Vol.310 データから地域をみる ~システム思考による自主研究成果の分析~
公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 佐藤 文昭
1.はじめに
インドの寓話に「群盲象を評す」がある。物事の一部だけを理解して全体像を理解したと錯覚してしまう例えとして用いられるが、今日の社会も同様に、複雑化する問題の全体像を把握することは容易ではない。
近年、政策立案においてEBPMという言葉がよく使われる。これは、エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング(Evidence-Based-Policy-Making)の略であり、日本語では、「証拠に基づく政策立案」と呼ばれる。つまり、政策課題を情報やデータなどの合理的根拠(エビデンス)を用いて明確化し、政策を立案することである。それは、複雑化する政策課題に対して、経験や勘を頼りに解決策を見出すのではなく、固定観念や先入観を排除し、エビデンスに基づく政策決定が求められていることの表れでもあるだろう。
しかし現実には、政策が「答えありき」で進められ、後付けでそれを証明するデータを集める、などということもないとは言い切れない。
日頃から自治体の政策立案に関わる機会の多い地方シンクタンクという立場として、このデータと政策をどのように結びつけて合理的な答えを導き出していくのかということは大きな課題のひとつである。
本稿では、昨年度実施した2つの自主研究を事例に、議論の過程を様々な情報やデータから振り返ることにより、各テーマの全体像を「システム」として明らかにするとともに、そこから得られたことについてまとめてみたい。
2.「氷山モデル」と「推論のはしご」
言うまでもなく、氷山は海面上に現れているのが1割であり、残りの9割は海面下に隠れている。同様に、社会において目に見えているのは出来事のごく一部であり、それを引き起こしているしくみは見えない。このしくみを把握するために用いられるのが「氷山モデル」である。
氷山モデルは、水面上の「出来事」と、水面下の「パターン」、「構造」「意識・無意識の前提(メンタルモデル)」という4つの層によって構成されている[1]。「パターン」とは、過去から見た出来事の傾向であり、「構造」とは、それを引き起こしているしくみである。さらにそのしくみは、私たちの意識・無意識の価値観となる「メンタルモデル」によって生み出されているということになる。
図 1 「氷山モデル」
しかし、このモデルに基づいて出来事を紐解いていくことは容易ではない。集めた情報やデータから性急に答えを導き出してしまうことや、予め用意された結論から意識的・無意識的にデータを選択し、恣意的に解釈してしまうこともあるかも知れない。
なぜ、そのようなことが起こるのか。それには、私たちの意志決定のプロセスが深く関わっているが、それを理解する上で「推論のはしご」が重要な役割を持つ。これは、以下のとおり、出来事をどのように認知し価値観が形成され、行動に移されるのかといった過程を示したものである。

図 2 推論のはしご
私たちは、今起きている現実の状況を目にすることでそれを認識し、これまでの経験や知見を踏まえて解釈し、それを前提に結論を導き出す。それが私たちの信念や世界観を形成し行動に結びついていく。しかし、このプロセスが繰り返し行われることで固定観念や先入観が形成される。それにより、私たちはしばしば現実の状況から「勝手な解釈」を導き出したり「決めつけ」てしまったり、また、社会に浸透している「ステレオタイプ」な考え方を鵜呑みにしてしまうこともある。
このように、物事の全体像を捉えるためには、推論のはしごを飛び越え、事実から無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)により結論を導き出すことのないよう、自戒の念を込めて、推論のはしごをゆっくり登っていく必要がある。
3.システム思考とループ図
それでは、推論のはしごを飛び越えずにゆっくりと登っていくためには何が必要なのか。「氷山モデル」にあるとおり、出来事にはパターンがありそれを生み出す構造がある。そこで、実際の出来事やそれを取り巻くデータなどを収集分析することで、出来事を可視化するための思考法である「システム思考」について考えてみたい。
システム思考とは、「現実の複雑性を理解するために、ものごとのつながりや全体像を見て、その本質について考える」ことである[2]。またシステムとは、「2つ以上の要素が相互作用し、目的または機能を有する集合体」である[3]。私たちの周りの出来事は、様々な要素が相互に作用することにより、一定の「パターン」を生み出している[4]。そして、このパターンに影響を及ぼしているのが「構造」である。
例えば、今年の4月に人口戦略会議が公表した『令和6年・地方自治体「持続可能性」分析レポート』によると、時間の経過に伴い人口が減少するという「パターン」を、人口の自然増減と社会増減の2つの視点から捉えている。その上で、特に若年女性人口の減少率によって自治体を9つに類型化している。では、なぜそのように考えることが妥当なのかについて、要素間の相互作用の構造を示すツールである「ループ図」を用いて可視化してみたい。
まず、自然増減についてみた場合、自治体の出生数が減少することにより人口が減少する。つまり、2つの要素は強め合う関係にあることが分かる(R1)。一方、社会増減では、雇用機会の減少など人口が地域外に流出する要因がもたらされることで自治体の人口は減少する。これも同様に2つの要素が強め合う関係にある(R2)。さらに、人口流出により一定程度若年女性の減少が生じることから、それが出生数の低下、引いては自治体の人口減少に拍車をかけることにつながる(R3)。もちろん、この他にも出生率の変化など、様々な要素が関係しているが、この図から若年女性の減少率が自治体の「持続可能性」に大きく関与しているということを把握することができるだろう。

