Vol.326 堆肥葬を考える
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 渡辺 たま緒
1.はじめに
近年、日本では死や葬送についてオープンに語る動きが広がりつつある。筆者が今年4月に参加した「Deathフェス2025」(東京・渋谷)は老若男女多くの人でにぎわっていた(写真1)。「死をもっとポップに、終活を再定義する」をテーマに実施され、会場では「アート×死」、「ウェルビーイング×死」、「キャリア×死」、「地域コミュニティ×死」など、死をそれぞれの観点から語るトークセッションのほか、「カワイイ×死」としたポップで可愛らしい棺への入棺体験やエンディングドレスの試着などの体験会、樹木葬や火葬後の骨からダイヤモンドを生成する技術紹介などのブースの展開など、死が多様な視点から提示され、多くの人が自らの「死」について考える契機としていた。今年で3年目になるこのイベントを心待ちにし、開催期間の5日間すべてに近隣の宿泊施設に泊まり込んで参加する人もみられた。このような動きは、死をタブー視せず、葬送の新しい形を社会が模索し始めていることを示しているのではないだろうか。

団塊世代が75歳以上となる2025年以降、日本は本格的な多死社会に突入する。
多死社会の到来は、火葬場の稼働率上昇による火葬待ちの常態化、火葬施設の老朽化、火葬二酸化炭素排出量の増大など、火葬が一般的となっている日本において多くの課題を含んでいる。
一方で、人口の東京一極集中や少子化、人口減少により、墓問題が顕在化し「墓じまい」が進んでいるほか、デジタル墓も出現するなど葬送のあり方を再構築する必要性がかつてなく高まっているといえるだろう。
今回は、多死社会における課題や近年の動向を確認するとともに、新しい1つの弔いの形として、堆肥葬について考察したい。
2.死にまつわる課題
課題1.多死社会の到来
厚生労働省の人口動態統計によれば、2024年の死亡数は160万5298人で、昭和35年以降の統計において、過去最高となっている。さらに国立社会保障人口問題研究所の令和5年推計では、2040年の死亡者数は166万5,000人で、これまでのピークと推計しており(図1)、山梨県における死亡者数も今後さらに増加すると予測される。

図1:死亡者数の推移
課題2.火葬場の現状と老朽化
日本では、「墓地、埋葬等に関する法律(以下、「墓地埋葬法」という。)」において、火葬と埋葬が認められているが、現状は火葬率が99.6%[1]であり、火葬が事実上の標準的な埋葬方法となっている。しかし、死亡者数の急増に伴い、都市部では火葬場の不足が深刻化している。
2025年2月19日付のPRESIDENT Onlineによると、「亡くなってから火葬まで一週間から10日ほど待たされるケースが後を絶たない」とし、この状況を受けて、都内では遺体を一時的に冷凍保管する「ご遺体ホテル」と呼ばれるサービスも登場している。
さらに、火葬場施設の老朽化も進行している。厚生労働科学研究の「葬儀・火葬場等に関するアンケート調査」(令和5年度)によれば、火葬場施設の多くは2000年以前の竣工であり、そのうち1975年以前の建設も一定数残存している。火葬炉などの火葬設備についても半数以上が2000年以前の設置で、平均経過年数は約24年と、耐用年数の16年[2]を超過している状況にある。
山梨県内では、現時点で都市部ほど深刻な「火葬待ち」は発生していないものの、築40年以上の火葬場も少なくなく、設備更新の必要性が顕在化している。
火葬炉の耐火物改修や屋根・空調設備の更新など、維持管理のための工事を余儀なくされる自治体も多く、大月市では「公共施設等総合管理計画」において、市営火葬場について「施設の老朽化と火葬炉の旧式化により、更新または大規模修繕が必要」と明記する事態となっている。
また、火葬場の老朽化は単なる建物や設備の問題にとどまらず、火葬炉の燃焼効率の低下、排ガス基準への適合のための追加投資、利用者の快適性や衛生環境の悪化など、複合的な課題を引き起こすと指摘されている。
課題3.環境負荷と社会的課題
火葬は1件あたり約160〜250kgの二酸化炭素を排出すると推定されている。
前述の2024年の死亡者数160万5298人で計算すると、少なくとも年間およそ25万トンの二酸化炭素が国内で放出されていることになる。これは、甲府市の全世帯の年間二酸化炭素排出量に相当する[3]。
