Vol.308 地域交通のあり方


公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 山本 晃郷

1.はじめに

 近年、我が国ではバスやタクシー等をはじめとする、運転手を担う人材の不足が懸念されている。地方の山間部などの特に人口の少ない地域では、人員の不足による減便や路線廃止に追い込まれているケースも全国では既に起きており、交通弱者にとって深刻な問題となっている。
 背景にあるのは、人口減少、乗務員の高齢化、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響によるバスやタクシー会社等の事業撤退・休止に伴う運転手の離職などに加え、外国人観光者の増加によるインバウンド需要の増大などが、主な要因であるとされている。
 今後も、人口減少や高齢化が進行することが予想されており、地域の公共交通の先細りが懸念される中で、地方の路線バスやタクシーなどの存続を含めた、生活交通維持が全国的な課題となっている。
 本稿では、全国や山梨県の現状と、今後期待される新たな輸送サービスの可能性を考察したい。

 

2.交通を取り巻く動向

(1)全国の地域交通の現況

 国土交通省が公表している、令和5年版交通政策白書によると、国内旅客輸送量は、2019年度までは、鉄道や乗合バス(高速バスを含む)、航空は増加傾向、旅客船は横ばい傾向にあったが、2020年度より、いずれの交通手段も大幅に減少している。新型コロナウイルス感染症の拡大による外出自粛等の影響によるものと考えられるが、地域の身近な交通機関を巡る環境は以前から厳しい。
 タクシーは、人口減少の影響による利用者の減少や乗務員の高齢化に伴い、長期にわたり減少が続いている。マイカーの普及やライフスタイルの変化等に加え、接待需要の減少など夜に飲食店から利用する客の減少の影響もあると考えられる。
 また、乗合バスは、地方の過疎地域において年々利用者数が減少しており、不採算路線からの撤退や運行回数の減少が進行しているため、住民の移動や日常生活に影響が出ている。今後も、若年層を中心に都市部への人口流出が続くと見られ、都市部との交通格差は広がると予想されている。

出典: 国土交通省 令和5年版交通政策白書
令和4年度交通の動向 令和5年度交通施策 図1-2-1-2より

 

(2)山梨県の地域交通の現況

 山梨県は周囲を山地に囲まれており、中心部の甲府盆地を除いて平地部は極めて少なく、総面積4,465 ㎢のうち約 86%が山地となっている。マイカーの保有率は高く、一般財団法人自動車検査登録情報協会の調べによると、令和5年3月末の山梨県の1世帯あたりの保有台数は、1.507台と全国平均の1.025台よりも約1.5倍も高くなっている。
 近年は、少子高齢化が進んでおり、高齢化により自動車の運転ができなくなる人が増えると、山間地域では生活交通に対する需要が高まっていくと考えられるが、路線バスについては、不採算化、赤字路線の増加によりやむを得ず路線を廃止・縮小するケースが出てくるなど、地域の公共交通を取り巻く環境は深刻な状況となっている。
 また、夜間や路線バスが無い地域の交通手段としてタクシーを利用している方も多いが、国土交通省関東運輸局の調べでは、令和5年331日現在における山梨県内の法人タクシー事業者数は69社、タクシーの台数は812台となっており、こちらも年々減少している状況にある。
 今後、バスやタクシーの運行台数が減少することで、既存の交通手段では対応が困難な、交通空白地域の増加が懸念される。

出典:国土交通省関東運輸局の統計資料 「一般乗用旅客自動車運送事業の事業者数 」より抜粋

 

3.山梨県内の地域交通の課題

 以上の全国と山梨県における現況を踏まえ、地域交通を取り巻く課題として以下のことが考えられる。

 

(1)公共交通サービスに関する自治体負担の増大

 県内の主な公共交通である鉄道及び路線バスは、新型コロナウイルス感染症の影響で利用者数が大きく落ち込んだが、現在は回復傾向にある。しかし、人口減少に伴い長期的には利用者は減少していくと考えられる。
 また、県内の路線バスの多くが不採算路線であり、公的補助や自治体運営により運行されているが、今後も車両やインフラ設備の老朽化による更新費用が増加することや、バス路線がなくタクシーでの対応も難しい「交通空白地域」が増えていくことで自治体には更なる公共交通サービスの提供が求められることとなり、さらに負担が大きくなることが懸念される。

