Vol.306-2 視覚障害者を取り巻く社会環境について
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 山本 陽介
1.はじめに
皆さんは“ロービジョン”という言葉を聞いたことがあるだろうか。法律等での明確な定義はないが、一般的には「視覚に障害があるため生活に何らかの支障を来している人」、つまり“見えにくい人(弱視者)“を指す言葉として使われている。
もう1つ質問させていただきたいのだが、”視覚障害者“という言葉から、どういう人をイメージするだろうか。おそらく多くの人が「まったく見えない人(=全盲)」を思い浮かべるかもしれないが、実際には視覚障害者の中にはロービジョンの方々も多く含まれている。正確な統計データは存在しないが、例えば視覚障害で身体障害者手帳を取得している方のうち、手帳1級を所持しているのは全体の32.5%[1]であり、仮に手帳1級を全盲ととらえると、7割近くの方はロービジョンということになる。実際には、手帳未取得者の方の中にも見えにくさを感じている人は多くいるため、ロービジョンの数はさらに多いと考えられる。
また、一言で“見えにくい”と言っても、視力が低い、視野が欠けている、眩しさを感じる、暗いところで見えにくいなど見え方は千差万別である。本稿では詳しく説明しないが、過去のNewsletter[2]でも取り上げているので、興味のある方はぜひ調べていただきたい。
本稿では、ロービジョンを中心とした視覚障害者を取り巻く現状やその課題、解消に向けた取り組みなどを整理するとともに、視覚障害を持たない方々にぜひ知ってほしいことについて、お伝えしていきたい。なお、本稿の内容は私が見聞きしたことや調査したことに基づき記載しており、必ずしもすべてのケースに当てはまるという訳ではない。そのため、あくまで一つの情報として参考にしていただければ幸いである。
2.ロービジョンなどの視覚障害者を取り巻く現状と課題について
今回、この件について発信しようと思ったきっかけは、当事者の方々から様々な話を聞くなかで、ロービジョンを含む視覚障害者の実態が社会に正しく理解されていないと感じたためである。以下、具体的なエピソードをいくつか紹介したい。
(1)見えているのではないかと疑われる
ロービジョンは視力が残っているため、残存視力を活用してものを見ることができる。しかし、前述のように「視覚障害者=目が見えない」という偏見、思い込みが広がっているため、例えばスマホなどを使用していると「何で使えるの?」「本当は見えてるんじゃないの?」といった想いが生じることになる。そもそも全盲の人であっても、VoiceOver[3]などの音声読み上げ機能を使ってスマホを活用しているので、こういった指摘には当たらないのだが、「見える人もいる」という事実が広まっていないため、こうした声は意外と多く聞かれる。ただ、疑問に思ったとしても、どうか直接伝えることは控えてほしい。視覚障害者にとって「本当は見えている(見えないフリをしている)のではないか」と言われることは非常に辛いことであり、筆者の周辺でも、そういった言葉を言われたり、話しているのが耳に入ってしまった結果、電車に乗ったり、人前でスマホを利用することが怖くなってしまったという人もいた。
(2)突然身体や白杖に触れられる
視覚障害者は白杖を持って歩行している場合も多いが、突然腕や白杖を掴まれて引っ張られて怖い思いをしたという話をよく聞く。おそらく、誘導などの手助けをしようとして、「声をかけても見えないので自分が話しかけられていると気づかないのではないか」と思い触れてしまう、ということではないかと推測されるが、突然身体に触れられたらびっくりしてしまうのは誰でも同じである。緊急時を除き、まずは「すみません、そちらの白杖の方」などと声掛けしていただければ、スムーズに入っていけるのではないだろうか。
(3)公共交通機関や飲食店の利用を拒否される
視覚障害者だけではなく、障害者全般に言えることであるが、乗車拒否や入店拒否についてはよく耳にする話である。「視覚障害があることを伝えたらタクシーが来てくれなかった」「盲導犬を連れていたら“ペットはお断りです”と入店を拒否された」といったケースである。
正当な理由なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否することは障害者の権利利益を侵害する行為であり許されないが、未だにこういったことが起こっているのが現実である。
3.障害の“個人モデル”と“社会モデル”
障害の捉え方の一つに「障害の“個人モデル”」と「障害の“社会モデル”」という考え方がある。「障害の“個人モデル”」とは、障害や不利益・困難の原因は個人の身体的機能が原因であるという捉え方で、視覚障害でいえば歩行が難しかったり情報が入手しにくいのは目が見えない・見えにくいからであって、これを解消させる方法は視力を回復させることであるという考え方である。一方、「障害の“社会モデル”」とは、障害や不利益・困難の原因は社会が多数派(マジョリティ)の都合で作られており、社会的障壁があることが原因であるという捉え方で、視覚障害でいえば歩行が困難であったり情報が入手しにくいのは、道や本・テレビなどが視覚に頼ることを前提で作られているからということになる。
