Vol.306-1 令和6年4月1日から障がい者への合理的配慮が義務化 ―合理的配慮は通常のサービスの延長です―
社会福祉法人 山梨県障害者福祉協会 専門相談員
坂村 裕輔(山梨総研OB)
(この記事の中では「障害」は「障がい」と記載します。「害」という字が好ましくないという意見が当協会に多く寄せられているためです。法律名や障害者白書のような固有名詞、法律の中で使われている言葉の引用については、そのまま「障害」と表記します。)
1.はじめに
国民の約9.2%。これは、令和5年度障害者白書で示されている国民に占める障がい者の割合です。人数は、身体障がい者436万人、知的障がい者109万4千人、精神障がい者614万人(すべて推計値で概数)となっています。
改正障害者差別解消法が令和6年4月1日から施行され、障がい者に対する合理的配慮の提供が国や地方自治体などの行政機関だけでなく、事業者にも義務づけされます。
国はそのPRに力を入れていますが、十分に浸透しているか、疑問が残ります。障がい者は少数派で、日常生活や社会生活での関わりが少ないと感じている方が多いからでしょうか。
私は、山梨県障害者福祉協会で障がい者の権利擁護、特に虐待防止についての相談や啓発を担当しています。障がい者の中には児童も高齢者もいるので、障害者虐待防止法に加え児童、高齢者の虐待防止法とも関係があります。これらの法律の中で障害者虐待防止法の成立がもっとも遅く、このことは障がい者が少数派と捉えられてきたことの表れだと言えそうです。
昨年6月に開催された日本身体障害者団体連合会の関東ブロック会議で、「障がい者に対する理解促進のためのイベントを開催しても、“障がい者”という言葉が付くだけで、一般の方は自分と無関係と思って来てくれない。一般の方に来てもらうにはどうすればよいか」ということが議論になりました。
しかし、「9.2%=およそ10人に一人」という数字は、高齢者の割合である29.0%(令和5年度版高齢者白書)、児童虐待防止法の対象者である18歳未満の割合である14.2%(人口推計令和4年10月1日現在)と比較すると小さいものの、「少数派」という言葉が持つ「無関係」という語感より、「身近なこと」という感じに近いのではないでしょうか。
同白書によると、地域で暮らす在宅の身体障がい者は428万7千人、知的障がい者は96万2千人(いずれも2016年の数)、精神障がい者は586万1千人(2020年の数)となっています。身体障がい児・者数の推移のグラフしか掲載していませんが、地域で暮らす障がい者の数は、どの障がい区分でも年々増加しています。
また、グラフをご覧いただくと分かるように、65歳以上の人数が他の年代と異なり年々増加し、身体障がい者数全体を引き上げています。
加齢とともに心身の機能が衰えるため、日常生活・社会生活に何らかの支障=障がいを抱えることが多くなります。この意味でも「障がい」は身近なことと言って良いのではないでしょうか。
2.障害者差別解消法とは
障害者差別解消法(正式名称「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」)は、国連の「障害者の権利に関する条約」の締結に向けた対応の一つとして、平成25年6月に制定されました(施行は平成28年4月)。
なお、障害者権利条約は、障害者への差別禁止や障害者の尊厳と権利を保障することを各締約国に義務づけるもので、平成18年12月13日に国連総会で採択され、我が国はその翌年9月28日に署名、平成26年1月20日に批准書を提出し、我が国での効力発生は同年2月19日でした。
この条約の成立過程では、障がい者の間で使われているスローガン「“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)」に従い、障がい者団体が発言する機会も設けられました。このスローガンこそ、国際的にも、障がい者が「少数派」として、意見を聞かれることなく、国の施策を含め多くのことが決定されてきたことの表れでしょう。
(1)障害者差別解消法の目指すところ-コペルニクス的転回
この法律の究極の目的は、
障害を理由とする差別の解消を推進し、もって全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資すること |
いわゆる「共生社会の実現」です。
その実現のためには、「障害を理由とする差別の解消」の推進が必要で、これに関する規定がこの法律の根幹となっています。
なお、この法律の前提には「障がい」の考え方として「社会モデル」が採用されています。
障害の「社会モデル」とは