 

(2)交通弱者の増加

 本県における1世帯あたりの自動車保有率の高さから、多くの県民が自家用車により移動手段が確保できていると推察されるが、今後路線バスやタクシーの廃止・減少が増加すると、運転免許を持たない18歳未満の若者や、自動車運転免許を返納してしまった高齢者など、生活交通のサービスが受けられない交通弱者への対応が懸念される。
 また、近所の住民が、無償で高齢者などを送迎するといった善意によるボランティア活動が各地で行われているが、事故等が発生した場合の責任が不明確であることや、ボランティア自身の高齢化が進んでいることから、活動の継続性に不安が残る。

 

4.全国の地域交通の取り組み事例の紹介

 以上の山梨県における地域交通を取り巻く課題を解決するために、参考となり得る全国の施策を紹介する。

 

(1)デマンド型の公共交通

【滋賀県米原市】まいちゃん号 エリアの特性に応じたデマンド方式導入

 デマンド型交通とは、予約制の相乗り型の交通サービスで、あらかじめ決まった区域での運用を前提とし、需要に応じて柔軟に運行する利用者主導型の交通手段である。路線や時刻表はなく、乗降場所はタクシーと異なり限定される運用となっている。
 米原市は、北部の中山間地域と南部の琵琶湖岸に面する平坦地域による、起伏に富んだ地形となっている。人口は平坦地に集中する一方で、中山間地は高齢化が著しく、公共交通利用者の減少に加え、市町村合併による広域の公共交通路線網への見直しが必要な状況であった。
 地域に適した公共交通の形として検討した結果が、現在運行している「まいちゃん号」である。予約状況に応じて運行ルートが変動する「区域運行方式」を採用し、予約のあった停留所間のみを最短距離で結ぶことにより、誰でも気軽に利用できる環境を整えたことで、利用者の増加につながった。
 この区域運行方式は、デマンド型交通の中で一番オーソドックスな形であり、少子高齢化が進む地域や、マイカー普及率が高く、路線バス利用者数が少ない地域において導入が進んでいる。

出典:米原市ホームページ まいちゃん号の運行について
※小型タクシー(乗客4人)の例

 

(2)住民ボランティアの協力

【青森県佐井村】過疎地有償運送 買物への移動手段を提供

 青森県下北郡佐井村は、津軽海峡に面する南北40Kmにまたがる細長い村である。品揃えが十分な食料品スーパーは遠方に離れた隣町のみであり、路線バスは運行されているがバス停が国道沿いにしか無いため、そこから離れた集落の高齢者などはバスが利用できない状況であった。そのため、社会福祉協議会が中心となり、通院や買い物のためのデマンド型交通(有償運送)を開始した。
 行政は運営に必要な資金を交付し、社会福祉協議会が調整・運営を行い、運転協力者は2種免許もしくはそれに準ずる資格が必要であるため、自動車学校の協力で講習などを受講した住民ボランティアが担っている。また、送迎先の地元スーパーなどとポイントの付与、割引といった提携を行うなど、地域が一体となったサービスを展開している。

出典:国土交通省ホームページ地域公共交通の活性化・再生への事例集より抜粋

 

(3)AIオンデマンドの活用

【福島県西会津町】西会津町デマンドバス・こゆりちゃん号

 福島県西会津町は、福島県西部の新潟県との県境付近に位置する山間地域であり、これまで運用していたデマンドバス予約システムの更新にあたり、さらなる利便性の向上や運行の効率化を図るため、AI による運行システムの導入を実施した。
 電話、アプリ、Webによる予約が可能で、既存のバス停か、バーチャル上に設置されている仮想のバス停のいずれかを選択し、希望の乗車場所から降車場所へ、希望の時間に運行する。経路非固定・乗降場所固定の予約型運行サービスであり、予約状況に応じてAIが目的地までの最適な移動経路を自動で生成し運行されている。
 また、予約を受け付けた時間帯以外でも、車両台数・座席数に空きがあれば、新たな出発時刻での予約が可能で、運用は地元の交通事業者に委託されている。

