Vol.327 カーボンフットプリントの現状と将来への展望
公益財団法人 山梨総合研究所
専務理事 降矢 結城
1.はじめに
地球温暖化への対策が世界的な喫緊の課題となる中、製品やサービスがそのライフサイクル全体を通じて排出する温室効果ガス(以下「GHG」という。)の排出量を「見える化」するツールとして、カーボンフットプリント(以下「CFP」という。)が注目を集めている。
CFPへの取組は、GHG排出量を定量的に示すことで、企業や消費者の行動変容を促すとともに、カーボンニュートラル実現への意識の醸成が図られるものと期待されている。一方で海外に比べ日本国内ではその必要性が議論されてはいるものの、一般的に普及しているとは言い難いのが現状である。
本稿では、CFPへの取組における海外および日本国内の先進的な事例などを紹介するとともに、普及に向けた課題への対応、将来への展望について論述する。
2.カーボンフットプリントとは
図表1 CFP算定のイメージ

図表1は「紙パック牛乳」を例にしたCFP算定のイメージである。製品のライフサイクル(=原材料調達から生産、流通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクルに至るまでの全過程)におけるGHG排出量をCO₂排出量に換算した値がCFPである。
図表1における「紙パック牛乳」1本当たりの CFP(GHG排出の総量)は「12.5㎏-CO₂e」であり、「二酸化炭素換算値(CO₂ equivalent)」の単位「㎏-CO₂e」で表記される。
メーカーはCFP算定を通じ、ライフサイクルの中で特にGHG排出量が多いプロセスを特定し、サプライヤーへの優先的な削減対策を行うことで、より効果的なサプライチェーン全体のGHG排出量削減が可能になる。
図表2 CFP表示のイメージ

図表2は製品へのCFP表示のイメージである。製品本体やタグにはCFPのみならず、算定の単位、ライフサイクルステージ、算定報告書へのアクセス方法の表示が求められる。
これにより、企業は環境配慮に対する取組姿勢や努力を消費者に強くアピールすることが可能となり、また消費者は、GHG削減に貢献できる製品・サービスを選択する上での判断材料を得ることが可能となる。このCFPを基にした企業や個人の活動は、日本政府が2050年までに目指す「ネット・ゼロ」社会の実現に大きく繋がるものと期待されている。
3.海外の取組状況
CFPの取組は、現在ヨーロッパを中心に、アジア、北米へと世界的に拡大している。最も先進的に取組んでいるヨーロッパではEUが主導し、イギリスやフランスなどの各国において「規制」と「自主的な取組」の両面から強力に推進しているのが特徴である。
これら主要国の先進的な取組を、日本総合研究所のレポートよりいくつか紹介する。
(1) EUの主な取組状況
近年EUでは、企業に対するCFP開示の義務化や、CFPを貿易ルールに組み込む動きが加速しており、以下の主要な制度などを通じて、CFPが単なる環境ラベルの域を超えた、経済活動の基盤となるインフラにシフトされつつある。
① デジタルプロダクトパスポート(DPP)
製品のライフサイクル全体にわたる持続可能性情報をデジタルデータで記録・管理し、関係者間で共有する仕組み。サプライチェーンの透明性の向上、グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)の抑止など、企業にとっては環境配慮を競争の優位性とする機会創出につながる。
消費者は製品自体に付与されたQRコードなどからDPPデータにアクセスし、製品のCFPや資源効率、修理やリサイクルのしやすさ等の情報を入手することで、価格や機能だけではなく「持続可能性」を基準とした選択が可能となる。
2023年のEUバッテリー規制に基づき、EU内で販売・流通・使用されるバッテリーに対し先行導入されており、今後は繊維製品、家電、電子機器、建設製品などへ段階的に対象が拡大される予定。
② 炭素国境調整措置(CBAM)
