Vol.305 官民連携等による地方の公的不動産(PRE)の再生
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 櫻林 晃
1. はじめに
近年、我が国において公共施設の老朽化対策が大きな課題となっている。高度経済成長期に建設された多くの公共施設で老朽化が進行しており、内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 ~脱デフレ・経済再生~(平成25年6月14日閣議決定)」では、インフラの老朽化が急速に進展する中、『新しく造ること』から『賢く使うこと』への重点化が課題であるとしている。
また、地方の自治体においても、少子高齢化の進展や時代の変遷に伴う住民ニーズの変化などにより、公共施設の在り方について大幅な見直しが迫られている。
一方で、公共施設マネジメントの方針に即して、公共施設の統廃合や不要となった公共施設の廃止等が進められているものの、公共施設の多くは耐用年数が50~60年程度と長期間に及ぶものであることから、建物としては再活用できる状態であるものが多い。そのため、自治体が所有する公的不動産(PRE:Public Real Estate)の扱いについても、有効に活用する方法を検討していかなければならない。
本稿では、山梨県をはじめとする地方自治体の公共施設マネジメントの動向や事例、さらにはデジタル化の進展という時代の変化等を踏まえながら、今後の公的不動産の活用方法について考察をしてみたい。
なお、「公共施設」は自治体が公共の利益や福祉に資する目的で使用する建物等(庁舎、学校、図書館などの行政財産)を指し、「公的不動産」は「公共施設」だけでなく自治体が所有している建物等の全般を指す。そのため、「公的不動産」には公共施設の統廃合等によりその役目が不要となり、民間事業者に建物を貸付したり譲渡したりするもの(廃校、旧団地などの普通財産)も含んでいる。
2.公共施設マネジメントの現状
(1)公共施設マネジメントの必要性
今日、高度経済成長期に整備された多くの公共施設は老朽化による更新時期を迎えており、財政負担の増大が課題となってきている。また、少子高齢化の進行や社会構造の変化等により全国の地方自治体において「空き公共施設」の増加も問題となっている。例えば、文部科学省「廃校施設等活用状況実態調査(令和3年度)」によると、全国の公立学校のうち平成30年度から令和2年度の僅か3年間で999校が廃校となっており、多くの校舎が教育施設としての役目を終えている状況にある。また、教育施設以外にも庁舎等の行政系施設や公営住宅など、様々な公共施設で老朽化が進行している状況にある。
そのため、全国の自治体では、自治体が自ら所有する公共施設等の状況を把握するとともに、長期的な視点をもって更新・統廃合・長寿命化などを実施して財政負担を軽減・平準化したり、公共施設等の最適な配置の実現を目指す計画として「公共施設等総合管理計画」を策定し、各自治体が計画性を持って公共施設マネジメントの取り組みを進めている。
(2)山梨県内の公共施設マネジメント
1)山梨県
山梨県では平成27年度に「山梨県公共施設等総合管理計画」を策定し、公共施設等の長寿命化や統廃合等を進めており、施設の更新や維持管理にかかるトータルコストの削減や財政負担の平準化を図っている。
県が所管する県内の公共施設の建設年を見ると、昭和40年代後半から昭和50年代にかけて多くの公共施設が建設されている。一般的に大規模改修が必要となる築30年を経過している施設の割合が約49%に達しており、今後は更新や改修に要する費用が増大することが懸念されている。
そのため、同計画では、「新たな行政需要に基づき必要となる施設を除き、これ以上延床面積を増加させないこと」を目標に掲げており、県民ニーズを見極めつつ、存続すべき施設は適切にメンテナンスしながら長寿命化を図り、行政の関与の必要性が薄れた施設は統廃合等を前提とした検討を行うなど、抜本的な対策を講じていくことが不可欠であるとしている。

図1 山梨県内の県が所管する公共建築物の建設年
2)県内市町村
山梨県内の市町村においても、全ての自治体が「公共施設等総合管理計画」を策定し、公共施設マネジメントに取り組んでいる。また、多くの自治体が同計画における数値目標として、公共施設の延床面積を10%~40%程度削減することを掲げており、総量削減に向けた計画的な取り組みが進められている。