図 3 ループ図による自治体の人口減少の構造化
では、こうした分析から一体何が得られるのだろうか。確かにこれは、人口減少を取り巻く構造の一部に過ぎない。しかし、このように可視化することで、なぜ出生率が伸びず出生数が低下しているのか、なぜ若年層の人口流出が止まらないのかという、「なぜ」に気づき、それを問うきっかけとなる。
もちろん企業誘致や子育て支援といった“人口減少対策”を講じることは、人口の社会増という点では一定の効果はあるだろう。しかし、人口減少という我が国全体が直面している「パターン」の中でパイを奪い合うことは、必ずしも根本的な問題解決ではないだろう。むしろ、今、政策に求められているのは、ここから見えてくる「なぜ」に向き合うことではないだろうか。
4.自主研究の事例
実際の調査研究の現場では、システム思考はどのように活用することができるだろうか。山梨総研では、例年いくつかの自主研究を行っているが、昨年度実施したうち2つの調査研究を事例にして、ループ図を作成し分析を行ってみたい。
(1)事例1:地元中小企業の人材獲得
これまで山梨県中小企業家同友会との共同により、地元中小企業のあり方に関する調査研究や経営者などとのディスカッションを行ってきた[5]。その中で、地元中小企業が抱える課題のひとつとして人材の獲得が挙げられた。経営者からは、若者に企業の仕事やその魅力を伝える機会が限られていることや、若者に大手志向や安定志向、効率性を重視するなどの就職観・仕事観などが背景にあることから、大手企業が優位であるとの意見があった。これらは、実際の採用活動を行う中で、経営者が感じていることであるが、統計データからみるとどうなのかについて改めて調べてみた。
まず、大学卒業後の就職により多くの若者が県外に流出しているという現状について、県内大学新卒者の就職状況を調べてみた。その結果、平成31年度に26.3%であった県内就職内定率は、コロナ禍の令和2~5年度には30%前後まで上昇したものの、直近の令和6年度では27.1%とコロナ前の数値に戻りつつあることが分かる。

図 4 新規大学等卒業者の就職内定状況
一方で、県内企業の労働市場の動きはどうなのか。企業の規模別にみた新規求人者数の推移は、コロナ禍の令和2年度に求人に陰りがみられたものの、100人未満の中小企業が県内求人の多くを占めていることが分かる。このことから、中小企業は慢性的な人手不足の状態であることがうかがえる。

図 5 山梨県の企業における従業員規模別求人数の推移
さらに、大手企業と中小企業の雇用条件について、大卒初任給を比較してみたところ、令和2年度は1割近くの差があったものが、令和3~4年度は差が縮まったものの、昨今の物価高騰や深刻な人手不足の影響から賃金が上昇し、大規模企業と中小企業の差が開きつつあることが分かる。

図 6 新規学卒者の学歴別所定内給与額(大卒)
このように、統計データは、地元中小企業経営者の「大手企業が優位」という肌感覚を裏付ける結果となったが、肝心の若者の就職観はどうなっているのだろうか。
マイナビが毎年卒業見込みの大学生を対象に実施している「大学生就職意識調査」によると、約半数が「絶対に大手企業がよい」、「自分のやりたい仕事ができるのであれば大手企業がよい」という、いわゆる「大手企業志向」であり、その傾向は令和5,6年度卒よりも令和7年度卒の方が高くなる傾向にある。その反面、「やりがいのある仕事であれば、中堅・中小企業でもよい」、「中堅・中小企業がよい」との回答は、令和6年度卒から令和7年度卒へと減少傾向にある。