気候変動対策が不十分な国からの輸入品に対し課金する制度で、2023年5月に施行。対象はセメント、鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力、水素の6品目。
2023年10月からは対象製品を輸入するEU域内の事業者は、輸入量とGHG排出量を記載した「CBAM申告書」の提出義務を負う。
2026年1月の本格適用開始後は、排出量取引制度(EU-ETS)に基づき算定された炭素価格と同等の課徴金の支払いが段階的に義務化される予定。
(2) イギリスの主な取組状況
イギリスでは、過去に非営利企業Carbon Trust社認定の「Carbon Trust Footprinting Label」が普及し、企業が自主的に製品のCFPを算定・表示する動きが活発であった。2019年のG7初となる「2050年ネット・ゼロ目標」の法制化を背景に、EU離脱後においてもこの目標達成に向け、サプライチェーン全体のGHG排出量削減に対する企業への圧力が高まっている。
大企業においては、サプライヤー選定の基準としてCFPの開示を要求することが一般的になっており、これが中小企業のCFP算定の普及を間接的に促進している。将来的にはEUのCBAMに対応するための制度導入や特定の製品カテゴリーにおけるCFP開示の義務化が検討される可能性もある。
(3) フランスの主な取組状況
フランスは、EU加盟国の中でも消費者向け製品への環境情報表示に積極的である。
食品や繊維製品など特定のカテゴリーに対する環境ラベルの実証事業が進められ、特に食品においては2021年に民間コンソーシアムが開発したEco-Score(環境への影響を評価し5段階にランク付け)が既に多数の製品で公開されており、2025年10月には繊維製品への表示(任意)も開始された。
また政府は2023年10月、EV購入時の環境奨励金(補助金)における適用車の基準に、環境スコア(EV製造・輸送プロセスのCO₂排出量を基に算定)を採用する法令を施行。補助金適用車には環境スコア60点以上が必要。
出典:日本総研NO.2025-038「カーボンフットプリントの普及に向けた課題」
4.日本国内の取組状況
日本国内では国際的な要請や企業の脱炭素経営への意識醸成を背景に、CFP算定・表示・データ共有の制度や基盤の整備が、以下のとおり国の主導と官民の連携により進められている。
(1) 政府などの主な取組状況
① カーボンフットプリント ガイドライン
2023年、経済産業省・環境省が公表。CFPへの取組における基本的な考え方、意義・目的、取組指針等を示すとともに、国際規格に準拠したCFPの算定・表示・開示方法を共通ルール化。
② 加工食品CFP共通算定ガイド
農林水産省が2024年度に実施した加工食品のCFP算定の実証結果を踏まえ、2025年3月に公表。イオン株式会社、カゴメ株式会社、株式会社日清製粉ウェルナ、ハナマルキ株式会社、ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社が実証に参加。
③ SuMPO環境ラベルプログラム
一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO)が運営・管理を行う環境製品宣言プログラム。あらゆる製品・サービスを対象とする情報開示の枠組みで、世界中の事業者が加盟可能。
製品やサービスのライフサイクル全体にわたる環境負荷を国際規格に準拠し、定量的な評価と第三者の検証を経て、透明性の高いデータとして公表する仕組み。製品ごとの環境性能の客観的な比較が可能。
(2) 国内企業の主な取組状況
大手企業を中心にCFP算定に着手する動きが活発化しているが、義務化されていないため、企業が自主的に取組んでいるのが現状である。自社製品やサービス単位のCFPを開示している主な企業の先進的な事例をいくつか紹介する。
① RICOHグループ
2017年、日本企業で初めて「RE100」(事業運営を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指す国際イニシアティブ)に参加。「2050年ネットゼロ・電力再エネ率100%」を目標に先進的な取組を実施。
