ブックタイトル山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

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概要

山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

78山梨総研が創立されたのは平成10 年(1998)4 月1日のことです。同年の日本の経済成長率はマイナス1.9%、前年の平成9年はマイナス0.7%、この年から日本経済の長期不況が始まりました。高齢化も日本経済に大きな危機的状況を作り出す要因として認識され、ジャーナリズムもアカデミズムもこれに強い警鐘を鳴らし始めた頃でした。20 年前の昭和53 年には1000万人であった高齢者数が、総研創立の1998 年には2000 万人へと倍増、一方、少子化という言葉が用いられ始めたのも同時期でした。この年の労働力人口が6793 万人で、実はこれがピークでした。翌年以降、一方的な減少をつづけて現在にいたります。これが日本経済の潜在成長力にディスインパクトにならないはずもありません。総研の創立に際して、私は初代理事長として推挙されました。しかし、今後の日本経済は相当長期の低迷期に入っていくことを予想していた私は、これは困難な仕事になるなという思いを振りきれず、逡巡しました。とはいえ、県庁のスタッフや山梨中央銀行の幹部などからの強い勧めもあって、最終的にはよしやってみようと臍を固めました。臍を固めた理由が、別にもありました。丁度、総研の創立の頃から地方分権の動きがはっきりとみえ始めたのです。平成10 年には地方分権推進計画が閣議決定されました。平成12 年には、地方分権一括法が出され、数え切れないほどの法改正がなされ、実施に移されていきました。長らくつづいてきた都道府県知事や市町村長が中央政府の「代理」機関として執行してきたいわゆる機関委任事務は減少の一途をたどりました。委任事務を通じて中央政府が地方自治体を統御する、そういう時代はもはや過去のものとなったように感じたのです。その追い風を感じながら仕事をすることができたことは事実です。各自治体の総合計画、環境計画、福祉計画、観光政策、その他、ありとあらゆる各自治体などからの調査研究依頼に応えて、スタッフは毎年、特に後半期に入る頃からは寝る間もないほどの忙しさでした。10人ほどのスタッフも本当によく働いてくれました。一番苦労させられたのは平成の大合併です。どういうシナリオで自治体の合併を行ったらいいのか、シミュレーションを重ねに重ねたのですが、総研スタッフと関係自治体の担当者を巻き込んで激しい議論を重ねたあの日々のことが今では懐かしく思い出されます。それにしても私が理事長を務めたこの19年間は、文頭に記した日本経済の長期低迷、いよいよ深刻の度を増す少子高齢化の中にあって、日々の仕事はそれなりにこなしてきたものの、ダイナミックで力強い新計画を打ち出すことができなかったことは、少々の心残りです。リニア中央新幹線の品川・名古屋間の開設が2027年に迫っております。今後20 年の間に山梨が製造業はもとより農業、観光、環境、その他考えられるありとあらゆる分野で、どんな小さなことでもいい、少しでも活性化にプラスになると思われるアイデアを積み重ねていこうというマインドを持続して欲しい、私は強くそう思います。理事長としてやり残した仕事はたくさんありますが、新理事長のもとで総研はさらに優れたシンクタンクになってまいります。皆様の一層のご支援をお願いします。長いこと本当にお世話になりました。19年間の総研理事長の時代を振り返る山梨総合研究所 顧問(山梨総合研究所 前理事長) / 拓殖大学 学事顧問 渡辺 利夫