困難から得る「生きる力」
山梨日日新聞No.41【令和6年3月4日発行】
人生には山もあれば谷もある。必ずしも波瀾万丈の人生を望んでいるわけではないだろうが、私たちは期せずしてそのような事態に直面することがある。
先日、30代から60代までの社会人10数名にご参加頂き、「よい仕事」と「よい暮らし」について考えるサロンを開催した。その中で、現在に至るまでの自分自身の仕事と暮らしの充実感、その時の幸福度を振り返り、参加者間で共有しながら意見交換を行った。
参加者の中で、ひとつの職場で長く働き続けている人は、仕事の充実感の浮き沈みはあるものの、異動などで様々な経験を積み重ねることで自らの能力を高め、次第に仕事の充実感が高まっていく傾向がみられた。
こうした理想的とも言える社会人生活を歩む一方で、職場とのミスマッチや仕事の負担感の増大、さらには事業の失敗などから大きな挫折を経験している人も少なからず見受けられた。これまで自分が積み重ねてきた自信や信用を失ったり、経済的に不安定な状況に追い込まれることで、幸福度が大きく低下することにつながっているようであった。私自身、30代前半で転職した際に同様の経験をしたことがある。その時は、仕事の充実感はおろか、幸福感までも地に落ちたことを記憶している。
しかし、多くの場合、厳しい現実から抜け出そうと努力することで再び自信や充実感を取り戻し、それがさらなる成長につながっているようであった。当時の私も、どん底の状況から一刻も早く抜け出したいともがき苦しんだ結果が、今の自分につながっていると実感している。
そして、改めて当時を振り返って思うことは、困難から抜け出すことが出来たのは、単に自分の努力だけではなく、様々な人との出会いや縁、それらを通じた助言や支援であったからということである。しかしそれは決して優しさだけではなく、時として厳しい言葉でもあったように思うが、その言葉に痛みや悔しさを感じつつも、そこから何かに気づき、自分自身を変える糧にしてきたのではないだろうか。
私たちは誰一人として社会全体を理解している訳ではない。見えているのは、「私」からみたその一部に過ぎない。しかし、他者の言葉から自分とは異なる社会の姿を知ることで、私たちの視野が広がる。視野が広がれば、問題の捉え方が変わる。捉え方が変われば、新たな解決策が生まれる。それが困難から抜け出すためのひとつの術であろう。
今日の若い世代は、安定志向であったり、時間やコストに対するパフォーマンスといった効率性を重視する傾向があるようだ。もちろんそれが続くことに越したことはないが、長く生きていると、自分の力が及ばない大きな波に翻弄されることや、時として理不尽と思えることに直面することもある。しかし、その中から何を得ることが出来るのか、そしてどのような行動につなげることが出来るかが、その後の成長に大きくつながっている。困難に直面することは、多少回り道であるが決して無駄ではないことを、サロンに参加した社会人の様々な人生が物語っているようであった。
「VUCA時代」と呼ばれる先行きが見通せない今日に、もはや成功のロールモデルや幸せへの近道など存在しないのかも知れない。ただ「今」あることに目を向けその声を聴くことで、自ら新たな答えを導き出すしかない。それがこれからの「生きる力」なのかも知れない。
(公益財団法 人山梨総合研究所 調査研究部長 佐藤 文昭)