Vol.307 デジタル技術の活用に向けて ―自分の仕事にどう役立てるか―
合同会社クラウドデザイン研究所 代表
進藤 聡(山梨総研OB)
1 はじめに
筆者は山梨県庁に在職中、情報部門や計画策定部門などで行政においてデジタル技術をどのように活用していくのかに関する業務を担当してきました。また、本稿を作成する機会をいただいた山梨総合研究所にもかつて3年ほど在籍し、統計データなどに基づいた市町村の計画づくりのお手伝いなどをさせていただきました。そういった経験を活かし、現在は合同会社クラウドデザイン研究所を設立し、デジタル技術やデータの活用を図っていくためのお手伝いをしています。
本稿では、現在どのようなデジタル技術が利用可能となってきているのかについて触れたのちに、業務の性格の違いからどう活用していくと良いのかについて考えてみたいと思います。それぞれの業務の現場にはそれぞれの事情、課題があるため、必ずしもこの整理がぴったりと適用できるとは限りませんが、自分の仕事にどのようにデジタル技術が活用できるのか、適切なデジタル技術とはどういったものなのかについて、考えるための一助になればと思います。
2 デジタル技術
デジタル技術とは、コンピュータやインターネットなどの情報技術を基盤として、データやコンテンツを生成、加工、伝達、分析する技術の総称です。デジタル技術は、多様な分野で応用されており、私たちの生活や仕事に影響を与えています。最近よく耳にするDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ばれている産業構造や働き方、暮らしにおける変革の動きもこのデジタル技術に支えられています。ここでは、最近のデジタル技術の大きな動きについて、以下の3つの視点から考えてみたいと思います。
- 生成系AIの登場
- クラウドシステムの普及
- ノーコードプログラミング
2-1 生成系AIの登場
2022年から2023年にかけて人工知能の分野において大きなブレークスルーがあったと考えられています。生成系AIと呼ばれる一連のAI群が登場し、実務に耐えるような精度でサービスが提供されるようになりました。
日本におけるAI研究の第一人者である東京大学大学院の松尾豊教授も、ちょうど一年ほど前の2023年3月13日に放送されたNHKの「サイエンスゼロ」という番組の中で、「これまではAIが仕事を奪うと言われても、『いやいやそんなわけないですよ』と言ってきたが、現在のTransformerなどの新たな技術(生成系AIの基盤技術)は、おそらく人々の想像を相当超えてきており、『いやいや今度は本当に奪われますよ』みたいな、そういう感じになってきた」、と発言していました。
(出典:https://www.nhk.jp/p/zero/ts/XK5VKV7V98/blog/bl/pMLm0K1wPz/bp/pj27knKK8B/)
では、生成系AIとは、従来のAIとはどのような点において違っているのでしょうか。
まず、生成系AIとは人によるあいまいな指示を基に文章や画像、動画などを自動的に作り出すAIと言うことができます。これまでのAIは、大量のデータを読み込む中で、AかBどちらであるかを判定したり、複数のグループに分けるなど、大量のデータを集約して一つの解を得るような方向でデータを扱っていました。一方、生成系AIでは、同様に大量のデータを読み込んでいるものの、人が示した指示(プロンプトと言われています)に基づいて、様々な可能性の中から、一番もっともらしい回答を生成するということに特色があり、最も良く言及されているChatGPTなどはどの分野の内容であっても、それらしい回答を生成することが可能となりました。
これによって、これまではホワイトカラーの業務のなかで、デジタル技術では置換できないと思われてきた以下のような業務がAIで置換可能と考えられるようになっていて、実際に一部の企業や政府機関、自治体等で導入がはじまっています。
(画像系)
- 書類等に掲載するイラスト・イメージの作成
- 商品のパッケージデザイン案の作成
- CM動画などシナリオに沿った動画の生成
(テキスト系)
- 議事録の要約の作成
- 広告のキャッチコピー文の生成
- 報告書をベースとしたプレゼン資料の作成
- 文章推敲時の複数の案文の作成
図表1の画像は、生成系AIサービスのひとつStableDiffusionで生成した「山と月」の画像です。こういった画像を簡単に作成することができるようになっています。
