価値はどこにある?


山梨日日新聞No.92【令和8年10月26日発行】

 先月、遅めの夏休みを取り、九州を旅した。熊本から宮崎、大分、長崎を巡る中で特に印象に残ったのが、各地の「やきもの」である。
 大分県日田市の山あいにある小鹿田(おんた)焼の里を訪ねた。江戸時代から受け継がれてきた陶芸の産地であり、民藝運動の中心人物として知られる柳宗悦がこの地を訪れたことで、広く知られるようになったという。以前から知人に薦められていたこともあり、今回、足を延ばしてみた。

 集落には資料館があり、小鹿田焼の歴史や製法、さまざまな作品が紹介されている。かつてこの地を訪れた英国人陶芸家バーナード・リーチの作品も展示されていた。
 地図を片手に集落を歩いていると、あちらこちらから「コトン、コトン」という音が聞こえてくる。川の水を利用した「唐臼」が、地元の陶土を砕く音である。登り窯の中には、これから焼かれるのであろう器が並び、窯元では土をこねる職人の姿を見ることもできる。陶芸が日々の暮らしの中にある風景は、原田マハの小説『リーチ先生』に描かれた世界とも重なった。
 そこから車で2時間余り。長崎県波佐見町もまた、「やきものの町」として知られている。近隣には佐賀県の有田など有名な磁器の産地があり、古くから陶磁器づくりが盛んな地域である。
 陶磁器の生産量は、美濃焼で知られる岐阜県が全国一位であるが、長崎県は二位の生産量を誇る。江戸時代から庶民向けの磁器を大量に生産してきた波佐見では、工程の分業化や機械化が進められてきた。近年では、時代に合わせたデザインの商品や、他社ブランドの商品を製造するOEMなどにも積極的に取り組んでいる。大手の雑貨店などで「波佐見焼」の名を目にしたことのある人も多いのではないだろうか。
 いくつかの窯元を訪ねると、職人たちが並んで作業している様子がみられ、町なかには成形に使う石膏型を専門に作る工房もある。それぞれの工程を担う人たちがいて、一つの産業が成り立っていることが分かる。それは、家々で技を受け継いできた小鹿田焼とはまた違った風景である。
 昔ながらの手仕事を大切に受け継ぐ小鹿田焼と、分業や機械化、新しいデザインを取り入れながら変化を続ける波佐見焼。一見すると対照的である。
 しかし、二つの土地を歩いてみると、むしろ共通するものを感じた。それは、器が単なる「商品」ではなく、その土地の暮らしや歴史、人々の営みと結びついていることである。

 器は、食べ物を盛る、飲み物を入れるという「用」を持つ道具である。しかし、私たちが器を選ぶとき、機能だけで選んでいるわけではない。形や色、手触りに惹かれることもあれば、作り手の技や産地の歴史を知ることで、より魅力を感じることもある。
 今回の旅で買った器も、今では日々の暮らしにすっかり溶け込んでいる。それを手にすると、小鹿田で聞いた唐臼の音や窯元の風景がよみがえる。器とそれを使う人自身の様々な体験が重なり合っていくことで、価値は少しずつ「深み」を増していく。
 山梨にも、宝飾や印伝、和紙、織物など、長い歴史を持つものづくりがある。それらもまた、時代とともに原材料の調達先が変わり、技術が進歩し、生活様式や消費者の好みに合わせて姿を変えながら今日まで受け継がれてきた。ものに触れ、その背景を知り、そこに自分自身の経験が重なる。そうして一人ひとりの中に生まれる価値が、暮らしに豊かさや彩りをもたらしているのではないだろうか。

(公益財団法人 山梨総合研究所 調査研究部長 佐藤 文昭)