図 7 大学生の「大手企業志向」「中堅・中小企業志向」
また、大学生の就職観では、令和4~7年度卒を対象とした過去4年間に共通して、「楽しく働きたい」が3割台後半で最も多く、次いで「個人の生活と仕事を両立させたい」、「人のためになる仕事をしたい」の順となっている。学生の大手・中小企業志向との相関関係は不明ではあるものの、自分のやりたい仕事であることを前提に、ワークライフバランスを保ち楽しく働けることを重視する傾向にあることがうかがえる。

図 8 学生の就職観(2つまで)
しかし、実際の就職活動における企業選択は必ずしもそうではないようだ。大学生が重視する企業選択のポイントは、「自分のやりたい仕事ができる会社」の割合は3割弱まで低下し続ける一方で、「安定している会社」との回答が約半数で最も高くなり、また「給料のよい会社」も増加傾向にある。この傾向は、特に令和4年卒以降で顕著にみられる。

図 9 学生の企業選択のポイント(2つまで、抜粋)
また、学生の就職活動において、一定程度の影響力を持つと考えられる保護者の、子供の就職先に対する願望をみたところ、「経営が安定している」が半数近くと圧倒的に多く、次いで「本人の希望や意志に沿っている」がその約半分の20%前半となっている。
こうしたことから、保護者の安定志向の価値観が、就職活動を行う学生の意識に影響を及ぼしているということも否定できない。

図 10 子供の就職先や将来に対する願望(2つまで、抜粋)
こうした様々なデータから、中小企業の人材獲得を取り巻く状況を分析した結果、以下のようなストーリーを描くことができる。
自分のやりたい仕事であれば、中小企業を選択するという学生の就職観は一定程度あり、コロナ禍では、採用の減少や感染への不安などから、都市部への就職を敬遠する傾向がみられた。一方、コロナ禍を経た今日では、国際情勢の悪化やそれに伴う物価高騰などの新たな先行き不透明感などから、やりたいことや働きがいよりも、安定性や収入などを重視する傾向がみられるようになっている。また、保護者についても、子供の就職先として安定性を重視する傾向なども相まって、より安定性があり雇用条件で中小企業よりも優位である大手企業を志向する学生が増加しているとみられる。 |
このストーリーを、県内の新卒者を中心に、前述のループ図により可視化した結果を以下にまとめる。県外大手企業と地元中小企業ともに、地元の大学新卒者という一定の人数を奪い合う関係となる(R1、R2)。一方で、先行きが不透明な現代において、本来望んでいるやりたい仕事であったり、楽しく自分らしく働けることよりも、安定性を重視することで、先行きが不透明なことへの不安を解消しようとしているとみられる(R3)。その結果、地元中小企業よりも大手企業への関心が高まり、就職先が県内よりも県外が大幅に上回る結果につながっている。こうして、「強者はますます強く」なるパターンが生じていると考えられる。
図 11 地元企業の人材獲得を取り巻く状況(ループ図)
(2)事例2:北杜市における水環境のメカニズム
北杜市では、平成27年に行った『世界に誇る「水の山」宣言』を契機に「水の山」プロジェクトを発足し、水と暮らす北杜市のブランド価値向上を目指した取り組みを推進してきた。昨年度、北杜市からの受託事業の一部を山梨総研の自主研究として実施した「やまなし水・暮らしプロジェクト」は、この「水の山」プロジェクトの一環として、市内各地の湧水・地下水の水質を科学的に分析することにより、「おいしい水」であることを明らかにすることにあった。
この地域は、古くは縄文時代から八ヶ岳南麓の湧水周辺に集落が形成され、その後、酒造りや米作りなどが行われ、今日、「南アルプス」を冠した水が商品化されるなど、歴史的に水資源と密接な関係を持ってきた。その背景には、南アルプス、八ヶ岳、茅ヶ岳・瑞牆山といった山々やそれを取り巻く森林の恩恵がある。こうしたことから、「水の山」としてのブランド化が進められている中で、改めて水質を科学的に証明することで、ブランド価値をより強固なものにするという意図があった。

図 12 北杜市における「水の山」プロジェクトの概要
本調査では、北杜市内7カ所の水質調査と地質との関連性について分析を行った[6]。その結果、すべての地点において良好な水質であることや、既往の研究成果に基づく「おいしい水」の基準も概ね満たすものであることが確認された。また、周辺に堆積する岩石の特性やそれを踏まえた成分分析から、地域と水資源との関係性を明らかにすることができた。
各調査対象地点の湧水・地下水は、その周辺の岩石に含まれる成分を反映したものであるが、その他に、八ヶ岳南麓地域の下流域では、わずかではあるものの社会経済活動の影響とみられる高い全リン濃度が検出された。既往の研究結果によると、地表における活動が地下水に影響を及ぼすには数十年の歳月がかかることから、現在の地下水への影響は、数十年前の活動の影響によるものと考えられる。

