暮らしの中の美しさ


毎日新聞No.691【令和7年6月8日発行】

 先日、松本市にある松本民芸館を訪れた。「民芸(民藝)」とは、「民衆的工芸」の略で、民衆生活の中から生まれ、日常的に使われる地域独特の手工芸のことであり、1925年に思想家の柳宗悦らによって提唱された造語である。
 施設の入口には、創設者である丸山太郎の「美しいものが美しい」という言葉が掲げられている。それは、民芸品を「直感」で見ることの大切さを私たちに伝えてくれる。
 芸術や工芸にさほど造詣が深くない私ではあるが、つくられた時代や場所を超えて、日々の生活の中で使われてきた品々を目にする中で、親近感を抱くとともに何か懐かしさを感じるものもあった。そこにはきっと、私なりに「美しい」と感じる何かがあったのだろう。

 今日、私たちの日常の中で、手仕事でつくられたものは一体どれくらいあるのだろうか。多くが海外で大量生産され、しかも比較的短い周期で買い換えているものも少なくない。中には愛着があり、長く使い続けているものもあるだろうが、私自身、10年以上履き続けていた靴の修理をメーカーにお願いしたところ、修理対応は終了したと言われ、驚くと同時に落胆したのを思い出した。修理には手間がかかる。それぞれの状態に応じて的確に修理を施していくには、職人の経験と高い技能が求められるが、機械化が進む中でこうした人材が減少しているのも事実であろう。
 温暖化や異常気象など、地球規模での環境問題が深刻化する中、限りある資源を有効活用しようとする取組みや、資源リサイクル、製品を再利用するリメイクやアップサイクルなども新たなビジネスとして注目されている。そんな時代においても、一つのものを長く使い続けるということの難しさを改めて感じる。
 ものは、資源であると同時に、記憶や思い出が宿る唯一無二の存在でもある。色や形、その機能美や手仕事による温かみなど、私たちは様々な観点で、ものに美しさを感じる。日々の生活を通じてそれらを使い続けることで愛着が生まれ、それが生活の一部として溶け込んでいく。それもまた、その人の暮らしの中にある美しさではないだろうか。

 明治以降の機械化が進む中で、「民藝」という言葉が生まれてちょうど100年。デジタル化が進む今日において、改めて生活の中にある美しさとは何かが問われているのかも知れない。

(公益財団法人 山梨総合研究所 調査研究部長 佐藤 文昭