5)第5回 環境・健康ビジネス研究会
平成22年8月31日(火)、16時~18時、会場:山梨総合研究所、会議室
□ 講演:「都市空間・都市交通の低炭素化の海外動向について」
― ストラスブール、ポートランド、スイスの事例報告
講師:小畑晴治氏 (財)日本開発構想研究所 都市・地域研究部長
□ 講演概要
東京や大阪のような大都市は、世界でもトップをゆく公共交通インフラのおかげで、都市交通の低炭素化を達成していますが、公共交通基盤の弱い都市においても、低炭素化を進める必要があります。
自家用車を、石油燃料から電気に換えることで、低炭素化を達成できますが、LRTなどの公共交通の拡充、公共交通と自動車の連携強化、カーシェリングなどの社会的システムを、国を挙げて取り組んでいる欧米先進都市の状況から学ぶべきことがあると考えます。
1.ストラスブールの交通政策と低床式路面電車
〇 交通政策の概要
フランス北東部、アルザス地域圏の首府、ストラスブール市は、人口27万人、市域78平方キロメートルの古くからの都市です。ストラスブールでは、都市交通計画PDU (Le Plan de Déplacements Urbains)の考えに基づいて、環境に優しいコンパクトな都市づくりと多様な公共交通の利用促進を図ってきました。市の中心部に環状道路を整備し、その内部を歩行者優先ゾーンとし、世界初の超低床式路面電車(トラム)の導入に合わせ、パーク&ライドのステーションを沿線に配置したり、自転車専用路を整備したりしながら、まちづくりを行っています。この一連の計画は、ストラスブールの市・地域共同体CUS (Communauté Urbaine de Strasbourg)が統括しています。
〇 交通政策の経緯
1965年頃には自動車交通が全盛となり、トラムが全て廃止され、バス路線網に置き換えられ、市内で多くの乗用車が利用されるようになりました。1980年代後半には、中心部への買い物客の増加で、1日30万台の車に対応した交通処理ができなくなり、また、1万台の駐車場が手狭になりました。こうした交通状況に対し、5千台の増設要望が出される一方で、車の乗り入れ規制を強く求める意見もありました。
1989年の選挙で、トラム導入を公約に掲げたカトリーヌ・ロットマン市長が当選し、トラム関連事業の展開が始まりました。
〇都市改造
1992年に始まる都市改造によって東西約1km南北約0.8kmの歩行者優先の中心市街地が形成され、都心を迂回する環状道路が完成ました。都心部の主要道路では自動車が排除され、1994年から2007年にかけ、トラム路線A・D系統、トラム路線B・C系統、トラム路線E系統が次々と開業しました。郊外駅に駐車場が整備されました。現在、A~Eまで5系統のトラムが整備され、延伸計画もあります。都心部は外部からの車進入は制限されていますが、商用車については時間制限で認められています。
図表-1 中心市街の環状道路と歩行者ゾーン
出典:国土交通省都市・地域整備局「まちづくりと一体となったLRT導入計画ガイダンス」
図表-2 トランジット・モールと歩行者専用道路
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トランジット・モールの状況 | 歩行者優先ゾーンの状況 |
〇 トラムの導入効果
1994年11月にトラムの営業が開始され、都心の歩行者専用ゾーン化や景観整備など、トラム導入を軸とした都心の再開発も行われました。トラム導入後、公共交通の乗客数は大幅に増加し、かつ都市の再開発内容が高く評価され、交通まちづくりの先進事例として評価が高まりました。現在、環状道路内側は世界遺産となっており、歩行者専用ゾーンが拡充されつつあります。
出典:The Prince’s Foundation for the Built Environment 「Strasbourg Regaining the public realm
〇 トラムの運営
市内交通はトラムの他に23のバス路線があり、トラム・市バスともに第3セクターのストラスブール交通会社(CTS)が運営しています。車両は、交通弱者に配慮した超低床式路面電車で、トラム、バス、鉄道の接続についても利用しやすいように配慮されています。
LRTの総運行経費(98-99)は、運賃収入53%、その他収入4%、補助金43%で、不足する分を都市共同体CUS(Communaute Urbaine de Strasbourg)からの補助と、交通税(企業に課せられる地方税)や一般税からの補助で賄っています。
〇 パーク・アンド・ライド(P&R)と駐車場
自動車利用者は、環状道路沿いや、LRT路線に設けられた駐車場を利用するパーク&ライド方式。利用者はトラムの各駅に整備された駐車場に停め、トラムを利用するもので、8箇所4,200台の駐車スペースが提供されています。料金は、郊外駅の場合、1日2.4ユーロ、市街地近くで1日2.7ユーロを払うと、乗車全員分のトラム往復チケットが渡されます。2014年までにStrasbourg-Beetle – Piedmont of the Vosgesをつなぐ延伸計画が予定されています。
また、中心部には800台分の自転車駐輪場を整備一方、中心部の駐車場は1600台分削減しています。
表-3 LRT路線網とP&R駐車場
