Vol.321 関税とコメ危機:保護政策の限界と日本の選択
公益財団法人 山梨総合研究所
理事長 今井 久
1.はじめに
アメリカのトランプ大統領による「相互関税」発動のニュースは、世界に大きな衝撃を与えた。約180の国と地域の関税率が算出され、その数値に基づいて相互関税が課されることとなった。さらに、個別の関税率が明示されていないすべての国や地域に対しては、一律10%の関税が課された。
4月5日にはこの一律10%の関税が発動され、9日には相互関税が追加措置として各国に対して発動される予定だった。しかし、報復措置を講じない国や地域に対しては、相互関税の適用が90日間停止された。日本の関税率は24%と算出されたが、その計算方法が大まかであるとの批判も多く寄せられている。
相互関税発動の発表の際、トランプ大統領は「日本はコメに700%の関税をかけている」と発言し、物議を醸した。実際、日本のコメに対する関税は税率ではなく、1キログラムあたり341円という金額で設定されている。2005年のWTO(世界貿易機関)における貿易自由化交渉の際、農林水産省は当時の国際価格に基づき、これを税率に換算すると約778%になると説明した経緯があるが、その後280%に修正している。
いずれにせよ、1キログラムあたり341円というのは非常に高い関税であり、現在においても海外からのコメ輸入はほとんど進んでいない。こうした中で、日本ではコメの不足が深刻化しており、それに伴ってコメの価格も上昇傾向にある。この傾向は今後も続くと見込まれている。
本稿では、日本におけるコメの関税に焦点を当て、その政策、需要と生産の推移、現状、そして今後あるべき姿について議論する。
2.日本のコメ輸入政策の変遷と現状
日本において、1995年以前はコメの輸入が原則として禁止されていたが、同年からミニマムアクセス(最低輸入義務)に基づき、コメの輸入が始まった。これは、1993年に妥結したガット・ウルグアイ・ラウンドの合意に基づくものである。
ガット(GATT:関税および貿易に関する一般協定)は、1947年に始まった多国間の貿易協定である。1986年にウルグアイで開始された交渉は「ウルグアイ・ラウンド」と呼ばれ、輸出入規制の撤廃や関税の引き下げなどが協議され、1993年12月に最終合意に至った。この合意において、日本はコメを除くすべての農産品に関して関税化を受け入れた。一方で、コメに関しては「例外なき関税化」の特例措置として、1995年からのミニマムアクセスの導入と、1999年からの関税化への移行に合意した。
ミニマムアクセスとは、高い関税による事実上の輸入禁止を緩和するために設定された、最低限の輸入義務を指す。1995年には国内消費量の約4%にあたる42.6万トンが輸入され、以降、毎年0.8%ずつ増加。2000年には本来8%に達するはずであったが、実際には7.2%の76.7万トンに据え置かれた。その後も、おおむね毎年約77万トンの輸入が続いている。
1995年から2023年までの統計によれば、ミニマムアクセスで輸入されたコメの用途は、飼料用が約44%、加工用が約26%、援助用が約16%、そして主食用はわずか約8%にとどまっている。
1999年4月からはコメの関税化が実施された。当初の関税額は1キログラムあたり351円17銭であったが、2000年には341円に設定された。この関税を支払えば、誰でも自由にコメを日本に輸入することが可能となった。しかし、依然としてこの関税は高額であり、実際の輸入はほとんど進んでいないのが現状である。
日本政府は、この341円という関税水準を長年にわたって維持してきた。つまり、日本のコメおよびコメ農家を保護する政策を堅持してきたのである。
3.日本のコメ需要の推移とその背景
日本政府が長年にわたり、日本のコメおよびコメ生産者を保護してきたにもかかわらず、コメの需要は減少の一途をたどっている。表1は、日本における主食用米の1人あたり年間消費量の10年ごとの推移と、その背景を示している。
表1 日本の主食用米の年間消費量の推移(10年ごと)