山梨県内の市町村は平成の大合併により複数の自治体が合併したことから、合併前の旧自治体ごとに庁舎や図書館、温浴施設等が設置されていることが多い。しかしながら、自治体の財政が厳しい状況にあること等を踏まえると、合併後の施設配置について最適化の検討を進めていく必要性があるだろう。
表1 県内市町村の「公共施設等総合管理計画」における延べ床面積の削減目標

3.地方の公的不動産における課題
(1)公共施設の主な削減手法と公的不動産の資産的価値
公共施設の総量削減を推進していくための主な手法としては、「①新設の抑制」、「②長寿命化による建替等の抑制」、「③建替時の複合化・集約化」、「④類似する施設の統廃合」、「⑤不要な施設の廃止」等が挙げられる。このうち、③~⑤の手法については、既存の公共施設のうち自治体が使用しない公的不動産が生じることになる。
一方で、公共施設は災害時の防災拠点や住民の避難所に使われることもあること等から、鉄筋コンクリート造等の堅牢な構造の建物が多い。そのため、公共施設の資産的価値を示す耐用年数は概ね50~60年程度と長期に及ぶものであり、学校の校舎等では長寿命化により目標使用年数を80~90年程度としている自治体もある。また、公共施設は堅牢性の高さ等から解体や撤去に係る費用が高額となりやすく、取り壊す際にも多額の公費を捻出しなければならないことも多い。仮に建物を取壊ししても跡地の利用予定等がなければ、遊休地として放置されることも懸念される。
(2)公共施設に係る官民連携の代表的な手法
官民連携とは、公共施設の建設・維持管理・運営等を自治体と民間が連携して行うことによって民間の創意工夫等を活用し、良質な公共サービスの提供やコスト削減、地域活性化などの様々な効果を目指すことを言う。
公共施設の官民連携の代表的な手法としては、「PFI(Private Finance Initiative)」や「指定管理者制度」、「包括委託契約」等があり、これらは公共施設等の建設・維持管理・運営等に係る収益増大やコスト低減等を図るために民間ノウハウを活用するものである。また、施設の運営権を民間事業者に設定し、自由度の高い運営を可能とすることによって利用者ニーズを反映した質の高いサービスを提供する手法として「公共施設等運営権(コンセッション)」などがある。一方で、公共施設としての役目を終えた公的不動産については、施設を民間事業者に譲渡する「民間譲渡」等の手法もある。
(3)「民間譲渡」の高いハードル
公共施設の総量削減を進めるためには、最終的には利用しなくなった公共施設の役目(条例等)を廃止し、不要となった公的不動産を「民間譲渡」するか「取壊し」するかの2択しかない。しかし、先述のとおり公共施設の多くが本来は建物として長期利用が可能である(耐用年数が長い)ため、建物の耐用年数が経過するのを待ってから「取壊し」を行うだけでは、公共施設の総量削減を早期に進めることは困難である。一方で、建物の耐用年数が経過する前に公共施設を「取壊し」するのは、資産的価値が残存する公共財産(公費で整備した施設)を喪失することになり、住民からの理解は得られにくいだろう。そのため、多くの自治体では公共施設等総合管理計画における未利用施設や複合化・統廃合等で生じた空き施設等の方針について「民間譲渡」を積極的に検討していくことが記載されている。
しかし、不要となった公的不動産を民間事業者に売却等を行う「民間譲渡」には、様々なハードルがある。まず、自治体側としては、公共施設を整備する際に国の補助金等を活用していることが多く、補助金の交付要綱に用途変更や財産処分に関する制限が付されていることが多いことから、民間に譲渡する際には補助金の交付元との調整や許可等が必要となる。また、老朽化の進行状況や建物が現在の法律に準じているか(遵法性)の確認、土地や建物の価値を査定する不動産鑑定等を実施しなければならない。民間事業者による活用ニーズの有無や譲渡条件の確認等を行うためにサウンディング型市場調査を実施する必要があるほか、行政財産を普通財産に転換するには議会の承認等も必要となる。
一方で、民間事業者にとっても「民間譲渡」のハードルは高い。まず、譲渡の検討対象となる公的不動産は老朽化が進んでいるため、維持費や修繕費等が嵩む状態となっていることが多い。また、建物の外観や内装等が時代に合わないものとなっていることも多く、不動産としての魅力は低いと言わざるを得ないだろう。更に、そもそも公共施設は民間事業者が活用することを前提とした建物ではないため、民間事業者が活用するにしても業務効率が悪かったり、改修等によって他の用途に転用することも簡単ではない。
