Vol.320 シカ肉を食べてみよう
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 清水 季実子
1 はじめに
ニホンジカ(以下「シカ」という。)が山梨県内にたくさんいるという事実をご存じの方は多いだろう。実際、中央線や身延線の列車とシカが衝突したニュースを聞いても、またかと思うだけで驚きはない。しかし、以前に山梨県森林総合研究所の研究員の方の話を聴いた際に、令和4年度の身延線におけるシカと列車の衝突事故は300件という事実を知り、そんなに多かったのかと驚いた。「第3期山梨県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画年度別実施計画(令和6年度)」によると、令和4年度の中央本線の衝突事故は66件なので、合わせると、ほぼ毎日1件は県内でシカと電車の衝突事故が起きていることになる。
そのような状況ではあるが、シカを身近に感じている人はごく限られた人だけなのではないだろうか。私も、普段シカが出没しない地域に住んでいるため、長い間身近ではなかったが、ここ何年か仕事で山の方へ行くことが多く、車の中からシカを見かけることは頻繁にあったし、帰宅途中に富士川沿いの道で4頭くらいが群れになっているのを見たこともある。
本稿では、農林業被害や先に述べた電車への衝突事故を含めた交通事故など、人の生活にも影響を与えているシカを通して、野生鳥獣の現状と今後について考えてみたい。
2 現状と課題
2-1 現状
環境省の報告によると、令和4年度末時点の北海道を除いた日本全国のシカの推定個体数は、中央値で約246万頭(90%信用区間:約216万頭~305万頭)となっている。

出典:環境省自然環境局「全国のニホンジカ及びイノシシの個体数推定の結果について」
県が策定している「第3期山梨県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画年度別実施計画(令和6年度)」によると、令和4年度末時点で山梨県内に生息しているシカは推定約47,000頭で、平成26年度末時点の推定77,354頭と比較すると減少傾向ではあるが、適正生息数は4,700頭であることを考えると、およそ10倍程度の高密度で生息していることになる。捕獲数は毎年、16,000頭前後で推移しているが、適正生息数を目指し、当分の間は、同程度の頭数で捕獲する必要がある。
また、令和4年度のシカによる農作物への被害は32百万円、林業被害が65百万円で合わせて97百万円となっている。この金額は、シカの推定生息数の減少に伴って減少傾向にあるものの、農家等への聞き取りが中心となっており、趣味や自家用で作っている作物への被害は含まれていないことから、実際の被害はもっと大きいと思われる。高齢の方などは、鳥獣被害のために営農意欲が減退し、農業をやめてしまうこともあるのではないだろうか。

出典:山梨県「第3期山梨県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画年度別実施計画(令和6年度)」
2-2 シカを捕る(獲る)
(1)シカを捕る(獲る)人
シカを捕ることができるのは、狩猟免許を所持している人に限定され、県内の狩猟免許保持者は、令和4年度末現在で3,542名となっている。そのうち60歳以上の割合が55.1%だが、この割合は減少傾向で、50歳代以下は微増している。ただ、実際に捕獲に従事している方は60歳以上が中心となっており、本業が他にある50歳代以下の方の捕獲参加は伸び悩んでいると考えられる。