図 13 北杜市の天然水湧水、地下水中のバナジウムと全リン関係図
また、土地利用細分メッシュデータによると、調査地点周辺、特に上流域の土地利用は、田畑や建物用地などが中心となっていることから、土地利用の影響が地下水の水質に表れたものと推測される。

図 14 調査地点周辺の土地利用
さらに、水質に影響を及ぼすと考えられる下水道整備の歴史をみてみると、かつての農村集落では、し尿は堆肥として農地に還元されていたが、戦後、生活環境の改善や化学肥料の普及、清浄な野菜へのニーズの高まりなどから、昭和40年代からは処理業者による回収が実施された。しかしながら、集められたし尿は近隣の山林地帯に穴を掘って捨てるという非衛生な方法で処理されており、自治体におけるし尿処理対策が課題となっていた。
昭和60年代に入ると、ゴルフ場の農薬散布の地下水への影響や、別荘地の生活排水による汚染などが問題となり、当時の高根町、長坂町、大泉村、小淵沢町により特定環境保全公共下水道事業が、また家屋が散在する地区では、農業集落排水事業が実施され、湧水や農業用水の水質が改善した[7]。
現在は、11処理区の特定環境保全公共下水道事業、25処理区の農業集落排水事業及び特定地域生活排水事業で構成され、農業集落排水事業では、発生汚泥を有機肥料等として活用されることで、今日の良好な水資源が維持されている[8]。
これらの調査・分析結果から、地域における社会経済活動と水資源の関係と、それによる持続可能な地域ブランドの可能性について、以下のストーリーとしてまとめることができる。
かつて、地域の各集落での耕作や水の利活用による環境への影響は限定的であり、地域の生態系の浄化機能の範囲において持続可能なサイクルが維持されていたと考えられる。戦後、地域の人口増加や農業の近代化、観光需要に伴う開発などにより、地域の水資源への影響が生じたと推測されるものの、森林の保全活動や下水道の整備などにより、社会経済活動による今日の水質への影響は軽微なものであり、今日に至るまで良好な水資源が維持されている。観光需要に伴い地域のブランド価値が高まる半面、土地利用による将来の環境への影響が高まることで、地域のブランド価値の低下を招くことも懸念される。したがって、将来の「水の山」としてのブランド価値を維持・向上していくためには、今日の環境保全に対する取り組みが極めて重要である。 |
このストーリーを、ループ図により構造化したものを以下にまとめる。地域の魅力を背景とした観光や移住の需要が、新たな開発などの土地利用につながることで、それに伴う社会経済活動が新たな需要を喚起するとともに、地域のブランド価値の向上につながることが考えられる(R1,R2)。その反面、社会経済活動による地下水への影響が、自浄作用の限界を超えることで、中長期的には地下水などの地域の自然環境への影響が高まる(B2)。それを防ぐために、上下水道の整備や森林保全などの環境対策や、開発などの過度の土地利用を控えることを通じて良好な地域環境を維持していくことが、結果として地域ブランド価値を維持することにもつながる(B1)。
図 15 北杜市における持続可能な地域ブランドの構築(ループ図)
このように、地域の発展に伴う環境負荷の増大による「成長の限界」のパターンがみられるとともに、地域のブランド価値を維持することによる持続可能な発展のためには、良好な自然環境を維持することが重要であることを示唆することができる。
5.分析から見えてきたこと
以上の通り、2つの自主研究の事例から、地元中小企業の人材獲得と地域の水環境のメカニズムをデータに基づいて実際を構造化することを通じて新たに見えてきたことを、以下にまとめてみたい。
(1)データの限界と類推の必要性
データに基づいて出来事を客観的に捉え、そのパターンや構造を明らかにすることの重要性は既に述べたとおりであるが、実際のところ、出来事をすべてデータで説明するのは極めて難しい。
中小企業の人材獲得の分析では、新卒者やその保護者の意識を既存のアンケート調査を用いて分析しているものの、十分に把握し切れているとは言い切れない。また、北杜市の水質調査についても、過去の水資源の状況を遡って把握することは極めて難しい。したがって、出来事を構造化するには、入手出来るデータだけではなく、過去の経験やこれまでの知見を当てはめて物事を推し量ること、つまり類推することが求められる。
一方で、「推論のはしご」で述べたとおり、この過程において、データを恣意的に解釈してしまったり、結論を決めつけてしまうことにもつながりかねない。今回の分析におけるデータの選択やその解釈においても、筆者のバイアスが完全に排除できているとは必ずしも言い切れない。だからこそ、自分自身の判断を保留し、物事を俯瞰的な視点から捉えることで、分析の妥当性について十分に検証しながら「ゆっくりと」推論のはしごを登ることが重要である。