近年は猛暑日の増加、豪雨災害の頻発、台風の大型化など、異常気象が顕著になってきており、その主因として地球温暖化が指摘されている。こうした背景を踏まえると、死亡数の増加による火葬件数の増加は、温室効果ガス排出量のさらなる増大につながるものと懸念される。
さらに、火葬炉は800〜900℃という高温を維持するために大量の燃料を必要とするため、エネルギーコストと環境負荷は火葬が行われる限り増加し続ける構造的な課題となっている。
課題4.死と葬送の多様化
日本では少子高齢化や都市化の進展により、先祖代々のお墓維持継承が困難となりつつある。寺院関係者への調査によれば、墓じまい(改葬)の件数は年々増加しており、特に都市部では無縁墓の増加が深刻な課題となっている。
一方で、新しい供養の形も広がっている。樹木葬や散骨、合同供養墓、オンライン追悼サービス、納骨堂マンションといった選択肢が登場し、核家族・単身世帯でも維持可能な形が模索されている。
このように、日本社会では「墓を持たない」「自然に還りたい」といったニーズが顕在化し、葬送文化が多様化している。これらの動きは、葬送が固定化された慣習ではなく、社会変化に応じて柔軟に形を変えうることを示している。堆肥葬はこうした多様化の流れの延長線上にあり、従来の墓地制度に依存せず、自然循環型の新しい選択肢が注目を集めているのも事実だ。
以上を踏まえると、日本社会は次の複合課題に直面している。
- 多死社会:死亡数の急増による火葬需要増加への対応
- 老朽化:火葬場施設の耐用年数超過と改修や新設による負担増への対応
- 環境負荷:二酸化炭素排出量の増加と気候変動対策
- 墓じまい・多様化:従来型供養の揺らぎと新しい葬送ニーズの拡大
これらは同時進行で進み、相互に影響を及ぼしている。単一の施策での解決は困難であり、統合的なアプローチが必要である。
3.課題解決の一案としての堆肥葬の可能性
そこで、一案として近年、世界的にも注目を集めている土に還る埋葬法である堆肥葬(有機還元葬、コンポスト葬などと名称は様々あるがここでは「堆肥葬」とする)を考えてみたい。
堆肥葬は、遺体を木片や藁などの有機物とともに密閉容器に入れ、微生物分解により30〜60日で堆肥化する埋葬方法だ。日本ではまだ実現はされていないが、米国では、2019年にワシントン州で合法化されたのを皮切りに、21年にはコロラド州、オレゴン州、22年にバーモント州、カリフォルニア州、ニューヨーク州、23年にはネバダ州、24年にはアリゾナ州、メリーランド州、デラウェア州、ミネソタ州、メーン州で次々と合法化されている(Newsweek Japan, 2024,12)。
ヨーロッパにおいても導入の動きが進んでいる。ドイツでは、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州のメルン市で2022年に堆肥葬が始まっている。
オランダでは葬送業者によるライフサイクルアセスメント(LCA)で火葬・土葬・堆肥葬の環境負荷を比較し、堆肥葬が最も低炭素であることが示されたほか、ベルギーやフランスでも「Humusation」と呼ばれる人間堆肥化の合法化を求める市民運動が広がりつつある。
「堆肥」となった「土」は家族に戻され、園芸用に使われたり、保護林に撒かれるなどして自然回帰する。
日本国内でも、堆肥葬に関心を寄せる声は増えている。民間会社「Surfvote」の調査[4]では、約7割が「日本での堆肥葬導入を支持する」と回答しており(PR TIMES, 2023)、社会の受容やニーズは一定程度存在することが示唆されている。
2024年12月2日付の山梨日日新聞でも「奏論 土に返す新たな葬送」の特集記事の中で、東京・光明寺の僧侶・松本紹圭氏が「世界全体を見れば、火葬で排出される二酸化炭素(CO₂)は確かに相当な量です。火葬をやめるべきだと主張するつもりはありませんが、こうした問題意識を持つことは確かに大事で、バイオテクノロジー葬法に生かそうという取り組みは世界各地で始まっています」とのコメントを掲載している。また堆肥葬を紹介した場合、関心を示す人が多いとし、ある人は「堆肥葬ができるのならば、いい土になるために食事に気を付けたい」と話したエピソードを紹介し、「今からそのために体をメンテナンスするという考えは、死生観の変容と言っていい。死が今をどう生きるかに直結しています。死んだらいい土になりたいという発想の持ち主が増えれば、社会は変わっていきます」と説いている。