SuMPO環境ラベルプログラムの基準に則った製品別のCFPを算定し、ステージ別のCFP情報を含めHPなどで積極的に開示。
② 株式会社ゴールドウィン
2025年2月、代表的な製品「バルトロライトジャケット」のCFPを算定し公表。算定の結果、特に原材料調達段階でのGHG排出量が多いことが判明。サプライヤーとの連携による排出削減施策の推進、またリペアサービスやリサイクル促進による廃棄段階での排出削減も表明。
③ 株式会社アシックス
製品へのCFP印字や梱包資材へのCFPステッカー貼付を行うほか、ウェブサイトやSNSでもCFPを積極的に公開。
2023年にはCFPを当時の市販スニーカーの中で最も低く抑えた「GEL-LYTE Ⅲ CM1.95」を発表。また2024年には材料を容易に分別しリサイクルできるランニングシューズ「NIMBUS MIRAI」を発表。
④ 佐川急便株式会社
配送サービス「飛脚宅配便」1個当たりのCFPを算定。梱包資材や伝票の生産から荷物の集荷や輸送、配達、梱包材の廃棄のほか、再配達に係るGHG排出量も算定。伝票台紙にCFPや再配達による排出量増加の影響などを印字し、消費者の行動変容を促進。
⑤ 明治ホールディングス
日本国内で初めて世界基準に則った牛乳生産に関わるCFPを算定。酪農家の実データに基づき「明治オーガニック牛乳」のCFP算定を実施した結果、原材料の購入・輸送に関わる「上流」工程のGHG排出量が全体の91%を占めていることが判明。酪農家や乳業界へのGHG排出量削減への意義を強く示すとともに、ミルクサプライチェーン全体の取組を一層強化。
出典:環境省「ecojin」・RICOHグループHP・明治ホールディングスHP
(3) 山梨県内の状況
山梨県内に拠点を置くグローバル企業や上場企業などは、全国的な傾向と同様に、サプライチェーン全体での排出量削減や取引先からの要求に応えるため、自主的にCFP算定への取組を始めているものと考えられる。一方で、県内企業の大半を占める中小企業では、CFP算定へのコスト面・人材面の負担や専門知識不足を背景に、取組には消極的かつ未着手な先が多いものと推測される。
中小企業に下支えされている地場産業(ワイン、宝飾、織物など)や観光業において、環境負荷の低い製品・サービスの提供は、付加価値や企業のブランドイメージ向上につながり、環境意識の高い消費者や観光客への訴求力が高まることが期待される。
今後は、山梨県および県下の全市町村が共同で推進する「やまなしゼロカーボンシティ宣言」や企業のカーボンニュートラルの実現を後押しするため、産学官金が一体となってCFP算定・開示に対する支援策(補助金、専門家派遣、研修など)を強化し、地域内サプライチェーンでのCFPデータの共有を促すプラットフォーム構築の検討などが重要な課題となるであろう。
5.主な課題への対応策
これまで述べてきたように、脱炭素社会の実現に向けたCFP関連の議論や先進的な企業の取組は、国内においても徐々に進捗の兆しが窺える。しかしながら、本格的な社会実装には複数の課題があるのも事実であり、これらを解決し普及を促すための官民連携による迅速かつ包括的な対応が不可欠であると考える。主なものとしては、以下の対応策が挙げられる。
(1) GHG排出量算定の普及とデータの信頼性確保
サプライチェーンを構成する中小企業では、算定・検証に対するコストの増加や専門人材不足などの体制整備負担が、正確なCFP算定の障壁となっている。
対応策として、政府は大企業への排出量開示の義務化を進めるとともに、サプライヤーである中小企業に対しては、補助金や算定スキル習得支援などのコスト面・人材面での支援を強化する必要がある。また大手企業側も、取引先の体制整備を支援し、算定ノウハウの蓄積と精度向上によるデータの信頼性確保を図るべく、サプライチェーン全体によるエンゲージメント向上に取組む必要がある。
(2) サプライチェーンを跨いだデータ共有と標準化
