活を営むために必要な機能の維持及び向上」、「④健康を支え、守るための社会環境の整備」、「⑤栄養・食生活、身体活動・運動、休養、飲酒、喫煙及び歯・口腔の健康に関する生活習慣及び社会環境の改善」の5つが示され、10年後である2022年(令和4年)に達成すべき目標として計53 項目が設定されている(①~⑤について、2項目、12項目、12項目、5項目、22項目、図表3参照)(図表2:全体の概念図、図表3:基本的な方向と目標(一部抜粋))。
図表2:健康日本21(第二次)の概念図

図表3:健康日本21(第二次)の基本的な方向と目標(一部抜粋)

健康日本21(第二次)では、第一次の課題も含め健康づくりのための社会環境の整備に関する目標が定められ、個人の健康が家庭、学校、地域や職場などの環境に影響を受けることを前提とした社会全体による個人の健康づくりに力が注がれてきた。その中で、スマート・ライフ・プロジェクトの推進やデータヘルスの推進など多くの主体を巻き込んだ新しい試みがなされた。それによりこれまでの厚生労働行政の枠組みを越えた取り組みが進んだ一方で、目標とする指標の一部が悪化するなど、成果の及ばない部分も見えてきた。これらの課題は第三次健康日本21において、後述する特徴的な取り組みがなされるきっかけになっていると考えられる。
2022年(令和4年)10月に公表された健康日本21(第二次)の最終評価報告書[i]では、健康づくりに向けた法整備や枠組みの構築、多様な主体の参加、データヘルス・ICTの利活用などの新しい要素の導入が成果として挙げられた一方で、一次予防に関連する指標の悪化、一部の性・年齢階級別での指標の悪化、健康増進に関連するデータの見える化・活用が不十分といった課題が指摘されている。また過去20年の間に自治体において健康増進関係だけでなく、介護保険制度、医療保険制度、生活保護制度などの各分野で健康づくりの取り組みが推進されたことに加え、保険者や企業等でも健康づくり活動が広まったことや、目標として設定されている健康格差が新型コロナウイルス感染症を機に拡大していることなども指摘された。
3.健康日本21(第三次)の概要と注目される目標
2023年(令和5年)5月31日、「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」が改正され、「健康日本21(第三次)」の基礎資料が公開された。健康日本21(第三次)は「全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」をビジョンとして、これを実現させるための健康づくりの基本的な方向性として、「①健康寿命の延伸と健康格差の縮小」、前計画における生活習慣病の改善や発症・重症化予防に向けた「②個人の行動と健康状態の改善」、個人の健康増進の基盤となる「③社会環境の質の向上」、新たに①~③の各要素を子ども、女性、高齢者などの様々なライフステージで享受できるよう「④ライフコースアプローチを踏まえた健康づくり」を定めている(図表4参照)。
図表4:健康日本21(第三次)の概要図