障害の「社会モデル」とは、障害は、本人の医学的な心身の機能の障害を指すもの(これを「医学モデル」といいます)ではなく、社会における様々な障壁(これを「 社会的障壁」といいます。)によって生じるものとする考え方です。
※「障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイト― 「合理的配慮」を知っていますか ―」から抜粋
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これは、障がいのある方の「日常生活などで受ける制限=生きづらさ」の原因は、その人の持つ心身等の「障がい」だけにあるのではなく、社会の側の「障壁(バリア)」にもあるという考え方です。
障がいを持つ方の「生きづらさ」の原因を、インフラ(建物、道路、公共交通機関等)、健常者を前提とした様々な機械・器具及び制度・慣習・考え方など 「社会の側」にもあるとした考え方は、生きづらさの原因は、「その人の障がいにある」という、これまでの択一的なとらえ方からのコペルニクス的転回と言えるでしょう。
内閣府は、「車椅子の方は階段しかないと2階に上がれないが、エレベータがあれば2階へ上がれる。しかし、車椅子の方は何も変わっていない。“社会モデル”の考え方では“階段”というバリアがあることで車椅子の方に“障壁”が生じていることになる。」という例を挙げています。
事業者の皆様にはぜひ、この視点から日頃のサービスや設備、マニュアルを見直していただければと思います。
(2)対象-意外に広く定義されているので注意!
① 障害者-障害者手帳などの保有者に限らない
「障がい者=障害者手帳などを持っている方」と考える方が多いかと思いますが、この法律においては、先に触れた「社会的モデル」に従い、
身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。 |
と、広く定義されています。
内閣府が令和5年11月に実施した「改正障害者差別解消法に係る説明会」(以下「内閣府説明会」と言います。)ではこのことに触れ、さらに高齢者の増加に伴い「社会生活に相当な制限を受ける」方が増加すると述べています。
なお、この法律では、社会的障壁についても「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」と広く定義されています。
② 事業者-対面だけでなくオンラインサービスも、ボランティアグループも
事業者というと商店や飲食店で、対面での対応を思い浮かべがちですが、この法律ではより広く捉えています。
対面だけでなく電話、オンラインなどすべての提供の仕方が含まれますし、商業的な分野だけでなく、教育、医療、福祉、公共交通機関など日常生活や社会生活に関係する分野が広く対象となっています。営利・非営利も問われていないので、ボランティアグループも対象となります。
企業や団体に限られず個人事業主も対象となりますし、事業を反復継続する意思をもって行っていれば対象となるので、事業開始1日目からでも、今後、継続していく事業であれば対象となります。
なお、雇用関係については、障害者雇用促進法の定めによるのでご注意ください(管轄も各県の労働局となります。)。
*この法律では行政機関についても細かく定義されていますが、ここでは説明を省きます。国、地方自治体などとお考えください。
(3)この法律で求められること-機会を奪わないこと、そして機会を得られるように配慮すること
この法律は障がいのある人が障がいを持たない人と同じように、行政機関や事業者からサービスを受けたり、施設を利用したりできるようにするため、二つの方向から行政機関及び事業者の行うべきことを規定しています。
一つはサービスを受けたり、施設を利用したりする機会を奪わないこと、そしてもう一つは、障がい者がサービスを受けたり、施設を利用するための障壁を取り除き、それらの機会を得られるよう配慮することです。
① 障害を理由とする不当な差別的取り扱いをしない-機会を奪わないこと
a 法律でどのように定められているか
この法律では、
事業者は、その事業を行うに当たり、
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と定められています。
つまり、障害を理由として、
- 財・サービス、各種機会の提供を拒否したり、
- それらを提供するに当たって場所・時間帯等を制限したりするなど、
正当な理由なく障害のない人と異なる取扱いをすることにより障害のある人を不利に扱うことを禁止しており、内閣府説明会では次のような例をあげています。
- 保護者や介助者がいなければ入店を断る
- 障害者向けの物件はないと言って対応しない
- 障害を理由として、障害者に対して一律に接遇の質を下げる
b 「障害を理由として」についての注意点
