小江戸甲府 花小路への期待


山梨日日新聞No.75【令和7年11月24日発行】

 先日、甲府城近くのスクランブル交差点で男女6人組に、「ここへはどう行けばよいですか?」と声をかけられた。今年4月に甲府駅南口にオープンした「小江戸甲府 花小路」への行き方だった。

 花小路は、江戸時代の甲府城下町を再現した新たな観光地として整備されたエリアである。かつて税務署跡地だった一角は、今や観光客や市民がゆるやかに行き交う小路へと生まれ変わった。甲府市の担当者によると、開業後わずか3カ月で来場者は7万人を超え、近隣の飲食・物販店の売上も従来の4〜5倍に伸びたという。当初の計画を大きく上回る成果だ。
 花小路の整備は、単なる行政による再開発事業ではなく、「景観を媒介にしたまちの再構築」といえる。甲府市は、甲府城天守台からの眺望を損なわないよう建物の高さを抑え、外壁色や屋根材、緑化率にまで細やかなルールを設けた。そこには、城の元で新しい景観を積み重ねようとする意志が感じられる。
 江戸時代に甲府城下町を訪れた荻生徂徠は、「人家は繁盛し、市街がよく整って商店に多くの品物が並び、人々の姿ふるまいもほとんど江戸と異なるところがない」とまで評した。その背景には、地域と文化と経済の調和があったのだろう。花小路は、まさにその姿を現代に取り戻そうとしているようにも見える。
 この花小路の中心に位置するのが「亀屋座」である。江戸期に建てられた芝居小屋で、「甲府で流行った芝居は江戸でも流行る」と言われたほど繁盛した。今回、甲府文化の象徴であった亀屋座が時を超えて復活したことは、まちの文化再生において象徴的な出来事だ。

 この亀屋座の再建は、山梨総合研究所が事務局を務める「新世紀甲府城下町研究会」(丹沢良治会長)にとっても長年の構想であった。同研究会は、甲府の歴史・文化を掘り起こし、発信、そして県民が自らのまちに自信と誇りを持てるようにすることを目的に、さまざまな提言を行ってきた。亀屋座復活については7年ほど前から議論を重ね、2019年には現存する最古の芝居小屋「金毘羅・金丸座(香川県)」の視察も行い、町ぐるみで芝居文化を支える取り組みを学んだ。
 私自身も金丸座の視察に参加したが、建物の歴史性のみならず、地元住民がボランティアで舞台装置を動かし、地域全体で芝居小屋を支える姿に深い感銘を受けた。研究会では「建物を復元することが目的ではなく、文化を再び育てることが出発点である」という視座を共有し、甲府市にも提言を行ってきた。その理念が、今回の交流施設「亀屋座」誕生に結びついたのだとすれば、大きな意義がある。

 甲府市は今後も、公民連携によるまちづくりを進める方針を掲げている。県民会館跡地など周辺エリアへの民間参入も視野に入れ、飲食・温泉・宿泊など多様な事業との相乗効果を模索している。その中で花小路は単なる商業施設ではなく、文化と経済が交差する回廊としても設計されている。北口の「甲州夢小路」、中央の「甲府城」、そして南口の「花小路」がつながり、回遊性が高まることで、甲府駅周辺全体が歩いて楽しむ文化都市として再編されつつある。
 花小路、そして甲府駅一帯の整備は、単なる観光振興策ではない。地域に眠る文化資本に再び投資し、過去の文化を掘り起こしながら、新しい施設や視点と融合させていく。そのことで、現代のまちが持つ文化価値を再構築していく。このプロセスこそが、甲府が次の時代に向けて歩み出す「成功」の第一歩となるのではないだろうか。

(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