(2)多様な視点から全体像を描く
地域社会における出来事には、様々な主体が関わっている。例えば、中小企業の人材獲得では、中小企業経営者の他にも、競合する大手企業や、新卒者やその保護者などの多様な考えや行動がお互いに作用していると考えられる。したがって、出来事を理解するには、複数の関係者や異なる価値観が存在することを前提に、ひとつの視座に偏ることなく、全体を捉えながら構造化していくことが重要である。そのためには、統計や分析による定量的なデータに加え、ヒアリングなどを通じて関係者の行動パターンを生み出しているメンタルモデルを把握することも重要である。
(3)出来事を生み出す根本を探る
出来事の構造を把握することで、問題に対する新たなアプローチが見えてくる。例えば、中小企業の人材獲得のための施策として、中小企業の認知度を上げるための企業説明会の開催や賃金引き上げなどの財政的支援などが想定される。しかし、こうしたアプローチは学生に関心を持ってもらうための「対症療法」に過ぎない。もちろん、関心を持ってもらうこと自体は必要なことであるが、結局のところ、就職先の選択が雇用条件や安定性といった従来の価値基準であることが変わらなければ、大手企業と中小企業の優劣を覆すことは難しいだろう。
もし、出来事の根本にあるものが、就職先を選択する上での価値基準といった学生やその保護者の意識や価値観の問題だとするならば、それがどのようにつくられているのか、それを変えるには何ができるのかという「問い」に辿り着くことができる。
また、世界に誇る「水の山」プロジェクトでは、ブランド価値が地域の水資源に依存していること、それが自然と地域社会との調和によって成り立っていることが見えてくることで、その価値を高めていくためには、地域外への情報発信だけではなく、環境保全への地域住民の理解や協力といった「インナーブランディング」の重要性に気づくきっかけにつながる。さらに、現在の水資源が過去の恩恵を受けていることや、現在の活動が地域の未来に大きく関わっているという、時間を超えた地域のつながりを知ることで、地域に対する愛着や誇りを醸成していくことも考えられるだろう。
このように出来事の根本を問うことで、すぐに変化を生み出すことは難しいかも知れない。しかし、まずは関係者がこうした構造やそれを生み出している意識や価値観に気づくことで、変革に向けた新たな一歩につなげていくことはできるだろう。
6.まとめ
今日、「分断」という言葉が社会を象徴していると言える。お互いが見ている世界の違いやそれによる意見の隔たりが、この「わかり合えない」社会を生み出しているのかも知れない。
しかし、目に見える出来事を、様々な関係性が織りなすシステムとして俯瞰的に捉えることで、異なる立場や価値観の存在やそこにある想いを知るきっかけとなる。それによって、自分自身の世界の「見え方」にも、きっと変化が生まれるだろう。
そのためには、自分の考えに固執したり、決めつけや思い込みで物事を解釈したり批判するのではなく、自らの考えを一旦保留し、物事を捉えてみてはどうだろうか。政策立案といった大げさなことではなくとも、まずは日々の身近な出来事からこうした思考を心がけていくことで、やがて地域社会に変化をもたらすことが出来るかも知れない。
[1] https://www.change-agent.jp/systemsthinking/approach/the_iceberg_model.html
[2] 『「学習する組織」入門』
[3] 『「学習する組織」入門』
[4] 『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』によると、12のシステム原型が紹介されている。
[5] 詳細は、令和5年度「これからの地元中小企業のあり方検討プロジェクト」を参照。https://www.yafo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/05/study_r5-2.pdf
[6] 詳細は、令和5年度「やまなし水・暮らしプロジェクト」を参照。https://www.yafo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/05/study_r5-4-1.pdf
[7] 町村合併前の高根町、長坂町、大泉村及び小淵沢町の町村誌による。
[8] 「北杜市上下⽔道事業地⽅公営企業法適⽤化基本計画 計画書概要版」による。