Vol.330 地域モビリティをいかに運用するか―自動車社会を前提とした地方における移動の再設計―


公益財団法人 山梨総合研究所 
主任研究員 在原 巧

第1章 はじめに

1.1 レポート作成の背景

 地方での暮らしを取り巻く環境は、いま大きな転換点を迎えている。人口減少と高齢化が進むなか、医療、買い物、公共交通といった生活を支えるサービスの維持が難しくなり、これまで当たり前だった「移動のかたち」が揺らぎ始めている。
 地方医療の分野では、医師不足や経営環境の変化を背景に、病院の統合や診療所の閉鎖が進んでいる。買い物環境に目を向ければ、身近な商店の減少により、日用品を購入するにも移動を伴う地方が増えている。公共交通についても、利用者減少を理由に、路線バスの減便や廃止が各地で相次いでいる。山梨県においても、こうした現象は特定の地方に限らず見られる。
 こうした中で、これまで地方の暮らしを実質的に支えてきたのが自動車である。医療、買い物、通勤・通学といった日常の移動の多くは車によって成り立っており、その結果、車を使える間は利便性の高い暮らしを可能にする一方で、高齢化や免許返納などをきっかけに、生活のもろさを一気に露呈させる側面も併せ持っている。
 このような課題認識のもと、国土交通省は近年、「リ・デザイン(再構築)」という考え方を打ち出している。これは、従来の公共交通をそのまま維持することを目的とするのではなく、地方の実情に合わせて交通や移動サービスを見直し、持続可能で利便性の高い仕組みへと「交通のあり方そのものを再定義する」取り組みである。デジタル技術の活用(DX)や環境配慮(GX)、さらには行政、事業者、地方住民の連携を通じて、地方の移動を総合的に再設計することを目指している。
 この「リ・デザイン」の視点に立てば、重要なのは「自動車か公共交通か」という二者択一ではない。車が便利で合理的な移動手段である現実を前提としつつ、自動車を使えない場面や人をどう支えるか、地方としてどのように移動の選択肢を確保するかを考えることが求められる。

 

1.2 地方交通の現状と地域モビリティ

1 地方交通の考え方

出典:令和7年度 地域公共交通シンポジウムin中部「趣旨説明」資料より

 

 少子高齢化と人口減少が進行する中、とりわけ人口規模の小さい地方では、従来型の公共交通の利用者減少が顕著となっている。その結果、路線やサービスの維持が困難となり、需要の縮小と供給不足が相互に影響し合う悪循環が生じている。人口密度の低下は運行効率を低下させ、結果としてサービス水準の縮小を招き、さらに利用者が減少するという構造的な課題を抱えている。

 図1は、地方交通の構造を整理したものである。鉄道や幹線バスといった大量輸送を担う交通を「幹」と位置づけ、その補完として定期運行される支線バスやコミュニティバスなどを「枝」、さらにタクシーやオンデマンド交通など、不定期に運行される交通手段を「葉」として整理している。
 「幹」の部分は、大型バス(定員45名程度)などを用い、中心市街地と鉄道駅を結ぶ幹線を中心に、民間バス事業者が一定の路線を維持している。一方、「枝」に該当する人口規模が比較的小さい市街地では、小型バス(定員25名程度)などを使用し、公営のコミュニティバスが、支線的な役割を担っている。さらに「葉」に該当する人口規模の小さい集落では、ワンボックス車両(定員10名程度)などを活用し、オンデマンド交通などによって需要を集約しながら移動手段を確保している実態がある。いずれの形態においても、地方交通を持続的に維持していくためには、地方の現状に応じた柔軟な設計と運用が不可欠である。

 公共交通の「リ・デザイン」を考える上で本レポートが注目するのは、「地域モビリティ」である。本レポートでは、前述で示した「葉」の部分を担う交通手段、すなわちオンデマンド交通などを中心とした移動サービスを「地域モビリティ」と位置づける。より具体的には、不定期運行を基本とし、自動運転か手動運転かを問わず、比較的長距離の移動を対象とし、使用する車両はワンボックス(定員10名程度)以下を想定している。
 地域モビリティの価値は、新しい乗り物や先進技術そのものにあるのではない。自動車社会という現実を前提にしつつ、生活が破綻しやすい局面をいかに支えるか、そのための仕組みを地方の現状に応じて再設計する点にこそ、その本質がある。地域モビリティは、地方都市における移動のセーフティネットとして、今後ますます重要な役割を担っていくと考えられる。 