そのため、譲渡対象となる公共施設がかなり良好な状態であったり、立地の良い物件等でないと、「民間譲渡」まで至ることは容易ではないと言えるだろう。
(4)地方ならではの課題
地方においては、公的不動産の「民間譲渡」の難易度は更に高くなるだろう。まず、「民間譲渡」は民間事業者が公的不動産を活用して独自の事業によって採算を確保する必要があるが、地方は都市部と比べて市場性が低いため、民間事業者にとって事業参入のハードルが高くなる。また、全国の自治体で公共施設の見直しが行われており、廃校などの公的不動産は全国的に活用の目途が立っておらず、担い手を探している建物が多く、全国の公的不動産で「民間譲渡」を模索する動きが広がってきているが、多くの事例で「土地や建物を無償で譲渡する」等の民間事業者にとって有利な条件で譲渡先を公募しているものの、民間事業者からの応募がないケースも散見される状況である。
このことから、譲渡を円滑に進めるためには、民間事業者にとって事業がしやすいようなメリット等を創出するか、地域内の民間事業者等にとって公的不動産を活用しやすいよう要望等を聞きながら民間譲渡の検討を進めていく等の工夫が必要となるだろう。
(5)地方の公的不動産の価値を「使い切る」という選択肢
ここまで述べてきた通り、地方公共団体が整備した公共施設は、地域住民にとって必要な公共サービスを提供する「地域にとって必要な建物」として公費で整備されてきたにも関わらず、全国の自治体が行財政改革の対象として仕分けすべき『負の遺産』として扱われているのが現状である。
このような条件下において、自治体と地域住民の双方にとってメリットが高まる選択肢として、筆者は「既存の公的不動産を価値がある限り積極的に使い切る工夫をすること」が望ましいと考える。元来、公共施設は地域の方々が集い、様々な思い出や交流等を創出し、時には災害時の避難所として地域の安心等にも貢献してきた施設であり、たとえ設置当初の目的としての必要性がなくなったとしても、公的不動産を『地域の重要な資源』として前向きに有効活用していく可能性を模索していくべきではないだろうか。つまり、公的不動産の「民間譲渡」や「取壊し」を柱とした総量削減だけでなく、地域の公的不動産を住民や民間事業者等と協働で「再活用」するという第3の選択肢にもっと着目しても良いのではなかろうか。
そのため、ここからは自治体の工夫や民間ノウハウ等により公的不動産の新たな価値等を創出し、新設の抑制や収支改善によるコスト抑制等を図っている県内外の事例を参考に、時代に即して公的不動産を『再生』する手段を考察してみる。
図2 空き公共施設となった公的不動産の選択肢
4.自治体の工夫や民間ノウハウの活用による新たな価値等の創出事例
(1)廃校(学校)
1)【長野県飯綱町】創業交流施設・自然体験交流施設
飯綱町では、閉校となった町内2つの旧小学校をリノベーションし、しごとの創業・交流拠点としてインキュベーション・イノベーション機能をメインとした多世代交流型施設「いいづなコネクトEAST」と、体験・滞在型の都市交流等拠点として多様な人々の交流人口創出型施設「いいづなコネクトWEST」という新たな活用を開始している。廃校活用の検討にあたっては地域住民と協働で地域活性化等について検討するプロジェクトチームを立ち上げて活用方針を決定し、廃校の管理だけでなく様々な地域課題を事業化によって解決しながら自立経営・運営ができる仕組みを実現するため、まちづくり会社(民間事業体)を設立し、同社が指定管理業者となって施設を活用したまちづくりを進めている。
なお、本事例は文部科学省が廃校活用に関する情報発信を行う『~未来につなごう~みんなの廃校プロジェクト』の廃校活用事例としても紹介されている。

図3 いいづなコネクトEAST(ワークルーム・ラボ)
2)【山梨県甲府市】甲府市役所 南庁舎・西庁舎
甲府市では、小学校の適正規模化に伴い甲府市中心部の3つの小学校を統廃合し、廃校となった旧相生小学校と旧穴切小学校を甲府市役所の南庁舎・西庁舎として改修等し、用途を転用して使用している。
南庁舎には甲府市の健康支援センターや男女共同参画センター、甲府市シルバー人材センター、甲府市社会福祉協議会等の保健・福祉に関する機関が集約されているほか、西庁舎には協働支援センターを設置して市民協働によるまちづくりを支援するなど、いずれも多世代の住民等が利用する拠点となっている。