堆肥葬は、死を資源循環の一部として捉え、個人の死が地域や次世代への「贈り物」として機能する可能性を持つ。生成された堆肥は森林再生や農地改良に活用可能となることで、究極の循環型社会を実現させる可能性もあるといってもよいだろう。
4.山梨県における葬送文化と導入可能性
山梨県には、全国でも10か所ともいわれる数少ないイスラム教徒用の土葬施設が存在し、火葬率99%を超えるなかで山梨県が火葬偏重一辺倒ではない地域であることを示している。
5.堆肥葬の実現可能性
堆肥葬は現時点ですぐに実施可能なのだろうか。結論からいえば、現状では法制度上の課題が大きいといえる。現行の墓地埋葬法は火葬または土葬を前提としており、堆肥葬は制度上想定されていない。
また、近年では樹木葬など自然回帰型の散骨も普及しつつあるが、「堆肥」については明確な規定は存在しないため、現状で「堆肥」を撒くと死体遺棄罪に抵触する可能性が出てくるという。
さらに、堆肥葬を実現するためには、堆肥化後の物質の安全性を科学的に確認し、廃棄物処理法や環境衛生基準との整合性を整理したうえで、国内での実証事業などを通じて衛生上の懸念を払拭することも必要となるだろう。
一方、心理的側面も無視できない。「遺体を堆肥にする」という言葉自体が一部の人々に強い抵抗感を与える可能性がある。筆者がこの話題を紹介すると、興味を示す人も一定数存在する一方で、強い心理的拒否を表明する人も少なくない。社会的受容性を高めるためには、正確な情報提供や対話の機会を通じ、感情面にも配慮した合意形成を進める必要がある。
米国の事例では、堆肥化の過程を遺族に公開せず、堆肥化完了後に記念植樹など象徴的な儀式を行うことで受容性を高めているという。日本においても、仏教や神道など宗教的な視点も取り入れながら、文化的に受け入れやすい葬送儀礼の再設計を行うことが求められるだろう。
6.まとめ
日本は多死社会の到来とともに、火葬場の老朽化や二酸化炭素排出量の増大、墓じまいの増加といった複合的な課題に直面している。本稿で見てきたように、これらの課題は単なる施設更新や増設だけでは解決できず、葬送の仕組みそのものを見直す必要がある。
その一例として注目される堆肥葬は、火葬に比べて環境負荷を大幅に低減し、遺体を土に還すことで地域の森林や農地を豊かにする新たな循環型の葬送モデルである。海外ではすでに制度化や実施例が広がりつつあり、日本国内でも導入を望む声が少しずつ増えている。
死をタブー視するのではなく、葬送のあり方について率直に語り合える場を設け、葬送を通じて森林再生や地域環境保全に参加できる新たな文化を育むことは、持続可能な地域社会の実現に向けた重要な一歩となるだろう。
主な引用・参考
- 「仏教の未来年表」鵜飼秀徳著(PHP新書)
- 「絶滅する『墓』: 日本の知られざる弔い」鵜飼秀徳著(NHK出版)
- PRESIDENT Online 2025年2月19日「10日以上の「火葬待ち」になる異常事態…墓に入るために“行列“ができる「多死社会ニッポン」の悲しい現実」(https://president.jp/articles/-/92081)
- 【令和5年度厚労科学研究】火葬場におけるアンケート調査 まとめ(厚生労働科学研究成果データベース)
- 「究極の循環のあり方、有機還元葬(堆肥葬)が問いかける生と死」(2024)jp
- Newsweek Japan「人生を締めくくる究極のリサイクル?」(2024)
- FIN「堆肥葬(Human composting)」特集(2020)
- PR TIMES「堆肥葬導入支持の意向調査」(2023)
[1] NPO法人 日本環境斎苑協会による平成7~14年調査によるもの
[2] 国税庁「耐用年数の適用等に関する取扱通達の付表」による
[3] 環境省「令和5年度 家庭部門のCO₂排出実態統計調査 結果について(確報値)」および甲府市の9月2日現在の世帯数(94,958世帯)より計算
[4] 調査対象:Surfvote上でアカウントを持つユーザー、投票期間:2023年10月17日〜11月30日、有効票数:54票