さらに、既存のアプリケーションとの融合も進んでおり、ChatGPTに出資しているマイクロソフトは、同社の製品にCopilot機能(ChatGPTの技術を活用したアシスタント機能)を付与し、オプションサービスとして1月から提供を開始しました。筆者もサービス契約をして使いはじめており、まだひと月弱しか利用していませんが、文章のたたき台となるものの生成や表記のゆれなどの完成した文章のチェック、既存の文章の要約などでは十分に活用していけるのではないかと考えています。
2-2 クラウドシステムの普及
従来、情報システムとは自前で物理的なサーバを用意し、サーバ上に必要となるOSやミドルウェアからなる環境を構築し、その中で自前で開発したアプリケーション、もしくはパッケージソフトウェアを運用するという方式が一般的でした。
しかし、仮想化技術などにより、物理的なサーバを複数の仮想サーバに分けたり、複数の物理サーバを一台のサーバのように扱うことが可能になり、ユーザに対して計算する能力のみを提供するクラウドという環境が普及するようになりました。
図表2 クラウドシステム
このクラウド上で運用されるシステム、クラウドシステムは、一般的に複数のユーザーが独立してシステムを利用することを前提として構築されています。それにより、ユーザーごとのカスタマイズは原則できないものの、それぞれがサーバ環境を用意する必要がなくなったことで、初期費用や運用のための費用を抑えた形でのサービス提供が可能となっています。
特に、ファイル共有などの誰もが利用するようなサービスや、総務事務系の法令に基づいてどの組織も同じような処理を行っている分野については、多くのベンダーがサービスを提供しており、それに伴って価格も安価に設定されるようになっています。
2-3 ノーコードプログラミング
データを処理する何らかの作業を行う時には、コンピュータに対して指示を行う必要があります。基本的にデジタルの世界は、その名のとおり0と1からなる機械語で構成されているため、その世界に指示を出すためには人間の言葉を機械語に翻訳するための変換が必要となります。
最初期には、人間が機械語に翻訳したものを直接入力していましたが、その後、低水準言語(アセンブリ言語)という仕組みによって、人間の文字を使った一つ一つの単語によりコンピュータに指示が行えるようになり、さらに高水準言語が登場して、複雑な命令文(プログラム)を構築することが可能となりました。
しかしながら、この仕組みは日常的にプログラムに接していない現場で業務を行っている人にとってはまだまだハードルが高く、その言語の意味する内容を理解しないと新たな指示はもちろん、修正を行うことも困難で、手軽にプログラムを利用する環境とは言えませんでした。
現在、プログラミングが不要で、専門的な知識がなくてもプログラムを作ることができるような環境(「ノーコードプログラミング」と言われています。)が提供されるようになっていて、ブロックのような様々なパーツを組み合わせることでプログラムが作成できるようになっています。実際にこの仕組みを使って現場主導のデジタル化を進めている企業も出てきています。
今後はさらにAIによる補助が導入され、2-1で紹介した生成系AIの技術と組み合わされて、作りたいプログラムの内容をAIと会話をすることによって完成させることが可能になると考えられていて、マイクロソフトやグーグルといった巨大企業でも取り組みが進んでいます。
図表3 プログラミング手段の進化
3 業務への適用
では、これらのデジタル技術を実際の業務にどのように適用していけばよいのでしょうか。ここでは、汎用業務とコア業務という2つに分類して考えてみたいと思います。
汎用業務とは、どの部署や役職でも共通して行うような業務で、更にはどの企業や組織でも行っているような業務です。例えば、経理処理や勤怠管理・給与処理、ファイルの保存や組織内部における承認などがあげられます。
コア業務とは、自社や属している業界独特の業務で、強みを生み出すなど他と比べて価値を生み出している業務と考えることができます。同じ組織でも部門によって異なっている場合も多い業務とも考えられます。
3-1 汎用業務
汎用業務では、デジタル技術を活用することで、効率や品質を向上させることが主な目的となります。ここでは、2-2で紹介したクラウドシステムを上手に活用していくことが重要となると考えています。
法令に基づいてどの組織でも行っている業務、例えば、税務と紐づいた経理処理や、労働時間管理や給与支払に関係してくる勤怠管理などは、毎年のように改定されていく法令にも対応しながら効率化を図っていく必要があります。