日本のコメの需要が長期的に減少している主な要因として、以下の5点が挙げられる。
- 女性の社会進出
女性の社会進出により、朝食に手軽なパンを選ぶ家庭が増加し、その結果、コメの消費量が減少している。 - 食生活の多様化
パン、パスタ、ラーメンなど小麦製品の消費が拡大しており、外食においても洋食中心のメニューが主流となっていることで、コメを食べる機会が減っている。 - 高齢化と少人数世帯の増加
高齢者は食事量が少なくなる傾向があり、そのためコメの消費も減少する。また、単身世帯では炊飯の手間を避け、より簡便な食事を選ぶ傾向が強まっている。 - 外食・中食の普及
ファストフードやコンビニ弁当など、外食・中食が普及する中で、小麦製品の需要が拡大している。 - 世代交代による「コメ離れ」
子どもの頃からパンやパスタを中心に食べてきた世代が増え、主食としてコメを選ぶ機会が減っている。
以上のような要因により、日本の主食用米の1人あたり消費量は過去50年間で半分以下にまで減少した。これは人口減少と相まって、国内全体のコメ需要を大きく縮小させる要因となっている。
4.日本のコメ生産量の推移とその背景
コメの需要が減少していることに伴い、過去50年間にわたって日本の主食用米の生産量も一貫して減少傾向にある。これは国の政策や社会の変化を反映したものであり、特に1970年代以降は、計画的な生産調整(いわゆる減反政策)が進められてきた。
以下の表2は、日本における主食用米の10年ごとの生産量の推移と、その背景をまとめたものである。
表2 日本の主食用米の生産量の推移(10年ごと)

日本のコメ生産量が長期的に減少している背景には、以下の4つの主要な要因が挙げられる。
- 減反政策(生産調整)
1970年から実施された減反政策により、余剰米を抑制するために田んぼの作付けが制限された。農家は補助金と引き換えに、コメの生産量を自主的に減らすことを求められた。 - コメの消費量の減少
食生活の多様化や少子高齢化に伴い、コメの需要は年々減少。パンやパスタ、外食文化の広がりも影響を及ぼしている。 - 農業従事者の減少と高齢化
農業に従事する若者の減少により、担い手不足が深刻化。高齢化も進み、農地の維持や労働力の確保が困難になっている。 - 政策の転換
2018年に国による減反政策が廃止され、生産は農家の自主判断に委ねられた。しかし、市場原理に基づく生産は、過剰供給や価格変動といった新たな課題を生んでいる。
このように、日本のコメ生産量は過去50年間で半分以下にまで減少しており、その背景には政策、人口構造、消費傾向などの複合的な要因が深く関係している。今後のコメ政策は、これらの要因を踏まえた持続可能な農業の在り方を模索する必要がある。
5.ライスショック ~あなたの主食は誰が作る~
これは、2007年10月に放送された「NHKスペシャル」のタイトルであり、番組は2回に分けて放送された。第1回のサブタイトルは「世界がコシヒカリを作り始めた」であった。
この番組では、日本の主食であるコメが、国際的な貿易ルールの中でどのような位置づけにあるのか、また、その自由化が日本の食と安全保障にどのような影響を与えるのかが取り上げられた。
番組内では、アメリカのカリフォルニア州と中国の黒竜江省におけるコメづくりの現状が紹介された。両地域では、コシヒカリに代表される日本のブランド米が栽培されており、価格は日本よりもはるかに安価である。加えて、味についても、専門家が試食しても違いがわからないほど、日本人の舌に合う高品質なコメが生産されていた。
問題となるのは日本の関税であり、これが撤廃または大幅に引き下げられれば、安価で高品質なコメが海外から大量に流入することが予想される。
番組では複数の学識者が意見を述べていた。東京大学の鈴木宣弘教授(当時)は「主食を輸入に依存している国は存在しない」と指摘し、食料はナショナル・セキュリティ(国家安全保障)の観点から極めて重要であると主張。「食材は戦略物資である」とも語っていた。
