インバウンドのこれから
山梨日日新聞No.88【令和8年8月24日発行】
観光業界で「インバウンド」という言葉が飛び交うようになって久しい。インバウンドは英語の「inbound(内向き、入ってくる)」が語源で、観光の文脈では、海外に住む人々が日本へ旅行にくることを指す。本県にも日々多くの外国人旅行者が訪れ、河口湖駅は富士山を目指す外国人であふれ返っている。最近は甲府駅周辺でも旅行者らしき外国人をよく見かけ、インバウンド市場が日本で拡大する様子を肌で感じるようになった。
日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の訪日外国人旅行者数は4,268万人。観光庁「インバウンド消費動向調査」によると訪日外国人旅行消費額は約9.5兆円で、前年に引き続きどちらも過去最高を更新した。また、同調査では2025年の訪日外国人(一般客)ひとり当たり旅行支出を22.9万円と推計しており、外国人旅行者の増加が国内消費を押し上げる効果は大きい。外国人旅行者を地方へ誘客することは、地域経済の活性化や、利用者増加を通じて公共交通の維持などに寄与する可能性も期待される。いまや地方自治体において、拡大するインバウンド市場への対応は重要な政策課題である。
一方で、日本国内の人々からみた「インバウンド」はどのようなイメージだろうか。Yahoo!リアルタイム検索を使って、SNSにおける「インバウンド」関連の投稿を見てみると、2026年7月19日から1か月間で2万件以上の投稿があった。そのうちの67%がネガティブ感情による内容だと判定されている。これはあくまでSNS上の傾向であり、すべての世論を表しているわけではないものの、実際の投稿には外国人旅行者のマナー違反を指摘するものや、外国人関連のニュースに批判的な意見を寄せるものが目立った。
また、(株)リクルートが運営するじゃらんリサーチセンターの情報誌『とーりまかしvol.81』では、「じゃらん観光国内宿泊旅行調査2025」においてインバウンドの増加が日本人旅行者の満足度に与える影響を分析している。これによると、47都道府県のうち日本人旅行者の満足度が高い地域は、旅行者に占める外国人比率が低いケースが多くみられた。さらに、2023年から2024年にかけて日本人宿泊旅行者数が増加したのは長野県、北海道、新潟県などで、外国人比率の高い大阪府や京都府では、逆に30万人ほど減少した。同調査では、外国人に人気のエリア=「混んでいそう」というイメージを持たれ、日本人旅行者から避けられている可能性も指摘している。たしかに、先日仕事で河口湖畔を運転した際、車道へはみ出した大勢の外国人旅行者を避けるのに大変苦労した。オーバーツーリズムは地元住民の生活に支障をきたすだけでなく、「身近なお客さん」である日本人旅行者の満足度にも影響を及ぼしかねない。
行政においては、インバウンドの経済効果を獲得することと同じくらい、住民生活へのフォローや日本人旅行者をもてなす取組も大切である。観光庁「第5次観光立国推進基本計画」では、「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」を施策の柱に掲げている。オーバーツーリズムによる混雑やマナー違反等へきめ細かに対応し、地元住民が暮らしやすく、日本人も外国人も快適に旅行できる環境を整える。住民や日本人旅行者など、身近な人々の過ごしやすさを大前提とすることこそが、これからのインバウンド政策に求められる視点である。
(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 日原 智香)