ブックタイトル山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

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概要

山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

54私は仕事で1980 年代、日本の端にある北海道の東部(道東)と南九州(宮崎、鹿児島)に毎月出張していました。高度経済成長の時代は終わったとは言え、まだまだ好景気でこの地域には多くの男性主体の観光客が団体で景勝地や温泉地に高額の旅費を使い長期の旅行を楽しんでいました。それが‘91年バブル経済が崩壊し、観光客が年々減少してきていました。そんな時、北海道では運河を保存し、古い倉庫群や歴史的建造物を生かした街づくりをしていた小樽の町や、九州では自然豊かな田園風景を生かした温泉保養地の街づくりを進めていた湯布院には、大勢の女性客が小グループで観光に来ていました。以来仕事を兼ねて、全国の街づくりをしている町を訪ね歩きました。特に参考になった街づくりは滋賀県の長浜でした。北国街道の古い街並みを再生する為「黒壁スクエアー」と言う第3セクターを長浜市と地元企業8社が出資し地元住民も協力して街づくりを進めていました。ほとんど人影を見ない旧中心商店街に年間300 万人が来る観光の町にした活動でした。この様な体験を通して甲府の町も歴史や文化を生かした景観作りをして活性化できないものかと考えるようになりました。甲府は残念ながら大戦で焼野原になり古い街並みは残っていません。甲府の町を再生するには、まず最初に考えたのは全国的に有名な武田信玄の館のあった武田神社周辺でした。調べてみるとこのエリアは行政の管理する規制の厳しい所で街づくりは困難でした。次に唯一甲府に残された歴史的景観のある甲府城周辺の街づくりでしたが行政の土地や民家が多く私どもの力ではどうする事もできません。その次に考えたのは西洋美術(特にミレーの絵)で有名な山梨県立美術館周辺でした。古い街並はありませんがアートで街作りはできないものかと思うようになりました。たまたま美術館通りに土地が手当できここにミュージアムとショップを建設し、近隣にアンティークショップや画廊を誘致し「歩いて楽しいアートな街づくりをしよう」とNPO法人街づくり文化フォーラムを設立し、地元貢川地区の皆さんと一緒に「アートフェスタ貢川」と言うイベントを年1回10月に開催してきました。この期間に50 程のイベントを行い美術館通りはアート一色になります。今年で16回目を迎えますが、お陰様で多くの文化関係の人達との交流もでき、その後の街づくりの活動に皆さんの協力を頂いています。この地域を流れる貢川右岸には「芸術の小径」をつくり石彫を中心とした立体アートが並び、通年癒しの散歩道になっています。4月には満開の桜並木の下でジャズバンドの生演奏、地元婦人部の作ったコーヒーで多くの人々が楽しんでくれています。2005 年6月には昔甲府の文化の中心だった芝居小屋「桜座」をNPO、甲府市、甲府商工会議所の協力の下75 年ぶりに復活しライブコンサートを中心に舞踊、落語、上映会など多目的な創造表現スペースとして年間約100 回のイベントを開催し、約1万人の観客を動員しています。以前私どもが考えていた甲府城の景観を生かした街づくりが平成16年(2004 年)甲府市が主体になり動き出しました。私どもの会社も官民一体の街づくりに手を上げ念願だった甲府城周辺の街づくりに関わり、平成25 年3月甲州夢小路をオープンすることができました。今では藤村記念館のある「よっちゃばれ広場」や県立図書館、山ノ手門広場、甲州夢小路などに賑わいができ、その周辺の商店にも経済波及効果がでてきています。いよいよこれから甲府駅南口エリアの整備が山梨県、甲府市、甲府商工会議所、民間企業が協力し、甲府の歴史が感じられる街並み作りが進んでいくものと思われます。私もメンバーである新世紀城下町研究会も小江戸甲府の街づくりのため甲府城の堀の復元や江戸時代にあった亀屋座の復活などを行政に提言してきました。甲府駅、甲府城を中心とした街づくりが県民、市民が一体となって進められ山梨・甲府の少子高齢化の中で、訪ねたくなる町、住みたくなる町になり甲府を核とし交流人口や定住人口が増加する元気のある街になるよう、これからも行動していきたいと決意しています。甲府の街の再生に行動する株式会社タンザワ 取締役会長/ NPO街づくり文化フォーラム 理事長甲府商工会議所 副会頭 / 新世紀甲府城下町研究会 副会長         丹沢 良治