図4 甲府市役所 南庁舎・西庁舎
(2)温浴施設
1)【新潟県新潟市】新潟市小須戸温泉健康センター 花の湯
「新潟市小須戸温泉健康センター 花の湯館」は平成7年に設立された公営温泉であり、入館者数の減少が続いていたため指定管理者制度を導入したものの、減少に歯止めがからない状況であった。そこで、平成27年度に新たな指定管理者を選定し、選定された指定管理者が「子ども連れのご家族に選んでいただける施設」をコンセプトに施設のリニューアルやイベント・情報発信等を主導して実施したことで、入館者数がV字回復し、施設の再生を実現させている。
なお、指定管理者の実施した取り組みは、新潟市が開催する改善提案・実践報告大会「やろてばにいがた」でも取り上げられている。

図5 新潟市小須戸温泉健康センター 花の湯館
2)【山梨県身延町】身延町健康増進施設整備運営事業
身延町では、下部温泉郷における既存町営温泉施設の老朽化に伴う下部温泉駅周辺への移設再整備検討に際して、「町内にスポーツジムを整備してほしい」という町民からの要望も踏まえて、子どもから高齢者まで幅広い世代の町民が楽しみながら健康増進に取り組めるスポーツ健康増進施設としての機能を加えた身延町健康増進施設整備運営事業(PFI)を実施した。
本事業の実施主体には地域の薬局やドラッグストアを展開する事業者が選定され、旧町営温泉施設の移設・建替えによって再整備された「ヘルシースパサンロード しもべの湯」は、2種類の源泉を使用した温泉やヘルシーレストラン、スポーツジム等を備えており、下部温泉郷の魅力アップと町民の健康増進を目的とした施設となっている。

図6 武田信玄公かくし湯の里 ~ヘルシースパサンロードしもべの湯~
(3)公営住宅
1)【長野県】子育て世帯が「住みたくなる」県営住宅リノベーション事業
長野県では、昭和40~50年代に建築された古いタイプの県営住宅について、子育て世帯が使いやすく住みたくなる住宅にするためのリノベーションを進めている。
リノベーションの検討にあたっては、リノベーションのモデルプランを広く一般募集するとともに、改修設計の提案も公募型プロポーザルにより民間事業者から募集するなど、住民や民間事業者のアイデアを活用しながら子育てしやすい居住空間を創出している。

図7 長野県 県営住宅リノベーション事業
2)【山梨県都留市】「生涯活躍のまち・つる」事業(単独型居住プロジェクト)
都留市では、地域で生活するすべての人々が生涯を通していきいきと学び、きらめく人生を送れるようなまちの姿を目指す「生涯活躍のまち・つる(都留市版大学連携型CCRC)」事業を推進しており、核となる事業の1つとして、旧雇用促進住宅を公募によって貸付し、民間事業者がサービス付き高齢者向け住宅「ゆいま~る都留」として改修した。
敷地内には多目的スペース、食堂、介護施設などを備えた地域交流拠点「下谷交流センター」も整備され、民間事業者による包括的な健康プログラムの提供や、地域住民・多世代間の交流等の場となっている。

図8 ゆいま~る都留・下谷交流センター
5.地方の公的不動産活用に関する考察
(1)事例におけるポイントの整理
今回は地方において空き公共施設となりやすい「廃校(学校)」、「温浴施設」及び「公営住宅」について県内外の事例をまとめてみた。
各事例の主なポイントを整理すると次のとおりとなる。
表2 自治体の工夫や民間ノウハウの活用による新たな価値等の創出事例の主なポイント
(2)事例を踏まえた考察
各事例を整理した結果を踏まえ、地方における公的不動産の活用について重視するべきポイントを以下にまとめる。
1)地域課題の解決
全ての事例に共通していることとして、地域課題を解決するための手段として既存公共施設の用途転用やターゲット層の転換等を図っていることが挙げられるだろう。
飯綱町の「創業交流施設・自然体験交流施設」の事例では、廃校の維持という課題と地域の人口減少・交流創出という課題を解決するため、地域住民と協働でプロジェクトチームを立ち上げて検討し、インキュベーション機能等の新たな施設活用を実現させている。また、長野県の「県営住宅リノベーション」の事例では、昭和40 年代に大量供給された県営住宅が一斉に更新時期を迎えているという課題と、高齢者や子育て世代などのいろんな世代をつなげる「ミクストコミュニティ」を実現させたいという観点を組み合わせて、子育て世帯向けのリノベーションについてモデルプランを地域住民から一般公募し、民間事業者の提案によって実現化させている。