これはどちらかが正しいとかどちらかを考慮すればいいという話ではなく、「障害」というものを考える際には、どちらの視点も持つことが大切である。つまり、「見えない・見えにくい」ことだけが問題なのではなく、「見えない・見えにくいことによって多くの不利益や困難が生じる」という社会のあり方もまた問題なのである。
先ほど、障害や不利益・困難の原因は社会的障壁にあると書いたが、社会的障壁には一例として以下のようなものがある。
こうした障壁は、何も多数派が少数派を排除しようとして意図的に作り上げたというわけではなく、少数派に配慮せずに進めてきたため、結果的に構築されたものである。視覚障害の例でも、“見えにくさを感じていない人”のほうが圧倒的に多い現状においては、制度やルールの整備が不十分であったり、少なからず誤解や思い込みが広まってしまうことは、ある程度はやむを得ないことともいえる。
大切なことは、こうした現状を認識し、未来に向けて少数派にも配慮した社会を構築していくことである。知らず知らずのうちに、無意識に作ってしまった壁ならば、意識すればなくすことも可能なのである。
4.社会的障壁の解消に向けて
こうした問題に関わる動きとして、障害者差別解消法(以下、同法という)の改正がある。障害者差別解消法及びその改正の内容については、本原稿と同日に公表されている「Newsletter Vol.306-1 令和6年4月1日から障がい者への合理的配慮が義務化-合理的配慮は通常のサービスの延長です―(山梨県障害者福祉協会 坂村裕輔 専門相談員)」にて詳しく解説されているので、そちらをご参照いただきたい。
同法では、行政機関等や事業者に「不当な差別的取り扱いの禁止」と「合理的配慮の提供」を求めており、今回の改正で、いままで努力義務となっていた事業者の合理的配慮の提供が義務化される。
その大元(根本)には、障害のある人もない人も、互いにその人らしさを認め合いながら共に生きる社会(共生社会)の実現を目指すという法律の目的があり、先の社会的障壁を取り除くために、以下の「不当な差別的取り扱いの禁止」や「合理的配慮の提供」を推進するとしている。
(1)不当な差別的取り扱いの禁止
「不当な差別的取り扱いの禁止」とは、文字どおり「障害があるという理由だけで財・サービス、各種機会の提供を拒否したり制限してはならない」ということである。障害者本人や周囲に危険が及ぶなどの正当な理由がない限り差別的取り扱いをしてはならず、「2.ロービジョンなどの視覚障害者を取り巻く現状と課題について」のエピソードで挙げた乗車拒否や入店拒否などは、まさにこれに違反するものである。
(2)合理的配慮の提供
合理的配慮の提供については、「行政機関等や事業者が障害者から何らかの配慮を求められた場合、過重な負担がない範囲で社会的障壁を取り除く配慮を行わなければならない。」とされている。こちらは、不当な差別的取り扱いの禁止と比べると少し分かりにくく、言葉だけ聞くと「“配慮”なのになぜ義務なのか」、「なぜ障害者を特別扱いしなければならないのか」といった疑問を持つかもしれない。だが、この疑問は勘違いから生じるものである。合理的配慮の提供とは、あくまで「障害のある人も障害のない人も同じように財・サービスを利用できるようにしましょう」ということであり、決して障害者を持ち上げて特別扱いしろという話ではない。
一例として、「ロービジョンの人が飲食店で食事を頼もうとしたが、メニューを見ることが困難である」というケースで考えてみよう。まず、「見えなくて注文できないのなら帰れ」と言うことは、不当な差別的取り扱いの禁止という観点からも許されない。誰もが、飲食店に行き食事を注文して食べる権利を持っているからである。
ではどうすればいいのか、ということになるが、法律上ではお店側は「障害者から何らかの配慮を求められた場合、過重な負担がない範囲で社会的障壁を取り除く配慮を行わなければならない。」とされている。「過重な負担がない範囲で」というのも重要なポイントで、例えばロービジョンの人が「メニューをすべて読み上げてください」とお願いしても、忙しい時間帯などであれば現実的に難しいこともあるだろう。その場合には、お店側から「どういったものをご希望ですか?」とロービジョンの人に聞き、「パスタが食べたいです」ということであれば「それでしたら、〇〇や△△のメニューがございます・・・」と案内してもらえれば、食べたいメニューにたどり着けるのではないだろうか。ただ、最近は飲食店の注文でもタッチパネルやロボットが活躍するようになってきており、こういった場合にはどうするのが正解なのかなど、IT化やデジタル技術の発展との関係は、今後改めて検討の必要があるかもしれない。