「障害を理由として」については、障がい者が社会的障壁を解消するための手段の利用等を理由とすることも含まれます。
つまり、車椅子、補助犬その他の支援機器等の利用や介助者の付添い等を理由とする不当な差別的取扱いも「障害を理由とする」ことになります。
これは、人間を性悪説的に捉えているように感じるのですが、「入店を断ったのは障害があるからではなく、車椅子(又は盲導犬などの補助犬)のためだ」という言い逃れを防ぐための取扱いです。
c 不当な差別的取扱いとならない場合
なお、この法律は、障害者とそうでない者に異なる扱いをすることすべてを禁止しているわけではありません。
禁止しているのは、不当な=正当な理由がない差別的取扱いで、異なる扱いが必要であるなど正当な理由があるものについては禁止されていません。
正当な理由とは、
- その行為が客観的に見て正当な目的の下に行われたものであり
- その目的に照らしてやむを得ないと言えるもの
をいい、「正当な理由」に相当するか否かについては、
個別の事案ごとに、
- 障害者、事業者、第三者の権利利益(安全の確保、財産の保全、事業の目的・内容・機能の維持、損害発生の防止等)から、具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断する必要がある
とされています。
「個別の事案ごとの具体的判断」を求められているので、「過去に同じようなことがあったから」とか「世間一般にはそう思われているから」といった理由では、正当な理由がある場合には該当しないことになります。
内閣府説明会では、電動車椅子利用者に対して、通常よりも搭乗手続きや保安検査に時間を要することから、搭乗に間に合うよう早めに来てもらうよう依頼することなどを例としてあげています(十分な研修を受けたスタッフの配置や必要時間の説明などの条件も付いています。)。
② 合理的配慮―機会を得られるように配慮すること
そしてもう一つは、サービスや施設を利用できるように配慮し機会を得られるようにすることで、次に別途説明したいと思います。
3.合理的配慮って?
(1)義務化されても変わらない。義務化の狙いは「合理的配慮の提供」の「社会規範化」
事業者の「合理的配慮の提供」は、現在「努力義務」となっていますが、義務化されても、合理的配慮の内容が厳しくなったり、義務に反しても直接には民事的責任が問われることもないと内閣府説明会でも説明されています。
罰則等もありません。
ちなみに罰則としては、不当な差別的取扱いや合理的配慮の提供について主務大臣は特に必要があると認めるときは、その事業者に対し、報告を求めることができることになっていて、これに対して「報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。」という規定があるだけです。
合理的配慮の内容が個々の具体的な場面において異なるので、罰則になじむような明確な判断基準が作れないため、罰則での強制は、不当に事業者の営業の自由を制限しかねないこともあるし、合理的配慮の提供は「自発的」に行っていただきたいという願いもあると思います。
なお、現時点では、民事的な責任は問われませんが、「合理的配慮の提供」が将来的に社会規範として確立した場合は、「個別の裁判」において「合理的配慮の提供」がないことが違法と判断されるようになることが考えられ(違法と判断される範囲が拡大)、そのため、より真摯に合理的配慮の提供について対応して欲しいと内閣府説明会で説明されています。
(2)法律ではどのように定められているか
法律では、合理的配慮が必要となる場面、条件、内容について
事業者は、その事業を行うに当たり、
社会的障壁の除去について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。 |
と規定されています。
(3)合理的配慮とは
① 合理的配慮が求められる場面
「その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合」に合理的配慮の提供が必要となります。
社会的障壁については、前述のとおり設備、機会、マニュアル、考え方など幅広く捉えられています。
「意思の表明があった場合」という表現は、障がい者に対しては「意思を表明できる」というメッセージでもあります。障がい者の方々の中には、この法律により意思を表明しやすくなったと感じる方もいるかと思います。そのため、これまでよりも「意思の表明」がある場面は増えることも考えられます。
また、障がい者による意思の表明の方法は、言語、筆談などさまざまな方法があるので、メモ帳など意思の表明しやすくなるような準備をお願いできればと思っています。