CFP算定には国内外のサプライチェーン全体からのデータ連携が不可欠であるが、データ形式や算定ルールの国際的な標準化は未だ途上にある。サプライチェーンも複雑かつグローバルに広がり、取引のない企業からの排出量データの取得は実質的に困難である。
これらへの対応策として、官民が連携し、機密性を担保しつつ信頼性の高い排出量データを取得・交換するためのデジタルプラットフォームの構築を急ぐ必要がある。また算定・検証ルールやグリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)防止のルールを整備し、CFP表示の信頼性を高めることも重要である。
(3) CFP算定・削減へのインセンティブと規制強化
CFP算定にはコストと作業負担がかかる反面、費用対効果が見込みにくいことから対応に消極的な考えを持つ中小企業も少なくない。そのため、企業や消費者に対してCFPに基づいた行動を促す仕組みが必要である。大企業がCFPを考慮したグリーン調達を積極化し、算定コストの価格転嫁を受け入れることが出来るよう、積極的にCFP普及を後押しする必要がある。また政府は、比較的割高で購買面で躊躇されがちな「低環境負荷」の製品・サービスへのエコポイント付与などにより、消費者の行動変容を促す一方、脱炭素に重要な一部の製品カテゴリーでは、CFP表示の義務化や上限設定などの規制も検討していく必要がある。
出典:日本総研NO.2025-038「カーボンフットプリントの普及に向けた課題」
6.将来への展望
図表3 多様なステークホルダーからのCFP要求

図表3が示す通り、企業を取り巻く多様なステークホルダーは、様々な⽬的からCFPへの取組を企業に要請し始めており、CFPは企業の競争⼒を左右するバロメーターになりつつある。
政府や金融機関、投資家にとっては企業の評価・価値を見極める指標となり、顧客や消費者には商品・サービスを選択する指標となることから、今後CFPは経済活動における共通言語として大きな役割を担うことも想定される。また、企業がサプライチェーンの環境リスクを把握し、CFPを意識した排出削減戦略を前面に打ち出すことは、ブランドイメージや企業価値を高めることに加え、投資を含めた資金調達の選択肢が拡大し、他社との優位性を高めることにつながるなど、経営面におけるメリットも大きいと考える。
CFPの算定・検証・表示・開示の将来的な普及は、デジタル技術との融合と国際連携に左右されるものと考える。将来的には、AIやIoTを活用した高度なデジタル技術が、サプライチェーン全体の排出量データをリアルタイムで、より正確に、かつ効率的に把握・分析することを可能にすることで、排出量の多い工程を特定し、集中的な削減対策を講じることが容易になるであろう。
一方では EUの炭素国境調整措置(CBAM)のような、CFPを基礎とする国際的な規制や枠組みが拡大することが見込まれ、国内企業がグローバルな競争力を維持できるような環境整備が求められるものと推測される。
CFPの普及は、企業におけるサプライチェーン全体でのGHG排出削減というグリーンな競争を促すとともに、国際間のデータ共有における革新的な技術開発に伴い、ビジネスモデルの変革を加速させるであろう。そして近い将来、CFPは企業が関わる多様なステークホルダー間の環境配慮における透明性の高いコミュニケーションツールとして、社会全体のカーボンニュートラル実現に向けた意識改革と行動変容を促すためには必要不可欠なインフラとして普及していくものと展望する。
<出典・参考資料>
経済産業省・環境省「カーボンフットプリント ガイドライン」
環境省「CFP入門ガイド」
環境省「ecojin(特集:カーボンフットプリントに注目しよう)」
農林水産省プレスリリース「加工食品のCFPの令和6年度の算定実証の結果と算定ガイドの公表について」
一般社団法人サステナブル経営推進機構 HP https://sumpo.or.jp
RICOHグループHP https://ricoh.com
明治ホールディングスHP https://www.meiji.com
日本総研 NO.2025-038「カーボンフットプリントの普及に向けた課題」