 

出典:西会津町ホームページ 西会津町民バス ユーザーズガイドより抜粋

 

(4)MaaSMobility as a Service

【群馬県前橋市】群馬県版MaaS(GunMaaS)

 MaaS(マース:Mobility as a Service)は、ICT(情報通信技術)を活用して、公共交通機関やライドシェア、シェアサイクルといった複数の交通手段を最適に統合して、検索・予約・決済などを一括して行うサービスである。
 具体的には、バスに乗り駅まで移動し、鉄道に乗り継いだ後、駅からタクシーを利用して病院へ向かうといった一連の移動サービスを利用した最適なルートを案内し、予約・決済をアプリなどで一括して行うことが出来る。
 群馬版MaaSでは、マイナンバーカード認証基盤と連携し、利用者属性情報による割引等の運賃施策を実施すると同時に、MaaS環境の構築による市民の公共交通に対する既存の意識からの変化と、新しい技術への理解を促すことを目的とし、令和5315日よりサービスが開始されている。

出典:群馬県ホームページ 群馬県版MaaS(GunMaaS)のサービス開始に関する知事・前橋市長合同記者会見(令和5年3月9日) モニター資料より抜粋

 

5.課題と事例から見る山梨県内の地域交通に関する考察

 こうした地域交通を取り巻く現況や全国各地の先進事例を踏まえ、山梨県内の地域交通の課題解決に向けて以下のように考察する。

 

(1)持続可能な公共交通の提供と自治体負担の軽減

 人口減少に伴い、長期的には路線バスやタクシーをはじめとする、地域交通の利用者の減少は避けて通れないものと考えるが、交通弱者の移動手段をどのように確保していくか課題となっている。
 現在運用されているデマンド型交通や路線バスの維持には、国や県の補助金に加え、市町村が金銭的負担を行っているが、引き続き、地域交通を維持していくためには、事例のようなAIオンデマンドの活用による効率的な運用によるコスト削減や、社会福祉協議会や住民ボランティアとの連携など、地域の実情に合わせた役割分担による自治体の負担軽減が考えられる。
 また、地域の実情に合わせた運用には、定期的な市民ワークショップや、地元の関係者などが参加する地域協議会等を開催するなど、十分な調査と住民からの意見集約を行い、自治体と住民が同じ目線になって検討していくことが望ましい。

 

(2)民間・行政が連携した交通弱者対策

 地域公共交通は、交通弱者にとって必要な移動手段であり、通勤・通学、買い物、通院などの外出に欠かせない存在である。交通弱者の増加により、需要が高まっていくと考えられるが、運賃収入だけでは運行に必要となる費用は賄えず、路線や運行本数を増やそうにも、運転手の確保が困難となっている。
 事例にみられるように、人口規模や地形等の地域特性によって、行政、社会福祉協議会、有償ボランティア、企業がそれぞれの役割を担い、それぞれの手が届かない部分を協力し、補うことで地域が一体となった事業が運用されており、費用の削減や人員不足の解消に繋がると考えられ、県内でも事例を参考とした活用が期待される。

 

(3)新技術の導入

 地域交通におけるAI(人工知能)やICT(情報通信技術)の活用については、山梨県内各地で実証実験がみられるが、無人自動運転サービス(レベル4相当)の実現に向けた自動運転バスの実証実験も既に行われている。
 また、AIオンデマンドが最適なルートを導いて運行する乗合バスの実証実験なども行われており、幹線道路沿いしか運行しない路線バスと異なり、地域の生活道路まで入り込み、多くの乗降ポイントを設置できるメリットを生かすことで、交通空白地域の解消が期待されると同時に、人員不足の解決、巡回ルートの効率化による地域住民の利便性向上が期待される。

出典:笛吹市AIデマンド交通「のるーと笛吹」 https://www.knowroute-fuefuki.jp/

 

6.地域交通を取り巻く今後の国の動き

 全国各地では、地域交通を取り巻く厳しい状況を受けて、地域交通の在り方について、議論や見直しがなされているが、その背景には、以下のような国の方針や動きも関係している。