一方、同じく東京大学の本間正義教授(当時)は、「貿易の自由化は国民の豊かさにつながる」と述べ、自給率向上には高コストが伴うと指摘。「多くの国と友好関係を築くことが安全保障につながる」との見解を示した。
また、経済評論家の内橋克人氏は、「コメを輸入するための外貨を将来にわたって確保できるとは限らない」と述べ、日本の貿易黒字が永続する保証はないと警鐘を鳴らした。
このように、自由貿易の進展とともに、日本のコメ政策は大きな転換点を迎えており、主食を守るための国家戦略と国際協調のバランスが問われている。これは今から18年前の状況であるが、その問題意識は現在も続いている。
6.日本の現状
2024年以降、日本でコメが不足気味になっている主な原因は、気候変動による不作と生産構造の変化にあるとされている。
まず、異常気象による収穫量の減少がある。2023年の猛暑や高温障害により、コメの登熟(実がしっかりと実ること)が不十分になった。特に、「白未熟粒」と呼ばれる未熟なコメが多くなり、収量と品質の両面で低下が見られた。高温が続いた地域では、一等米比率(品質の高いコメの割合)も大きく下がり、これが2024年に流通するコメの供給量を減らす要因となった。
次に、農家の減少・高齢化・担い手不足の深刻化がある。高齢化と後継者不足により、コメづくりをやめる農家が増加し、担い手不足によって農地が耕作放棄地となるケースも多くなっている。さらに、燃料や肥料などの生産コストが高騰し、経営の継続が困難となる農家も増えている。
加えて、生産調整と転作の影響もある。国の政策として、過剰生産を防ぐために飼料用米や麦・大豆への転作が推進されてきた。その結果、主食用米の作付け面積は年々減少しており、需給バランスがわずかに崩れるだけでも、供給不足に陥りやすい構造となっている。
さらに、輸入米への依存が難しい現状も課題である。日本はコメをほぼ自給しており、不足を輸入で補うのが難しい状況にある。ミニマムアクセス米の存在はあるものの、輸入量には限りがあり、高い関税が輸入を妨げている面もある。
その結果として、店頭やネットでのコメの価格が上昇している。一部地域や人気品種では品薄や在庫切れが発生し、飲食業界や学校給食などの大口需要者にとっても調達が難しくなるケースが報告されている。
7.今後あるべき姿
トランプ大統領による相互関税の発動は、アメリカに対する各国の関税に対する報復措置であると同時に、関税そのものへの批判とも受け取れる。経済学においては、関税のない自由貿易が資源配分の効率性において優れていることが理論的に証明されている。しかし、各国にはそれぞれ守るべき国内資源や産業が存在しており、自由貿易が常に最適とは限らない。
日本はこれまで一貫して、コメとコメ農家を保護してきた。コメは日本人にとって主食であり、ゆえに戦略物資として位置づけられてきた。この点を踏まえると、今後も一定の保護政策を継続する必要があると筆者は考える。
とはいえ、現在の日本ではコメ不足が深刻化し、コメの価格も上昇傾向にある。また、海外には安価で高品質なコメが存在しているのも事実である。関税を引き下げるのではなく、ミニマムアクセス枠の活用やその数量の調整を通じて、迅速に輸入を行うことが現実的な対応ではないだろうか。
先日発生したETCシステムの障害では、NEXCO中日本管内の広範囲で料金所の正常な課金処理ができなくなった。対応の遅れが指摘され、危機管理の不備が明らかとなった。
コメ不足への対応についても、同様に迅速かつ柔軟な対応が求められる。備蓄米の放出にも時間を要しており、依然としてコメ不足は解消されていない。関税によって国内のコメを守る姿勢は理解できるが、コメ不足という緊急事態に際しては、日本政府が機動的かつ的確に対応し、必要に応じて迅速に輸入措置を講じることも必要ではないだろうか。
〈参考文献〉
農林水産省『米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針』
農林水産省『食料需給表』
農林水産省『米をめぐる関係資料』
山梨日日新聞「取材メモ」2025年4月12日
山梨新報「直言」『関税とコメ危機:保護政策の限界と日本の選択』2025年4月25日