2.ポートランドの都市成長境界線と公共交通政策
〇 ポートランドの概要
ポートランドは、市の人口55万人(都市圏では144万人)のオレゴン州最大の都市で、都市成長境界線UGB(Urban growth boundary)による開発エリアの境界設定と公共交通利用を前提としたコンパクトシティ政策により、景観美保存と産業や住宅の調和を保っています。
1990年代から、米国のオレゴン、フロリダなどで始まった都市の「成長管理」、スマートグロース(Smart Growth)と呼ばれる考え方に基づいた取り組みの代表例です。スマートグロースという枠組みの中で、自然への影響、交通渋滞、大気汚染の軽減に資する公共交通を重視し、歩いて暮らせる(自動車に頼らず)まちづくり、公共交通指向型開発TOD(Transit oriented development)を展開しています。
〇 都市成長境界線(UGB)の導入経緯
都市の成長境界線は、1970年代前半にオレゴン州全体の土地利用計画プログラムの一環として制定されました。トム・マッコール知事は農民や環境保全推進者たちの支持を得て、州の自然の美しさや自然への近接の素晴らしさがアーバンスプロールによって失われると訴え、1973年、米国初の土地利用法(Oregon Land Use Act)がオレゴン州議会で承認されました。
これを契機に、オレゴンの全ての市と郡は、地域的にも州全体としても目標にかなった、将来成長にも適応できる長期計画を持たなくてはならないと決められました。土地利用の目標として、都市の成長境界線、賢明な都市的土地利用の設定、自然資源の保護が求められました。
図表-4 ポートランド市とUGBの関係
| 人口 | 面積 | 備考 |
ポートランド市 | 557,706人 | 約376.5k㎡ | 2008 |
UGBの境界内側 | 1,300,000人 | 約1,000k㎡ | 2000.2 |
ポートランド都市圏(METRO)*1 | 1,446,200人 | 5,675k㎡ | 2008 |
オレゴン州 | 3,825,657人 | 255,026k㎡ | 2009 |
*1:METROは、Clackamas, Multnomah and Washingtonの3郡25市の地域共同体でUGBを管理する。
○ オレゴン州とポートランドとUGB
ポートランド市は、オレゴン市の州都で、Multnomah郡の中に位置しています。このMultnomah郡と、隣接のWashington郡とClackamas郡を合わせた3郡とその25市でMETRO(ポートランド都市圏広域地方政府:直接選挙方式が行われる米国でもユニークな3つの郡の共同体)という共同体をつくり、ポートランド周辺のUGBを管理することになりました。
・UGBの具体の仕組みと管理・運用
成長境界線は、無秩序に都市化が進む地域を囲い、都市化地域と農村地域を分け、境界線の外側を非都市地域として保全することを目的としています。
道路・下水道・公園・学校、消防や警察といった都市施設は境界線の内側にのみ提供可能で、境界線の外側の非都市地域には、まったく供給されず、基本的に開発を行うことはできません。ちなみに、農家の大半は、UGBの外側に住んでいます。
都市成長境界線UGBは、5年おきに行われる土地利用見通し調査の結果を踏まえ、経済の発展に伴う人口増加を補うため(就労者の住宅用地を確保するため)、徐々に拡大されています。UGBの拡大を認める際の評価基準は、今後20年間の住宅開発の動向を予測した上での住宅の密度と世帯数によって判断されます。
○ 公共交通指向型都市開発の取り組み
TOD (Transit oriented development:公共交通指向型都市開発)は、景観や環境の保全、産業と住宅の開発バランスを図り、公共交通の拡充を基本とし、徒歩や自転車利用を重視した都市を目指す取り組みです。
・スマートトリップSmartTrips
2002年から、ポートランド市は、交通政策の成果としてTravelSmartのプログラムを打ち出しました。反響が広がり、SmartTripsの取り組み(自転車や徒歩を重視)に移っています。
『SmartTripキャンペーン』(主に地図の配布や、他の交通の安全性等をアピールした)により、公共交通、自転車の利用や徒歩での移動が増加しました。
・MAX(Metropolitan Area Express) Light Rail
1986年、Portland市の中心部(路面)と郊外のGresham間15マイル走る MAXが導入されました。都心ゾーンでは運賃無料区間制度が採用され、MAXの車内には自転車を持ち込むことが認められています。
1986年のBlue lineに続き、2001年のRed line、2004年のYellow line、2009年のGreen lineと拡充され、また、沿線のいくつかの駅でパーク&ライドが行われています。
・バスの見直し
バスの運行は、平日の午前・午後のラッシュ時には15分以下の間隔で運転されていましたが、予算不足のため、2009年11月以降、便数が削減され、結果的に、15分ごとのサービスは平日のラッシュアワーのみ提供されることとなりました。
・Portland Streetcar