この例には3つのポイントがある。1つめは「障害者を特別扱いするのではなく、健常者と同じサービスが受けられるようにするということ」、2つめは「事業者側に過重な負担がかかるものでないこと」、3つめが「合理的配慮には対話が重要であるということ」である。先の例でも、例えば「必ず点字付きメニューを全席に用意しなければならない」といった話になると人手や経費もかかる話であり、事業者側としてもそう簡単に対応できないだろう。そうではなく、基本となる考え方を理解したうえで、事業者と障害者がしっかりと対話し、お互いが納得できる答えを導き出すことが、法律が求めている社会である。
ここまでの話でも分かるとおり、障害者の側も、事業者に無理な要求をしたり、権利を振りかざしたりしないよう、法律の趣旨をしっかりと理解して行動することが大切である。
5.心のバリアフリー
障害者差別解消法の改正は行政機関等や事業者に合理的配慮などを求めるものであり、今回の改正により制度面や情報面など、先に挙げた社会的障壁の具体例の①~③の解消がより一層加速することが期待される。
一方で、④で挙げた意識上の障壁、いわゆる無知・偏見などについてはどうだろうか。障害者差別解消法は、全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を理念としているが、基本的には行政機関等や事業者への働きかけが中心となっている。
偏見というものは基本的に無知が原因で生じるものと考えられ、例示したエピソードでいえば「視覚障害者でも見える人も見えない人もいる」ということを知らないから「なぜスマホが使えるのだろう?」という疑問が生じ、見えているのではないかという思考に繋がっていくのである。つまり、「知ってもらう」ということが偏見を無くすための第一歩なのだが、興味のない人に特定の情報を知ってもらうというのは一朝一夕にできることではない。
政府では、物理的な障壁ではなく心理的な障壁を無くすという意味で「心のバリアフリー」という考え方を提唱している。これは本稿で述べてきた共生社会の理念にも通ずるものであり、障害のある人もない人も、お年寄りから子どもまですべての人が参加しやすい社会にしていくために、どのようなことが障壁(バリア)になっているのか、それを解消するために何ができるかを一人ひとりが考えていくことを呼びかけている。
こうした情報発信は、政府や自治体などの公的機関が発信するだけではなかなか広まらないところもあるので、障害者本人や関係者、公的機関、マスコミなどの様々な主体が、メディア、SNS、紙媒体など多様な手段で発信することで、自ら情報を取りにいかなくても、ふとしたことで耳に入るような環境を作っていくことが大切だろう。本稿も、微力ながらこうした情報発信の一助となれば幸いである。
6.おわりに
本稿では、主に視覚障害者に注目し、社会環境や、取り除くべき障壁についてまとめてきた。障害については、「周りに障害者もいないし自分には関係ない」と思う方も多いと思うが、10人に1人が何らかの障害を抱えているとも言われる今日では、いつ自分や家族が障害を抱えることになってもおかしくない。現在の日本では子どもから大人になるまで障害者と接する機会が少なく、そのことが心の壁を生み、社会的障壁を生み出すことに繋がってしまっているのだが、だからこそ自らの意思で障害について学び、障害に対する知識や理解を深めることは大変大きな意味のあることであり、こうした人が1人でも増えることが、誰もが幸せに暮らせる共生社会の実現に繋がっていくことになる。
本稿を読んで興味を持たれた方は、ぜひ掲載した資料などを見ていただければと思うし、そこまでしなくとも、「そうだったのか」と何か1つでも気づきを残していただければ幸いである。人々の障害に対する理解がゆっくりとでもいいので日々深まり、未来に向かい共生社会が構築されていくことを願っている。
[参考資料]
- 障害者差別解消法リーフレット(内閣府作成)https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet.html
- こころのバリアフリー ガイドブック(国土交通省作成)https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/koutuu_seisaku/barrier_free/date/guide_book180327.pdf
- 知っていますか?街の中のバリアフリーと「心のバリアフリー」(政府広報オンライン) https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201812/1.html
[脚注]
[1] 出典:平成28年生活のしづらさなどに関する調査(厚生労働省)
[2] Vol282-2.視覚障害者の就労状況(山梨総合研究所 廣瀬研究員)
[3] VoiceOver:iPhoneの画面の文章を音声で読み上げる機能