 

(1)地域公共交通の「リ・デザイン」

 我が国では、地域の関係者の連携・協働(共創)を通じ、利便性・持続可能性・生産性の高い地域公共交通ネットワークへの「リ・デザイン」(再構築)を進めるための「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律案」が、2023210日に閣議決定された。
 鉄道・路線バスなどの地域公共交通は、地域の社会経済活動に不可欠な基盤であるが、人口減少や少子化、マイカー利用の普及やライフスタイルの変化等による長期的な需要の減少は、交通事業者の経営努力のみでは避けられないものである。
 こうした状況を踏まえ、地域の関係者の連携・協働=「共創」を通じ、以下の3つの視点から、利便性・持続可能性・生産性の高い地域公共交通ネットワークへの「リ・デザイン」(再構築)を進めることが必要であると示している。

  1. 交通DX(デジタル技術の活用)自動運転やMaaSなどのデジタル技術を導入し、交通の効率性と利便性を向上させます。
  2. 交通GX(車両電動化と再エネ地産地消):車両の電動化や再生可能エネルギーの活用により、環境への負荷を軽減し、持続可能な交通を実現します。
  3. 3つの共創:官民共創、交通事業者間共創、他分野共創の連携を通じて、地域の交通ネットワークを再構築します。

出典:国土交通省 報道発表資料より https://www.mlit.go.jp/report/press/sogo12_hh_000292.html

 

(2)ライドシェアの導入

 政府を中心に新たな輸送サービスである「ライドシェア」の解禁に向けた議論が交わされてきており、2024年4月からは一部自治体で試験運用を開始し、同年6月までに運用状況や効果を検証しつつ、本格的な導入に向けた検討が予定されている。
 ライドシェアは道路運送法で原則禁止されてきたが、移動が困難な過疎地などでは、国家戦略特区法の一部改正法が2016年9月1日に施行されたことにより、自家用有償観光旅客等運送事業の活用拡大を目的に、自治体やNPOの管理のもとで、一部地域において例外的に認められてきた。しかし、自治体が主体で実施するには、地元のタクシー事業者らの同意が必要であることが、導入の大きな壁となっていた。
 タクシーが不足する地域、時間帯などを考えると、ライドシェアを導入することに対して歓迎の声がある一方で、乗客の安全性の懸念や運転者の労働待遇、労働環境の整備、運転技術やサービス提供のスキル差、事故時の保険適用・補償などの問題点を解決するための詳細な決まりを作成する必要がある。海外で既に導入している国々においても、独自の義務や規制を定めている状況であり、日本版「ライドシェア」について、今後も議論の活発化が期待される。

 

7.おわりに

 山梨県では、20244月に地域にとって望ましい地域旅客運送サービスの姿を明らかにする、地域公共交通のマスタープランとして、「山梨県地域公共交通計画」の策定を予定しており、既に計画の素案が公表されている。その中には、生活交通の安定確保が図られたうえで、市町村と県が協力し、創意工夫や新技術の導入を行いつつ、都市圏公共交通や観光地の公共交通、リニア開業時の輸送網などに取り組んでいく方針が盛り込まれている。
 今後も、人口減少による需要の減少に加え、高齢化により自動車運転免許の返納が増加することが想定される中で、交通弱者に必要な生活交通を確保し、維持していくことは重要な課題となっている。
 このため、鉄道やバス、タクシーといった既存の公共交通サービスを最大限活用することはもちろんだが、必要に応じて自家用有償旅客運送や、病院・商業施設・宿泊施設などと連携した、既存の民間事業者による送迎サービス等の多様な輸送資源を最大限活用する取り組みなど、制度の見直しや新たなルール作りも必要となる。
 地域の衰退を防ぎ、地域の暮らしを維持するために、今後、交通DXICTといった新たなデジタル技術の活用、車両の電動化や再生可能エネルギーの活用による環境への負荷の軽減、地域の交通ネットワークの再構築といった、将来に渡り持続可能な交通サービスが、地域交通に提供されることが期待される。