独自にシステムを開発していたのでは、これらに対応するための労力が多くかかってしまいますが、クラウドシステムであれば、随時機能向上が図られているため、こういった法令改正への対応も行われていますので、その機能を活用して法令対応などを行っていくことができます。
また、汎用業務への適用にあたってはアナログな部分をできるだけ残さないようにすることも重要です。図表4は、2020年に経済産業省の研究会で示されたDXの段階を3つに区分した図です。このなかの2つ目のデジタライゼーションは個別の業務やプロセスをデジタルで一貫させるような段階を示しています。
図表4 DXの段階
汎用業務でのデジタル技術の活用の目的を効率や品質の向上と考えるのであれば、この2つ目の段階を意識することが重要となると考えています。
図表5は架空の勤怠管理から給与支払までの業務の流れをデジタライゼーションする場合の例です。現在は、デジタルとアナログが入り乱れているため、紙文書の内容をシステム入力にする業務が効率化を妨げたり、転記ミスの発生原因となっていますが、デジタライゼーションによってできるだけデータの発生から処理の完了まで一貫してデジタル化することで、デジタル技術の効果を最大限得ることが重要になります。
図表5 デジタライゼーションによる業務効率化の例
3-2 コア業務
では、各企業や組織の中核的な業務となるコア業務ではどのような適用方法が良いのでしょうか。ここでは、図表5で示した3つ目のデジタルトランスフォーメーションを可能とするような取り組みが必要だと考えています。
現在、様々な業種の様々な業務に対応したシステムが提供されており、どのような業務であってもシステム化することは可能となっていますが、その中でもそれぞれの現場の強みとなっている独自の技術や工夫があり、それを活かしたシステム化を行い、さらに発展させていくことは現場で業務を担っている人でなければできないと思います。
これまではそういった現場ごとの業務をシステム化することは、コスト面やシステム化するための負担などから難しいことが多かったと思いますが、2-3で説明したノーコードプログラミングの環境が普及してきていることから、ハードルが下がってきています。今後はAIと会話することによってプログラミングが可能となると思いますので、さらにハードルが下がっていくと考えられます。
そのような環境の中で、デジタル技術を活用して、今の業務をより良くしていき、さらにはデジタルトランスフォーメーションと言われるようなビジネスモデルの変革を行っていくためには、データを上手に使っていくこと、データ利活用サイクルを回していくことが重要になると考えています。
図表6はデータ利活用サイクルの考え方を示したものです。まず、①どのような業務のやり方が理想であるのかの検討を行います。次に、②そのやり方を実践するためにはどのようなデータが必要であるかを検討します。ここで「データの再発見」と書いているのは、データがないと思っている場合でも、個々の紙の書類上には記載されていたり、日常の業務の中で把握しているものの集積されていない場合も多く、それが必要なデータであるということを再発見することが重要であるため、このように表記しています。
こうして必要なデータを認識できれば、それを③収集し、④分析することはデジタル技術の得意とする分野になり、ノーコードプログラミングをはじめとした様々な解決策が提供されている部分となります。そして、この収集・分析したデータに基づいて⑤取組を実施する段階がデジタルトランスフォーメーションを実現するために重要な部分となります。さらに、⑥その取組結果をデータとして収集してフィードバックし、より良いものとし、理想の姿に近づけていくためにこのサイクルをまわしていくことが、コア業務においてデジタル技術を適用するための重要な視点ではないかと考えています。
図表6 データ利活用サイクル
4 おわりに
デジタル技術は、私たちの仕事に多大な影響を与えるとともに、多くの可能性を秘めています。しかし、その可能性を実現するには、自分の業務の特性や目的に応じて、適切な技術を選択し、効果的に使いこなすことが必要です。本稿では、汎用業務とコア業務に分けて、どのようにデジタル技術を適用していけばよいのか、日頃から考えている内容を中心に考えを述べさせていただきました。
冒頭でも書いたように、それぞれの現場にはそれぞれの事情、課題があり、そのために必要なデジタル技術の適用方法も同じ数だけあると思います。ただ、それがために立ち止まってしまうのではなく、少しでも現場の業務を効率化し、本来やるべきことに集中できるような環境を作っていくためには、デジタル技術を活用していくことが不可欠だと考えています。本稿がそれぞれの現場で悩まれている皆さんの頭の整理の一助となれば幸いです。