ブックタイトル山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

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概要

山梨発の地方創生に向けて 公益財団法人山梨総合研究所 創立20周年記念誌

92甲斐の国・山梨は、日本列島のど真ん中にあって、律令国家の時代から今日に至るまでその国の形を変えずにきた極めて稀有な地域である。山梨県立博物館長平川南氏は「甲斐」という言葉は「交ひ」からきており東海道と東山道の結節するところ、交流拠点であるとのべている。さて、山梨総合研究所の立ち上げから20 年、渡辺利夫理事長と二人三脚で基礎づくりを進めてきた。振り返ってみると、この間500 本を超える調査・研究や計画策定に取り組んできた。記念事業としては、開所記念フォーラムで「甲斐の光・音・水にきく」と題し、広く県民の声を聴かせていただき、5周年記念では「21世紀の価値観の変化を問う」と題し、内山節(哲学者)・中谷健太郎(湯布院亀の井別荘主人)・出島二郎(金沢のプランナー)など地域問題に取り組んでいる専門家を招き鼎談を開催した。また、10 周年記念では「分権時代地域の決断」と題し、地域の現場で活躍中のNPOなど25団体にご参加いただき地元の研究者を交えて地域問題に取り組んだ。しかし、「地方創生」など掛け声とは裏腹に、時代は歴史的な峠にさしかかり、あらゆる分野で行き詰まり感がぬぐえない。人口減少は現実のものとなり、市場原理主義による弱肉強食が進み、地方は切り捨てられつつある。櫛の歯が抜けるようにその魅力や誇りはぼろぼろと崩れさり平板化していくようにみえてならない。山梨総研は、山梨中銀の前進である第十国立銀行開業100 周年記念事業の一環であり、山梨県、全市町村、民間がスクラムを組んで立ち上げたまさに「山梨創生」を目指した研究機関である。そのキーワードは“交流”ではないかと思う。あらゆる分野で、“交流”をとおして地域の魅力を紡ぎ出していく時ではないだろうか。“交流”という視点山梨総合研究所 顧問(山梨総合研究所 前副理事長) 早川 源山梨総研の発足は全国的にみて遅いものだった。証券・銀行系の大手シンクタンクによる手法は、すでに1970 年代に各地で活用されていた。80 年代には多くの道府県にシンクタンクが設置されていた。まさに、大手シンクタンクの小型版だった。発足時の山梨総研は調査データ分析と地域価値重視の取組の両者が手法だった。この年にNPO 法が制定され、政策形成の行政独占から離脱できる状況が作られつつあった。五全総も決定され、地域ロジックによる主体性が地域づくりを決めると感じられていた。山梨県は古い社会が露出した地域である。地域社会の一体感も強く、共助のしくみも残っている。その露出と自然条件の強さは無関係ではない。その分、ありきたりの調査やデータ分析では答えが出ない地域でもある。早川町の日本上流文化圏研究所はそんな独自の地域性を読み込んだしくみでもある。町民が育んできた生活経験を掘り起こし、学生の好奇心を引きつけている。そこに居住文化の連続性を探し出し、地域サービスを再生させている。行政の撤退と新たな公が形成される時代。これからの人口減少社会と機能縮充の課題。行政主導の公共領域形成をやめ、様々な分野で決定力のある市民主体のしくみづくりがなされる。政策主体が行政中心から転換する。山梨総研はその要請に応えるものとしてつくられた。冒頭に山梨総研の発足は遅かったと書いた。府県のシンクタンクづくりのブームに乗らなかった。大手シンクタンクに流れる研究資金が山梨総研によって山梨県内に残ると期待した向きがあったことを聞いていた。この20 年でそうなったのかを私は知らない。人のくらしや思いはそう変わらない。山の国としての地域づくり支援が山梨総研のかたちである。山梨総研のかたち佐世保市政策推進センター(長崎県) センター長 檜槇 貢