ゴミから見る地域の変化
毎日新聞No.718【令和8年6月28日発行】
最近、職場周辺でゴミを目にすることが多くなった。気になった際は掃き掃除をしているが、最近はその回数が明らかに増えている。こうした光景を見ると、つい「マナーが悪くなったのだろうか」と思ってしまう。
そんな折、東京都渋谷区がポイ捨て対策を強化するため条例を改正したというニュースを目にした。ポイ捨て行為に対する罰則を見直し、違反抑止の強化を図るという内容だ。
興味深かったのはその背景だ。渋谷区は、コロナ禍後の来訪者の増加によって、これまで地域住民やボランティアによる美化活動によって維持されてきた環境が支えきれなくなったと説明している。つまり、問題を単なるマナーの悪化としてではなく、街を支える仕組みそのものの変化として捉えているのである。
ここで気付かされるのは、ポイ捨て問題を単純に「個人のモラル」だけで片付けることの難しさだ。もちろん、ゴミを捨てる行為そのものは許されるものではない。しかし、テロ対策やコスト削減の観点から街中のゴミ箱が減って以降、最近ではコンビニの店頭からも姿を消しつつある。観光客が増える一方で、地域を支える担い手は高齢化し、清掃活動の継続も容易ではなくなっているのが実情だ。
目を地元に向けてみる。昨年4月にオープンした「甲府小江戸花小路」にはゴミ箱が設置されていない。一方、今年4月の信玄公祭りでは、近くに設けられたゴミステーションにスタッフが常駐し、分別やポイ捨て防止にあたっていた。
ゴミ問題への向き合い方は一つではない。個人のモラルに委ねる方法もあれば、費用をかけて対応する方法、渋谷区のようにルールを強化する方法もある。また、新潟県で毎年行われる音楽フェス「フジロック」のように、参加者からの協力を引き出しながら対応する取り組みもある。
足元に転がる一片のゴミは、私たちのまちの今だけでなく、様々な向き合い方の必要性を示しているのかもしれない。
(山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)