これらを実現するには、地域課題の整理や地域住民との協働が重要であり、住民協働プロジェクトやアイデア募集だけでなく、市民ワークショップや地域協議会等を行って、自治体と住民が同じ目線になって検討していくことが望ましいだろう。
2)既存機能に捉われない活用(他用途転用)
多くの事例に共通していることとして、公共施設の既存機能に捉われることなく、自治体の工夫や既存公共施設の特性等を活用して他の用途に転用していることが挙げられる。
甲府市の「甲府市役所 南庁舎・西庁舎」の事例では、廃校を庁舎機能として使用することで新たな庁舎の新設を抑制するとともに、学校という地域住民が集っていた場所としての機能を活用して福祉や市民協働といった多世代の住民が利用する機能を集約化している。また、都留市の「生涯活躍のまち・つる事業(単独型居住プロジェクト)」の事例では、旧雇用促進住宅を民間ノウハウでサービス付き高齢者向け住宅として用途転用することで、「生涯活躍のまち構想」を具現化するための重要な拠点として活用しており、自治体の主要施策についても新たな公共施設を新設することなく実現することができている。
これらを実現するには、公共施設に新たな価値の創造を図るアップサイクル(廃棄物や不要品等に新しい価値を与えること)の発想を持つとともに、公共施設に求められる「機能(性能)の要件」に着目することが重要であり、不要となった公共施設について、庁内向けに利活用のニーズを把握する庁内サウンディングを実施したり、新規の重要施策を実施するための機能(性能)を把握するためのテストベッド(実証実験の場)として活用すること等が考えられるだろう。
3)民間のノウハウ活用
公的不動産の有効活用にあたっては、民間事業者との連携(官民連携)も欠かせないだろう。
新潟市の「新潟市小須戸温泉健康センター 花の湯館」の事例では、指定管理者制度という従来からある制度でも民間事業者の工夫や経営戦略等により公共施設の稼ぐ力を高めることができている。また、身延町の「身延町健康増進施設整備運営事業」の事例では、PFIによる民間事業者のノウハウや資金等の活用によって公営温泉から地域内外の健康増進施設として機能転換を果たしている。
これらを実現するには、官民連携手法を有効に活用することが重要であり、サウンディング型市場調査の実施による積極的な民間ノウハウの活用模索や、民間事業者がノウハウを発揮しやすいスキーム(制度設計)等を検討していくことが望ましいだろう。
6.デジタル時代における公共施設の在り方
(1)デジタル田園都市国家構想の推進
ここまでは既存公共施設の有効活用について考察をしてきたが、全国の自治体において「デジタル田園都市国家構想」の推進が進められていることから、これからの公共施設マネジメントについても公共サービスのデジタル化に対応した計画にしていく必要があるだろう。
「デジタル田園都市国家構想」とは、ICTの進化やネットワーク化によりデジタル技術が実証から実装の段階へと着実に移行しつつある中で、経済や社会の在り方が急速に変化する新しい時代(Society5.0)に対応しながら、デジタルの力によって地方創生の取組を加速化・深化させていくものである。
地方におけるデジタル化の進展は「まち・ひと・しごと」の観点において様々な効果が期待されるものであり、地方自治体の行政手続きをオンラインで行える「ぴったりサービス」の導入が全国で進められていること等から、今後の公共サービスや公共施設の在り方についてもデジタル化への対応を踏まえたものとしていく必要があるだろう。

図9 行政手続きの電子申請「ぴったりサービス」
(2)デジタル化による公共施設の役割の変化
デジタル化の進展により、これからの公共施設には以下の3つの役割の変化が想定される。
1)「場所」に捉われない公共サービスの実施
デジタル化の進展によって、「公共サービスを実施するための場所」としての公共施設はこれまでほど重要ではなくなってくることが想定される。
全国の地方自治体では、行政サービスにおける各種証明書のコンビニ交付、各種申請のオンライン手続き、窓口対応や問い合わせ対応を円滑に行うAIチャットボットの導入等を行う「行かない窓口」の実現に向けた取り組みが既に進められている。また、教育分野におけるデジタル教材や双方向型オンライン学習環境の整備、文化分野におけるメタバース等を活用したデジタルミュージアムやオンライン図書館サービスの実施、医療・健康・子育て分野におけるオンライン診療や健康管理アプリ等の導入など、デジタルを活用した公共サービスの実施に向けた準備が着実に進められており、自治体が「公共サービスを実施するための場所」としての公共施設を保有する必要性について再考していく必要があるだろう。
