VUCA時代の人材育成
山梨日日新聞No.45【令和6年5月20日発行】
今年4月、将来的に消滅する可能性がある自治体を指す744の「消滅可能性都市」を「人口戦略会議」が発表し、世の中をざわつかせた。消滅可能性都市とは、2020年から50年までの30年間で若年女性人口が半数以下になる自治体のことを指す。
人口減少に悩む山梨県にも消滅可能性として挙げられた市町村があり、引き続き公費を投入して施策を打っていくことになろう。だが、若年女性人口のほかにも、山梨県にとって気になるデータがある。
それは若者の就職時の移動データである。内閣府の地域経済分析システム(RESAS)によると、22年の山梨県の純流入割合(流入から流出を引いた純流入者数を分子とし、山梨県の大学等を卒業し就職した人数を分母として算出)はマイナス64・40%と青森県に次いで2番目に高い「流出県」であることが確認できる。「首都圏に近いから」という声が聞こえてきそうだが、県庁所在地から都心へ2時間程度でアクセスできる長野県はプラス7・60%である。
地域の実情はどうか。先日、甲府商工会議所でサービス業や情報通信業等で構成する部会の方々と意見交換する機会があった。そこではやはり、企業が採用や人材育成に苦慮しているとの声が目立った。「新卒採用が難しいから大規模な機械化、DXに踏み切った」「多めに内定を出しても、実際に入社してくれるか不安になる」など。
デジタルネイティブと呼ばれ、時間効率(タイパ)を重視する世代の人材育成はどうしたらよいか、という話にまで及んだ。驚いたのは、企業側の方々が若者の日常生活の送り方や、考え方を本気で知りたいとしている姿だ。そこに「社員は駒」と考えている企業はなかった。
柔軟な働き方の導入やスキルアップの機会提供、内的ワークエンゲージメント(給与や福利厚生などの条件面ではなく、仕事それ自体に幸福といったものを感じる心理状態)を高めるための模索、集中力を継続してもらう工夫、東京支社勤務など若者の首都圏勤務の希望を叶える働き方等々、経営者や幹部たちが若手社員側の立場から考え、もがいている様子が痛いほど伝わってきた。
米国の社会学者アーリー・ホックシールドが「肉体労働」「頭脳労働」に続く第3の労働形態として提唱した「感情労働」という概念がある。顧客などの満足を得るために自身の感情をコントロールし、常に模範的で適切な言葉・表情・態度で応対することを求められる労働として近年注目されているが、若手社員と向き合う経営者や幹部クラスの方々のこの姿こそ社内感情労働のようにすら映る。
要は皆、不安なのだ。人材の不安、コストの不安、存続の不安。それはおそらく学生も企業も同様だ。先が見えないVUCAの時代、どう生きていくのが正解かが見えない中、企業は人材不足も影響し、やらなければならないことばかりが増えていく。このような中、必要となるのは若手社員の心情に耳を傾け、信頼して任せることができる指南役だろう。私自身、右も左も分からない若手の頃、仕事に面白みを感じ没頭できたのは「どうしたで?」と声を掛け、内容を共に吟味し、「思ったようにやってみろ」と背中を押してくれた上司や関係者がいたからにほかならない。時代に合ったスマートな経営と同時に、地方として“消滅”させてはいけないのは、この山梨の、豪快で、暑苦しいほどおせっかいで、人情味がある“経営者”たちが築いてきた人と人との関係を活かした経営なのかもしれない。
(公益財団法 人山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)