「わからなさ」との距離感
毎日新聞No.693【令和7年7月6日発行】
私たちは、ときにほんの些細なきっかけで、人との関係が途切れることがある。
私自身も、人との関係を断ったことがあれば、逆に断たれたこともある。
関係を断たれた経験をふり返ると、きっかけとなった言動の裏にはそうせざるを得なかった理由があったということだ。けれどそれはあまりに簡単には話せない事情だったし、うまく説明する言葉も見つからなかった。自分なりに精一杯だったとはいえ、あの場でうまく立ち回れなかったことが、疎遠という結果につながった。
言い訳をしたいわけではない。ただ、胸に残っているのは、どこにも行き場のない感覚である。
厚生労働省「令和5年労働安全衛生調査」では、仕事に不安やストレスを抱えている人のうち、相談先があるにかかわらず、実際に相談した割合は7割程度にとどまる。また、株式会社Awarefy(アウェアファイ・東京都)が2024年に実施した「悩みの相談先に関する調査」では、「相談して後悔した」経験を持つ人が7割を超えていた。相談したにもかかわらず、決めつけられたり、わかってもらえなかったという経験が、人々の口を閉ざさせている。だからこそ、自分の事情をうまく語れないことにつながるのかもしれない。
近年、「キャンセルカルチャー」という言葉が広まっている。SNS上での発言が即座に断罪される現象だが、それはネットの世界だけの話ではない。私たちの身の回りにも、小さな「わからなさ」や「すれ違い」をきっかけに、静かな断絶が生まれている。それは、即応性が求められる現代社会の空気と無関係ではないように思う。
想像が及ばなかったこと、知らなかった背景——。
それらに目を向けることなく、「理解できない」という理由だけで関係を断ち切るようなことにはならない関係は果たして可能だろうか。
それはその人を無理に理解しようとすることでも、すぐに許すことでもなく、「わからなさ」とともにいるという少しの「間(ま)」なのではないか。そうしているうちに、あるときふと、その人の事情や背景が見えることがあるかもしれない。
それが、他者とともに生きるということなのかもしれない。
(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)