Vol.309-1 リスキリングを促進するには
株式会社リクルート
Division統括本部 HR本部
ジョブズリサーチセンター センター長
宇佐川 邦子
皆さんは「リスキリング」という言葉をご存じでしょうか。
昨今耳にする機会も増え市民権を得つつあるものの、一方で、言葉は知っているが内容はわからないといった声も残念ながら、いまだ存在します。
まずは簡単に、リスキリングの言葉の定義、求められる背景などを確認した上で、山梨県が掲げるリスキリングを促進し、3UP(※)を実現するための‘カギ‘となる「個人」を軸に紐解きます。加えて、山梨県=地方自治体ならではの観点も僭越ながら簡単に触れたいと思います。
※ 3UP(スリーアップ)とは、 労使が共益関係(構成する人すべてに共通する利益)を育む中で、働き手がスキルアップすることで、企業収益がアップし、それが賃金アップにつながるという好循環を指し、この好循環を広く県内に波及することにより、地域経済の活性化や更なる発展を目指す取組みです。 |
はじめに:リスキリングとは何か?
リスキリングとは、変化する社会や職場環境に適応するために、一生涯にわたって継続的に学び直すことです。定期的に自分のスキルセットを更新し、新しい知識や技術を身につけることを指します。このスキルは、個人のキャリアアップだけでなく、社会全体の持続可能な発展にとっても欠かせない要素です。
よく似た言葉にリカレントがありますが、リカレント教育とリスキリングの違いは、前者が個人主導、後者が企業主導である点となります。
第1章:リスキリングの重要性とその背景
技術革新、グローバル化と人口構造の変化が急激に進むVUCA時代において、従来の終身雇用、働き方では立ち行かない状況になっています。特に、「技術革新の加速」「キャリアの多様化」「人口動態の変化」の影響は大きく、既に、一度学んだことだけでは通用しなくなる職業が発生し、終身雇用の概念が薄れ、個人のキャリアパスも多様化するといった変化が起こっています。よって、このような状況下においては、一生涯にわたって学び続け、スキルを更新し続けるリスキリングの重要性がより高まってきます。
- 技術革新の加速:デジタル技術の進化は、新しい職種の創出と既存の職種の変化をもたらしています。
- キャリアの多様化:生涯で一つの職に就く時代は終わり、多様なキャリアパスが可能となりました。
- 人口動態の変化:少子高齢化による労働力不足は、職場での多様な役割の担い手を必要としています。
<地方自治体における課題>
人口減少や若年層の都市部流出といった課題に直面しており、これらの課題に対応するためには、地域に残る人材のスキルアップと、外部からの人材を惹きつけるための魅力ある産業、仕事、環境作りが求められます。
第2章:リスキリング取得の現状と課題
多くの人々、企業共にリスキリングの重要性を認識しているにも関わらず、なかなか普及しない、取組みが開始されないのが実情です。
企業主導の年齢別OJT/OFF-JTの実施状況(図1)では、若年向けと新課長向け役割研修がメインで、従業員の大半を占めるミドルシニア向けの支援が薄く、また国際比較でみても日本の企業の研修予算(図2)は圧倒的に少ないことがわかります。つまり、従来の企業依存型でのリスキリング、キャリアアップでは立ち行かない状態ともいえます。そこで、カギになるのが‘個人‘です。いくら企業や行政が旗を振ったところで、個人がやる気にならなければ取組みは開始されませんし、途中で頓挫する等、リスキリングの獲得は困難です。
しかし一方で、個人側にも課題は山積しています。ここからは「個人の実態」に焦点をあてます。
図1
図2
<個人の実態>
総務省の令和3年社会生活基本調査によると「学習・自己啓発・訓練を行っているか」の問いに対して行動している者は39.6%と、半数も行っておらず、かつ20代後半以降、年齢に比例して低下しています(図3)。
図3
社会人になると学びの習慣がどんどんなくなってしまう実態が見えてきます。行わない理由としては、時間やお金がない、何を学べばよいかわからないといった声があがります。さらに、厚労省の能力開発基本調査(図4)では、時間・お金に加え、「自分が目指すべきキャリアがわからない」と2割が回答しています。自分に何が合っているのか、どのようなキャリアを目指すべきかの棚卸しが不足していることも、学び直しを妨げる大きな要因です。
図4 自己啓発を行う上での問題点(複数回答)
<地方自治体における特有の課題>
都市部に比較すると、教育や研修の機会が限られており、特に若手層のスキルアップの機会が不足しやすく、テクノロジー進化によりWebでの機会は改善すると想定されるものの、現時点では学び直しの機会へのアクセスそのものが困難なケースもあることに留意が必要です。加えて、地方独自、地方特有の産業に対するスキル獲得の必要性がありながらも、それを支援する体系が整っていないことも課題と思われます。
第3章:リスキリング促進のための打ち手
<個人>
1.学び直しの目的を明確にする:自己分析、棚卸(図5)
多くの人が何を学べば良いのか、また、その学びがキャリアにどのように役立つのかを見極めることに苦労しています。まずは、自分の強み、弱み、興味を整理し、自分がなりたい姿や目指すキャリアを具体的に描き、それに必要なスキルを特定することが大切です。これにより、何を学ぶべきかの自分なりの指針が得られます。
図5
2.仕事で必然をつくる、‘やってみたい‘を活かす
実際の仕事を通じて新しいスキルを身につけることも一つの方法です。
例1)社内の新しいプロジェクトなどに自ら手をあげる。能力や経験に不安があっても、不足分を学びながら遂行することで新たなスキルを得ることが可能。