なお、「意思の表明」には本人に変わって保護者、支援者が行うことも含まれますのでご注意ください。
そして、これは義務ではありませんが、何らかの支援が必要そうな障がい者がいたら、声がけをお願いできればと思います。障がいを持たない方に対して「何かお困りですか?」とお声がけしていることの延長として、「普通のこと」と捉えていただければと思います。
② 合理的配慮の考え方
内閣府説明会では、「合理的配慮は、個々の場面で、障害のある人が、障害のない人と同等に財・サービスや各種機会等の提供を受けることができるよう、問題となっている“社会的障壁”を除去するために行う対応」であると説明されています。
「合理的配慮」と一言で言われると、「合理的」か否か、かっちりとした基準がありそうですが、そもそも「個々の場面」での対応なので、国では、考え方=留意点を示して、考えるプロセスがきちんと行われることで「合理」性を担保しようという立場をとっているようです。
合理的配慮の留意点 「必要かつ合理的配慮」については、事業の目的・内容・機能に照らし、以下の4つを満たすものであることに留意が必要。
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このため、本来の事業の枠を超えての対応は求められていませんので、商品を家まで運んで欲しいとか、食事の介助を頼まれても、通常のサービスとして行っていないのであれば、合理的配慮には含まれません。
ただ、②の記載のとおり障害特性や職員の数、繁閑、障壁の除去のために必要な手間、代替案の有無など具体的に考えていただくことが必要となります。
前例がないとかマニュアルにはありませんということは、合理的配慮が提供できないことの理由にはならないことになります。
ただ、普段、経営資源やその時の繁閑などの状況を把握した上で顧客のニーズに合わせた対応を行っていることの延長として、「ニーズ」のなかに「障害特性」という言葉を加えていただければと思います。
「過重な負担でない」という条件については、ざっくりいえば、「できる範囲」でという趣旨です。
内閣府説明会では、次のように説明されています。
「過重な負担」の有無については、個別の事案ごとに、以下の要素等を考慮し、具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断することが必要
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この点でも、個別・具体的な判断が求められています。
また、内閣府説明会では、
- 「過重な負担」に該当すると判断した場合には、丁寧にその理由を説明し、理解を得るよう努めることが望ましい。
- さらに、その際には、建設的対話を通じて相互理解を図り、代替措置の選択も含めた対応を柔軟に検討することが求められる。
とも説明されています。
「できません」というだけでなく、その理由の説明が求められています。
また、「建設的対話」については、できるだけ障壁を取り除くための「落とし所」=代替案を障がい者とともに探すことだと考えていただければと思います。
4.おわりに
この法律の周知においては「これまでと変わらない」等、事業者の方々の負担感を減らすための情報提供が基調となっているように感じます。これは、共生社会に向けては、障がい者の生きにくさの原因となる障壁を社会から取り除く作業をみんなで行うべきという「社会規範を確立」することが必要なので、まず一歩を気楽に踏み出して欲しいという思いの表れだと思います。
また、障がい者は自分とは無関係と捉えられる傾向がありましたが、現在は、多数とは言えないまでも、「身近」と言える状況となってきました。事業者の皆様には、事業の顧客又はパートナーとして障がい者をとらえていただき、その方々がサービスや施設を利用し又はパートナーとして参加できるように配慮いただければと思います。
そして、合理的配慮は「個別具体的に判断」と説明されていますが、定型的に対応できることも多くあります。漢字にルビを振る、簡易なスロープを購入する、低い位置からも表示が見えるようにするなど、環境の整備(障害者差別解消法でも努力義務とされています。)をお願いできればと思います。
国では改正障害者差別解消法の施行に向け様々な準備をしています。
次のサイトは有益だと思うのでご覧いただきたければと思います。
〇障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイト |
また、令和5年10月16日(月)から 障害者差別に関する相談窓口の試行事業として障害者差別解消法に関するご相談を適切な相談機関と調整し、取り次ぎする「つなぐ窓口」が設置されたのでご活用ください。
■ 連絡先 |