2)公共施設予約のオンライン化等による収支の改善
デジタルの活用により、公共施設の運営や維持管理に係る収支改善を図ること(従来よりも稼げる公共施設になること)が期待される。
多くの自治体では公共施設のオンライン予約システムの導入が進められており、住民がリアルタイムで公共施設の空き状況を確認し、オンライン決済等で手軽に利用できるようになることから、公共施設の稼働率向上が期待される。また、スマートフォンによる施設の施錠管理も可能となり、施設の管理に係る自治体職員の労力や時間も大幅に削減できるようになること等から、公共施設の収入と支出の両面で改善を図ることが期待される。
今後もデジタルの活用により公共施設を維持管理するための費用を大幅に低減することができるようになれば、必ずしも総量削減ありきの公共施設マネジメントを推進する必要はなくなるだろう。
3)データ活用による必要な公共サービスの可視化
デジタルの活用により公共サービスに関するデータを収集・活用することで、公共サービスに対する住民ニーズの可視化等が図れるようになり、時代に即した公共サービスへのスピーディな転換が可能となってくるだろう。
これまで多くの公共サービスについては利用者数くらいのデータしか把握することができておらず、利用者の属性や1人あたりの利用頻度、利用時間帯、利用目的等を円滑かつ正確に把握することは困難であった。一方で、デジタル化によってオンラインによる行政手続きが可能となったり、庁内にIoTセンサー等を設置することで、公共サービスに係る様々なデータを容易に把握することができるようになる。また、公共施設の稼働状況についても、使用されている日数や時間帯、利用人数だけでなく、利用者の内訳や利用内容等を可視化することができ、使われてない時間帯や代替可能な施設等を組み合わせて提案することで類似する施設を削減できる可能性もあるだろう。
デジタル化により公共サービスに係る住民ニーズを具体的かつスピーディに把握することが可能となれば、既存公共施設を住民ニーズの高い用途へ転用すること等についてデータを用いて議論することができるだろう。
7.おわりに
本稿では、地方公共団体の公共施設について総量削減が求められるなか、公的不動産の特性や地方における市場性等を踏まえて、地方の公的不動産について「民間譲渡」以外の手法でも自治体・住民・民間事業者等の工夫やアイデア等よって有効に活用できる方法がないかを考察してきた。また、今後の公共サービスにおけるデジタル化の進展を見据えて、デジタル化に対応した公共施設マネジメントの在り方について考察してきた。
重要なのは、公共施設を『負の遺産』として扱うのではなく、地域の『重要な資源』として捉えて前向きに有効活用していくことを議論することであり、全国の事例を参考に公的不動産の再活用を検討したり、デジタル化の進展を踏まえて必要な公共施設の機能見直しや公共施設自体の今後の在り方等について検討を進めていくことが望ましいだろう。
そのため、自治体の工夫、地域住民との協働、民間ノウハウの活用等を図りながら、時代に合わせて公共施設に「新たな価値」を吹き込む意識や発想を持つこと、そして、それを具現化する仕組みを構築していくことが重要となるだろう。
最後に、公共施設マネジメントに関する取り組みは、自治体がこれまでの行政経営における反省や時代の変化等を踏まえて本腰を入れて検討を進める必要があるとともに、公共サービスの受益者である私たち住民一人ひとりが「自分事」として公共施設の在り方について考えていく必要があるだろう。時代が変わっても公共施設は地域コミュニティの重要な拠点であり、有事の際の防災・避難拠点として整備・維持されていく必要があるだろう。一方で、持続可能な社会の実現や私たちひとり一人が豊かで幸福を感じられる社会の実現という観点で、本当に必要な公共サービスや公共施設が何であるかを再検討し、限られた資源の中で取捨選択をしていくことも不可欠である。そのためには、私たちが目指すべき地域の将来像(地域ビジョン)を明確にし、そこに至るまでの地域課題を解決する取り組みと連動しながら公共施設マネジメントに取り組み、私たちの幸せや豊かさを中長期的に築いていくことが望ましいだろう。