例2)兼業・副業(社内副業含):異なる組織や事業での執務は、新たなスキルを身につける絶好の機会。
異なる業種での経験は、未知の分野への理解を深め、新しいキャリアの可能性がみえることも。
※後段で兼業副業のリスキリング効果などについて記載しています。
3.ライフスタイルに合わせた学習法を選択:まずはやる、続けられそうなこと、小さいことから
行動できない理由として、時間や費用の問題が指摘されています。他にも、自分のペースでできる学習機会がないといった声もあります。これらを解消するためにオンラインコースや短期集中コースなど、多様な学習方法の中から、自分のライフスタイルに合ったものを選びましょう。
※追加のポイント:相談する、一人で悩まない
一人で悩み踏み出せない状態よりも、上司や先輩、キャリアコンサルタント等に相談しながら整理することも有益です。自分が認識できていない強みや、手助けとなる資金的な援助や手法を知ることもできる可能性が高まります。
<地方自治体>
1.生涯学習の推進(住民がどこからでもアクセス可能なオンライン学習プラットフォーム等)
地元の教育機関や外部プラットフォームとも連携し、多様な生涯学習の機会を提供することが重要です。これにより、住民が必要とするスキルを柔軟に、かつ効率的に習得できる環境を整える。結果、幅広い年齢層、様々な嗜好や能力をもつ多様性のある住民が、人生100年時代に活躍し続けられる強い産業、地域基盤の構築につながります。
2.産業界との連携
地方独自産業に特化したスキル獲得プログラム(例、観光業界向けのデジタルマーケティング研修など)により、産業界と教育機関の連携を促し、地域に根ざした人材育成を目指すことが必要です。
また、地元企業協働による研修プログラム、地元企業が求めるスキルを習得できる実践的な研修、インターンシップを提供する取組みの拡大は、地域内での雇用創出と共にリカレント・リスキルの促進に有効です。
3.キャリア支援体制の構築
既存のキャリアセンターや就職相談窓口なども活用しつつ、個々人のキャリアや能力等の棚卸をしつつ、学びと仕事を紐づけたキャリアプランの作成支援や情報提供を行うことで、住民のキャリア自立を支援する体制を整えること。さらに、仕事だけではなく学びとの紐づけや、兼業や副業、プロボノなど、多様な選択肢も視野にいれた支援のあり方も求められます。また、企業側は、リスキル人材が活躍できる評価、支援制度の構築に加えて、多様なキャリアパスを模索する機会を提供することが重要です。
第4章:兼業・副業を通じたスキルアップ、リスキリング効果
兼業や副業は、新たな分野への挑戦としても有効です。新たなスキル獲得だけでなく、自分自身のキャリアを見つめ直す機会としても活用できます。実際多くの人が、兼業・副業を通じて自分の強みやキャリアの方向性を再発見しています。また、異なる職業で得られる知識や経験は、本業にもプラスの影響を与えることがあります。当社の「兼業副業に関する実態調査2022」をもとに、実際に兼業副業を行っている方々の実態から、リスキリング効果を確認してみましょう。
1.兼業副業意向は高い(図6)
正社員の6割が兼業副業を行っているか、希望しています。
図6
2.兼業副業実施者+意向者が、兼業副業をしたい理由(図7)
「主たる職業で得られない知識や経験を獲得するため」は25.6%、「兼業副業での経験を主たる職業での仕事に活用するため」は25.3%と、新たな知識や経験の取得を目的としています。
図7
3.兼業副業実施者が実施して実感したこと(図8)
「新しい視点、柔軟な発想ができるようになった」28.1%、「新しいスキルや知識を獲得できた」27.5%と、結果的に兼業副業の目的が達成できたともいえる回答となっています。また、「社外のネットワークやつながりが獲得できた」「自分の強みや課題を自覚できた」も2割程度あり、今後につながる多様な視点や協働の獲得、自身のキャリアの棚卸にも一定の効果が表れている結果となりました。
図8
自身がやってみたいと能動的に選択した「兼業副業」であるからこそ、リスキリング効果が高くでた感がありますが、正社員の6割もの人がやりたいと思っていることを鑑みると、兼業副業といった従来とは異なる環境、産業や業務、人とのかかわり方を経験した結果、リスキリングにつながる可能性がみてとれるともいえます。兼業副業にすぐさま対応できない場合でも、取引会社への在籍出向や、社内副業ともいえる他部署でのプロジェクト兼務などを手上げ式で実施し、同様の効果を狙う企業が生まれています。
まとめ:リスキリングの未来
<個人>
リスキリングは、今日の急速に変化する社会において、自らのキャリアを主体的に構築していく上で欠かせない要素です。実施するにはいくつかハードルはありますが、目的を持って、自分に合った学習方法を選ぶことで克服することができます。まずは、自ら(のスキル)を棚卸して目的を明確化する、仕事で必然を創る、自分にあった学び方を選択し、まずはやってみる、一人で悩まず周囲に相談し勧められることから開始する、少しでも面白そう、関心がもてる、やってみたいと思える領域ややり方を選択することを意識して下さい。
<地方自治体>
経済のグローバリゼーション、人口減少、高齢化などに伴う労働市場の変化の時代は、地方自治体においてもリスキリングの促進とキャリアアップ支援が地方創生の鍵を握ります。これらなしには、持続可能な経済発展と人材確保は成り立ちません。地方自治体だからこそできる、教育機関や産業界と連携した地域に根差した教育プログラムの提供と、住民一人ひとりのキャリア支援を通じて、持続可能な地方社会の実現に貢献することを期待しています。