未来を思い描くことの力
山梨日日新聞No.39【令和6年2月5日発行】
“20XX年、「電動垂直離着陸機(以下、eVTOL)運送法」が施行されたことにより、これまで一部の限られたエリアで試験的に導入されていた、いわゆる“空飛ぶ車”が一般にも利用できるようになった。とはいえ、主な価格帯は一般家庭の世帯年収の5倍強と非常に高価であり、広く普及するには時間がかかると思われた。ところがその3年後、日本の〇〇社が低価格を売りに、自動車でいう軽自動車にあたる2人乗り小型eVTOLを世帯年収の1.7倍弱の価格で販売したことで、空飛ぶ車のニーズは世界的にも爆発的に高まり、大衆に広まることとなった。しかし小型eVTOLは軽自動車と同様に出力が小さく、最大積載量も制限されていたため、購入者の間で少しでも燃費を向上させようと、様々なジャンルに広がるダイエットブームが巻き起こった。その中でもともとヘルシーな食品として知られていた日本食に再び注目が集まり、日本の伝統的な発酵食品やそれに合う日本酒や日本ワインなどのお酒、そしてその産地などがクローズアップされるようになった。また身に着けるものも軽くて丈夫な素材か選ばれるようになり、織物や和紙、革小物などが注目されるようになっていく・・・。“
ここまでの話は、筆者が“面白そうな未来”を想像して書いたフィクションであり、拙いもので非常に恐縮だが、ジャンルとしてはSF(サイエンス・フィクション)にあたる。SFは19世紀ころから創作されるようになったが、著名な作品の中には、科学技術に留まらず現実と異なる社会制度や概念等が普及した際に、社会や人々の生活がどのように変容するか論理的に描かれているため、「スペキュレイティブ(思索的)・フィクション」と呼ばれることもある。そのため近年はこうした考え方そのものを社会に活かすことに国内外で注目が集まっており、SF的なストーリーを自分で創作することを通じて得られる新規性や面白さを現実のビジネス等に活かす“SFプロトタイピング”と呼ばれる手法が、民間企業や公的機関など様々な組織で取り入れられている。この手法では、想定される新たな技術や社会制度などが取り入れられたフィクションの世界を描くことを通じて、これまで無かった期待や願望、不安や恐れについて具体的にイメージすることができるようになる。そのため良くも悪くも個人の思いに基づいた未来像が作られることになり、それを共有することで共感が生まれやすくなるそうだ。
未来について考えることはこれまでいろいろなやり方でなされてきたが、革新的な生成AI技術の登場により、様々なデータに基づいた客観的な未来予測や過去の作品を基礎とした夢物語は容易に出力できるようになってきた。そのため、これからは何かを実現したいという理想を持つことやそれに基づく主観的な未来像を創出できることが人間の持つ“強み”になってくる。この強みを活かしていくためには、自身の欲求について今まで以上にしっかりと認識する必要があるだろう。
社会の変化が著しい今日では、未来はますます予測がつかないものになっているが、アメリカの計算機学者アラン・ケイが言ったように「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創り出すこと」である。まずは自分の欲求に基づいて、理想の未来を思い描いてみてはいかがだろうか。その姿が多くの人から共感を得られるものであれば、きっと未来を創り出す大きな力になるだろう。
(公益財団法 人山梨総合研究所 主任研究員 前田 将司)