出典:山梨県「第3期山梨県第二種特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画年度別実施計画(令和6年度)」
(2)シカを捕る(獲る)仕組み
シカを捕る(獲る)仕組みは、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に定められているが、大変複雑なため、ここではシカに特化して確認する。
シカを捕る(獲る)仕組みは2つに大別される。まず、狩猟である。猟期は毎年11月15日から2月15日(山梨県の場合、シカは3月15日)までであり、狩猟免許保持者で狩猟登録をしており、法で定められた猟具で、狩猟が可能な場所であれば、許可等を得ずに獲ることができる。この場合、シカを獲るのに理由は不要である。
次に、捕獲である。捕獲は「管理捕獲」と「有害捕獲」に分かれる。
管理捕獲とは、生息数が著しく増加、または生息地の範囲が拡大している鳥獣について、管理に関する計画(第二種特定鳥獣管理計画)を策定し、計画に沿って適正な生息数に近づけるために捕獲等を実施するものである。県では、シカ、イノシシ、ニホンザルについて第二種特定鳥獣管理計画を策定し、定期的に調査等を実施しながら管理捕獲を実施している。県が捕獲するエリアや目標数を決定し、国や県、市町村が委託する形で猟友会等の団体が捕獲を実施している。捕獲者には、捕獲したシカの数に対して報奨金が支払われる仕組みとなっている。
一方、有害捕獲とは、生活環境や農林業、生態系などへ被害を与えている場合、その被害を及ぼしているまたは及ぼすおそれがある鳥獣を捕獲するものである。県や市町村に申請書を出し許可を得る必要があるが、許可された地域で、許可を得た数であれば、猟期とは無関係に一年中捕獲可能である。
ただし、捕獲にかけることのできる県の財源や捕獲者の確保の面から、捕獲目標頭数を増やすことは困難な状況である。
2-3 課題
狩猟と捕獲で目的に違いはあるが、どちらもシカを捕らえるという意味では同様である。令和4年度は、狩猟による捕獲頭数3,598頭、管理捕獲と有害捕獲の合計捕獲頭数12,955頭、すべての合計が16,553頭となっている。
しかし、捕獲したシカのうち食用などとして利用されるものは約10%程度と言われており、農林水産省の野生鳥獣資源利用実態調査の結果によると、令和5年度に山梨県内の食肉処理施設で解体されたシカは1,058頭となっていることからも、大半が活用されていないのが現状である。また、同調査によると、シカ肉の販売数量は、合計7,712キログラムとなっており、平均で7から8キログラム程度の食用肉をシカ1頭からとっていることになる。自家用など、食肉処理施設を経由せず活用されているシカもいるが、おそらく10,000頭以上が利用されないまま、埋設処理や焼却処理で廃棄されているというのが現状である。
廃棄が多いのは、捕獲した場所から運ぶのが困難なこと、処理施設が遠いこと、狩猟者に食肉にするための捕獲や解体のスキルがない人が多いこと、処理施設へ運搬しても得られるお金が少ないことなどが理由だと考えられる。シカをもっと多く食肉などとして活用することができれば、農林業被害の軽減だけでなく、地域資源の活用という面でも有効なのではないか。
3 活用
国ではジビエの利用拡大に向け、ジビエハンター育成や国産ジビエ認証制度、全国各地でジビエのプロモーションなど様々な取り組みを進めている。県でも積極的にジビエとしてシカを食べることを推奨し、平成29年7月にはシカ肉の安全・安心を担保する「やまなしジビエ認証制度」を創設し、シカ肉をジビエ料理や加工品などの素材として活かす取り組みが始まっている。また、捕獲から処理、販売まで行っている事業者も県内に複数あり、調べてみると様々なことがおこなわれていることがわかる。
さらにもう一歩踏み込んで、活用を促進するには何が必要なのだろうか。まず、シカが捕獲からジビエとして食卓に上がるまでの段階で、ボトルネックとなっているのはどこかを明らかにすることである。味、価格、感情など色々な理由が考えられるが、県民にとってジビエが一般的にならない理由は何かを探る必要がある。
以前、猟友会から、シカ肉は鉄分などが豊富に含まれていると聞いたことがある。調べてみると、シカ肉は低カロリー、高たんぱくで健康意識の高い方にとっては良い食材なのではないか。そのような事実を誰もが知るようになれば、もっとニーズも高まるのではないか。狩猟免許を所持している方が以前、「撃つのはいいが、その後の獲物の処理が大変で、もう狩猟はできない」と話されていた。高齢の狩猟者が増え、年々捕獲者の確保も難しさを増す中で、地域資源として活かすために今よりさらに捕獲しやすい仕組み、お金になる仕組みを整えることも重要である。
最後に、シカの捕獲からシカ肉として食卓に上がるまでの一連の流れに対し、鳥獣保護管理法(環境省)、食品衛生法(厚生労働省)、鳥獣被害防止特措法(農林水産省)と、法律などがあまりにも複雑すぎるという問題もある。法制度面でも、まだまだ改善・工夫の余地があるように思う。
4 おわりに
県産のシカ肉を県民が食べるということには、食材の選択肢が増え食卓の豊かさにつながる、地産地消になる、地域経済に貢献する、増えすぎたシカを捕獲することで地域の生態系をより持続的な循環の方向性に向かわせる可能性があるなどのメリットとなる部分がたくさんある。他にも世界的には、将来、プロテインクライシス(たんぱく質の供給量不足)となる可能性があるといわれる中で、代替肉や昆虫食などが注目され始めているが、今あるたんぱく質資源の活用にもっと力を入れて取り組んでもいいのではないか。シカ肉は、山と森が豊かな山梨県ならではの地域資源となりうる可能性を十分秘めている。
以前、猟友会の会員の方にイノシシ肉をいただいたことがある。クセがあるのではないかと思い、入念に下処理をしてカレーにしたところ、家族からは、豚肉のカレーよりおいしいと高評価をもらった。その後、猟友会の方にお礼を言ったところ、山でドングリなど自然のものしか食べていないイノシシだから、おいしいに決まっているとおっしゃっていた。また、以前、県内で開催されたマルシェでシカ肉のカレーを食べたことがあるが、食べ終わるころにはジビエだということを忘れてしまうほどおいしいカレーだった。私が一方的にジビエへの敷居を高くしていたんだなと気づかされた出来事である。
殺すのはかわいそうだという方もいるが、焼き肉を食べるときは何も感じないのに、野生のシカだと途端にかわいそうだというのは、少し想像力が足りないのではないか。牛や豚、鶏などの家畜も同じで、最初は生きている。そこへ思いをはせれば、「いただきます」という気持ちや、生き物や食材を提供してくださる方への感謝もわいてくるのではないだろうか。シカの捕獲は、地域の経済循環、自然環境の循環などに対し相乗的にプラスになる可能性を秘めている。
※ 第二種特定鳥獣
法第7条の2に定められ、数が著しく増加又は生息地の範囲が拡大している鳥獣について、その地域個体群を長期にわたって安定的に維持するとともに、被害を軽減するために、管理計画を定め、科学的な調査の実施と管理捕獲を行う鳥獣