2001年7月、路面電車Portland Streetcarが導入されました。全ての路面電車が低床式で車椅子の乗り降りしやすいようブリッジプレート(bridge plates)が装備されています。平日は約12分間隔で運行され、他の交通機関同様、都心ゾーンでは運賃無料制度が採用されています。自転車の持ち込みに加え、介助犬やコンパニオンの動物の乗車ができます。
非常に軽便で小振りな車両のため、敷設に際し、既設のインフラを作り直すことをせずに整備できました。
(資料8 出典:PORTLAND STREETCAR DEVELOPMENT より)
・WES(Westside Express Service)Commuter Rail
WESは2009年2月に開通した。全長14.7マイルのオレゴン州初の、郊外-郊外型の通勤鉄道です。ワシントン州、オレゴン州交通局、メトロ、Wilsonville, Tualatin, Tigard 及び Beaverton市のパートナーシップで開発されました。プロジェクトの開発資金は、連邦政府交通局から全額補助され、追加資金はTri Metとワシントン郡が均等に出資する地方予算で賄われました。週日の朝夕は、30分間隔で運行しています。
・公共交通の運賃
運賃は、バス、MAX Light Rail、WES Commuter Rail、Portland Street carに共通で適用され、市の中心部は運賃無料ゾーンが設定されています。運賃は3区分あり、大人(18-24歳)、名誉市民(65歳以上、メディカルケアの必要な方、精神的もしくは肉体的障害者)、青少年/学生に分かれています。
〇 概要
スイスは、世界で始めてカーシェアリングの組織的な方式を開発した国で、公共交通と連携したカーシェアリング事業が進められています。
1948年にチューリッヒのSelbstfahrergemeinschaft(略称Sefage)と呼ばれていた協同組合がカーシェアリングを始めました。当時は、一般の人々が車を買うことが難しかったため、お金を出し合って車を購入するという、今とは違った意味のカーシェアリングでした。
1987年:5月にスタンス市のATG (Atuo Teilet Geneossenchaft)及びチューリッヒ市のShare Comの、2つの自動車協同組合が25名の会員と2台の車で近代的なカーシェアリングを開始しました。
1997年:ATGとShare Comがスイス政府の奨励を受けて合併し、スイス・モビリティ社 (Mobility Carsharing Switzerland)を設立。現在、Mobility社はヨーロッパ最大のカーシェアリング組織となっています。
2001年:スイス連邦鉄道(SBB)、Mobility社と、Daimler Chrysler Schweizの間で協同プロジェクトを結成した。
2003年:住民1万人以上のスイスの町で、赤色のモビリティ車が導入されました。
2005年:スイス連邦鉄道とMobility社は協力協定に調印しました。
2006年:Mobility社はスイスの郵便局との連携を開始しました。
Mobility社は、ヨーロッパ市場の40%のシェアを持っており、最大の組織となっています。スイスでは、1998年半ばまでに会員数2万人となり、2008年には8万4,500人に達しています。1988以降、スイスに続き、ドイツ、オランダ、オーストリアでも、数多くのカーシェアリング組織が設立されています。
この交通サービスには、アクセス・コントロールの装置だけでなく、車にコンピューター基盤を搭載することで予約と料金精算ができるシステムの開発が不可欠です。
また、普及にあたって、公共側の推進プログラムだけでなく、交通クラブ(VCS)や環境団体、メディアが、カーシェアリング組織を支援しています。
〇 カーシェアリングの仕組みと関連の取り組み
カーシェアリングは、専門事業者が車の維持管理や修理、保険などをまかない、会員は使った時間分の料金を払う仕組みです。
専門事業者は、個人利用向けと、業務利用向けのカーシェアリング事業を行っており、それぞれの稼働時間の違いを生かしています。また、レンタカー会社とも連携を行っており、カーシェアリングの会員が有利な条件でそのレンタカーを使うことができます。レンタカー会社は、潜在的に競争相手ですが、補完し合うことができる関係ともなります。
地域の『トラベル・パス』(Fahrpasse)も実現されており、タクシー会社やレンタカー会社とMobility社が一つの電話回線で予約でき、1枚のICカードで使えるようになっています。
図表-11 カーシェアリングの仕組み
資料5 出典The Emergence of a Nation-wide Carsharing Co-operative in Switzerland)
○ 公共交通との連携
カーシェアリングの利用者の大半は、公共交通機関の定期券を所有しています。ゲネラル(General、国鉄と大半の民間鉄道、船、バス、都市交通が利用できる年間定期券)、シュトレッケン(Strecken、区間定期券)など公共交通機関や地域交通機関の割引定期券を持っている所持者はカーシェアリングの年会費が割引となります。(250→150フラン)
1998年から、スイス国鉄の新しい定期券が発行され、鉄道とカーシェアリングサービスを利用する旅(通勤・通学)が可能となりました。この方式は、約200万人のスイス国鉄の利用者が随時使えます。