認知症と消費者被害
毎日新聞No.702【令和7年11月9日発行】
先日知人から、自分宛に届いたメールが本物か見てほしいとの相談を受けた。それは、誰もが知るECサイトを装った巧妙な詐欺メールであった。私は送信元を確認したところ、メールアドレスがフリーメールであったので、よくあるフィッシング詐欺メールだと判断できた。しかし、特に判断能力が低下している認知症の方々にとっては、そういった識別は困難であろう。
令和7年6月に消費者庁が公開した「令和7年版消費者白書」によると、令和6年の認知症等高齢者の消費生活相談件数は9,618件であった。高齢者全体と比較して認知症等高齢者のトラブルは、訪問販売や電話勧誘販売の割合が高く、特に訪問販売は3割以上という特徴がある。これは、認知機能の低下につけ込み、自宅という一対一の閉鎖空間で巧妙なセールストークが使われた結果と考えられる。さらに、当事者本人からの相談が約2割に留まるのに対し、約8割は家族や親族など当事者以外から寄せられている点も大きな特徴だ。認知症の高齢者自身が被害認識に乏しく、そのため被害が表面化しない「見えないケース」が相当数存在すると推測される。
制度的な対応としては、認知症等で判断能力が不十分な人を、保護・支援する成年後見制度の利用が一般的である。しかし、手続きの煩雑さや専門職への報酬負担など、利用のハードルは依然として高いのが現状である。
比較的簡便に利用できるものとして、社会福祉協議会が実施する「日常生活自立支援事業」がある。これは、所属する専門員等が福祉サービスの利用援助や日常的な金銭管理の援助を行うもので、判断能力がある程度残っている方への財産管理の支援が可能となる。
しかし、判断能力がある程度残っているが故に、自分で財産を管理したいという強い意志を示すケースもあり、制度の利用に自己決定権と保護のバランス面での難しさもでてくる。また、複雑な財産管理は対応できない等の限界もある。
高齢者世帯の増加に伴い、家族による見守り機能の低下が懸念される中、1つの制度で解決することは難しい。だからこそ、行政、医療福祉、地域コミュニティなどの多機関が連携し、情報を共有しながら多面的に支援を行うことが重要である。
消費者問題の視点から捉える認知症対策は、高齢者一人ひとりの尊厳を守りつつ、日々の安全な暮らしを支えるための大切な取り組みとなるだろう。
(公益財団法人 山梨総合研究所 研究員 望月 泰介)