また、①から④の基本的な方向に基づいて、それぞれに具体的な目標が定められている。前回計画を踏襲したものも多く組み込まれている中で、「社会環境の質の向上に関する目標」に、新たに以下の目標が加わっている(図表5参照)。
図表5:健康日本21(第三次)「社会環境の質の向上に関する目標」
その中で、さらに一歩踏み込んだ特徴的な取り組み目標2点に着目し、以下それらについて記述したい。
一つめの特徴は「社会とのつながり」を目標に取り上げたことである。社会とのつながりは健康に影響すると言われており、孤立は喫煙や肥満を上回る健康上のリスクとして認知され始めている。社会活動を行う人を増やすことで人と人とのつながりを作ることにより、様々な健康への悪影響を生み出す孤独・孤立を原因療法的に改善し、こころの健康の維持・向上につなげることがこの目標の目指すところであろう。社会活動への参加促進は、行政による既存の支援だけでなく「社会的処方」のような新しい解決策も注目されている。社会的処方とは、患者の健康とウェルビーイングを改善するために、患者への薬の処方による問題解決ではなく、非医療的な処方としてコミュニティでのサポートを紹介することで「地域とのつながり」による問題解決を図る取り組みである。例えば、うつ病を抱えている患者を地域の趣味のサークル活動とつなぐなど、地域資源を通して生活環境を変えることで患者の困りごとの解決を図っている。この手法は、イギリスをはじめとする欧米諸国で取り入れられており、日本でも2021年度から厚生労働省が「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」として、複数の都道府県(保険者協議会)において社会的処方のモデル事業を展開している。今後は様々な主体の参入により、こうした手法の活用が進んでいくだろう。
もう一つの特徴は他省庁の取り組みを目標に取り込んでいることである。具体的には『「居心地が良く歩きたくなる」まちなかづくりに取り組む市町村数の増加』と『健康経営の推進』の2つである。
前者は国土交通省が実施している「まちなかウォーカブル推進プログラム」につながるものである。ひと中心の空間形成、まちなか空間の多様な利活用促進などを国が支援することで豊かな生活空間を実現させるとともに、歩くことによる健康増進を行っていくものである。このような街はウォーカブルシティとも呼ばれ、自動車を使用せずに歩いて移動でき、徒歩で移動する人のニーズに配慮された街並みや公共交通機関が組み込まれた街づくりがなされている。
国土交通省が開設するウォーカブルポータルサイト[ii]では、全国の街路空間の再構築や利活用、同省の取り組み等が紹介されており、山梨県でも甲府市がウォーカブル推進都市となっている。同様の取り組みは海外でも積極的に実施されており、ニューヨークやパリ、ロンドンやバルセロナが先進事例として知られている[iii]。
また後者の「健康経営」は、経済産業省が進める政策である。健康経営とは、従業員の健康を経営的視点から考え、戦略的に実施する経営手法のことを言う。企業が従業員の健康を増進することで、医療費の削減だけでなく、生産性や企業の収益性向上などの効果が期待でき、企業の利益追求と働く人の心身の健康維持を両立することで、従業員個人の生活の質と企業活力を共に高めることができるようになる。
経済産業省は、健康経営を実践する企業を支援するため、健康経営銘柄の選定や健康経営優良法人認定制度の運営などを行っている[iv]。各種顕彰制度の推進は、優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」することで、従業員や求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業」として社会的に評価を受けることができる環境を整備することを目的としている。具体的な事例として、民間企業等が連携して組織する日本健康会議が認定した「健康経営優良法人2023」では、大規模法人部門に2,676法人、中小規模法人部門に14,012法人が認定された。また自治体等による独自の健康経営の顕彰制度も広がっており、青森県や茨城県、静岡県などが実施している。
4.健康づくりのこれからについての考察
健康日本21(第三次)の推進により、健康づくりが多様な方面からサポートされ、一次予防による健康づくりの更なる底上げが図られることになり、多様な主体が健康づくりについて目を向けることで、健康に関する意識の醸成がより促進されると考えられる。それにより今後は多くの産業において、健康づくりを意識するプロダクトやサービスが増えることになるだろう。すでに歩くことや眠ることといった健康づくりの基本的な項目も、金銭的なポイントの付与やポケモンスリーブのようにゲーム性を加えるといった様々なインセンティブによって、日々の生活の中に積極的に取り入れられるようになってきている。今後どのような健康づくりの項目が社会的にクローズアップされるか気になるところである。
また行政的な側面から見ても、先に紹介したような特徴的な取り組み目標が取り入れられたことで、今後国の健康づくりは様々な事業を取り込んでいくことが予想される。県内の自治体においても様々な主体や関係部署との連携による地域住民の健康づくりを検討していくことが重要になると思われる。そのためには行政に関わる多くの人が自己の職務を健康づくりに関わりうるものになるのでは、と日々考えておく必要があるだろう。公私を通じて健康づくりを「自分事」にしていくことが今後大切になっていくのかもしれない。
[i] 健康日本21(第二次)最終評価報告書を公表します (mhlw.go.jp)
[ii] 国土交通省 WALKABLE PORTAL(ウォーカブルポータルサイト) (mlit.go.jp)
[iii] ウォーカブルなまちづくりの海外事例紹介 (mlit.go.jp)