アーレントと「活動」


毎日新聞No.698【令和7年9月14日発行】

 先日長野で開催された学会に参加した際、「地域コミュニティの存続・活性化と行政の役割」というパネル企画に携わった2人のベテラン現役自治体職員の方から、何気ない会話の中で共通して出されたのが「ハンナ・アーレント」であった。

 アーレントは、1906年生まれのユダヤ系ドイツ人の哲学者であり、今年で没後50年、来年生誕120年を迎える。
 そうした節目の年を続けて迎えるアーレントだが、戦後80年を迎える日本を始め世界にとっては、別の視点から改めて注目されている。それは、彼女自身の出自、つまりユダヤ系ドイツ人としての経験に基づく、当時のナチス・ドイツによる全体主義の下のユダヤ人迫害への批判である。
 紙幅の関係上、全体主義自体の説明は省くが、そうした過去の経験を踏まえ、よりよく現在を生きるために、人々はどのように日常生活を送れば良いのかをアーレントは説いている。彼女は、それを「活動的生活」と呼び、「労働」「仕事」「活動」の3つの要素に分けて定義している。
 まず「労働」とは、人間の肉体を生物学的に維持、成長させるための生命活動そのものであり、「仕事」とは「労働」のようないわば自然的世界におけるものではなく、人工的に作られた世界の中で、特定の目的のために存在することであり、「活動」とは多数の人と人との間で、自主的に関係性を築くことであると説いている。
 これら3つの要素の内、「労働」は自分や家族との関わりが中心となり、「仕事」は自分と会社や学校などとの関わりが中心となるが、「活動」はそこから「自主的・自発的」に一歩外の世界へ出て、多様な「他者」と関係性を築いていく点で大きく異なる。

 冒頭触れた自治体行政の職員が、「労働」や「仕事」としてだけではなく、「活動」としていかに行政の外の世界である地域において、「他者」としての住民や各種主体との関係性を構築していくことができるか。
 また、最近よく耳にするようになった「プロボノ(社会的・公共的な目的のために、職業上の経験やスキルを活かして取り組む社会貢献活動)」という役割が、単なる「労働」や「仕事」としてではなく、住民を始めとした地域の各種主体同士をつないでいく「活動」を担い得ることが今後期待される。 

(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 宇佐美 淳