 こうした問題意識のもと、次の3つの問いを設定する。
1に、地方での移動は、実際にどの程度自動車に依存しているのか。
2に、自動車への依存は一時的な現象ではなく、山梨での生活に根ざしていると言えるのか。
3に、山梨における地域モビリティは、自動車をどこまで置き換え、どこを補完する存在として設計されるべきなのか。

 これらの問いに答えることを通じて、地域モビリティの役割と可能性を明らかにしていく。

 

1.3 本レポートの目的と構成

 本レポートでは、全国的な移動実態データをもとに地方都市の交通事情を整理した上で、地域モビリティが果たすべき役割を理論的に検討する。さらに、山梨県内の具体的な事例を通じて実装の可能性を考察する。
 それにより、地域モビリティを単なる交通手段としてではなく、地方で暮らし続けるための社会基盤として捉え直し、その視点から地方創生の新たな方向性を示すことを本レポートの目的とする。

 

第2章  地方における移動の「現実」

2.1 全国都市交通特性調査が示すもの

21 交通手段構成比(平日・休日)

出典:令和3年 全国都市交通特性調査

 全国都市交通特性調査は、国土交通省が全国規模で人の移動実態を把握するために実施している調査である。地方都市圏では自動車利用が移動の中心となっており、地方交通を検討する上での重要な基礎資料となる。
 図2-1に示すとおり、地方都市圏における平日の自動車での移動は61.1%、休日は75.9%を占めており、全国及び三大都市圏と比べて高い水準である。これは、地方都市の生活者の多くにとって、自動車が移動する有力な手段であることを示している。

 

22 地方都市・交通手段別 1日あたりの移動回数と構成比の推移(平日)

  • 1日当たりの移動回数(平日)
※1987年は自動車の運転と同乗を分けずに調査/令和3年 全国都市交通特性調査

 

  • 構成比(平日)
※1987年は自動車の運転と同乗を分けずに調査/令和3年 全国都市交通特性調査

 

 地方都市圏の交通手段別にみた1日あたりの平日の移動回数と構成比の推移を図2-2に示す。2010年以降1日当たりの移動回数は減少傾向にあるが、自動車利用割合は年々高まっている。

 

2-3 地方都市・交通手段別 1日あたりの移動回数と構成比の推移(休日)

  • 1日当たりの移動回数(休日)
※1987年は自動車の運転と同乗を分けずに調査/令和3年 全国都市交通特性調査

 

  • 構成比(休日)
※1987年は自動車の運転と同乗を分けずに調査/令和3年 全国都市交通特性調査

 

 同様に、地方都市圏の交通手段別にみた1日あたりの休日の移動回数と構成比の推移を図2-3に示す。それによると、休日は平日より移動回数が少ないものの、自動車利用割合は年々高まる傾向にあることから、移動手段としての重要性は増加していると考えられる。

 

2-4 全国・地方都市・年齢階層別 1日あたりの移動回数の推移(平日)

出典:令和3年 全国都市交通特性調査

 

 全国および地方都市における年齢階層別の平日1日あたりの移動回数の推移を図2-4に示す。全体としては、性別では、全国と地方都市圏の間で大きな差異はなく、男女間では、男性の移動回数が少し高い。また、男女ともに20代で移動回数が低下する「谷」が見られ、30代以降は移動回数が増加するものの、80代以上で大きく減少している。

 

2-5 2021全国・地方都市・年齢階層別 1日あたりの移動回数の推移(休日)

出典:令和3年 全国都市交通特性調査

 

 同様に、地方都市における年齢階層別の休日1日あたりの移動回数の推移を図2-5に示す。全体としては、平日の方が休日よりも移動回数が多い。また、性別では、平日同様に休日も全国と地方都市圏の間で大きな差異はない。
 移動回数が低下する「谷」は、地方都市圏の男性では20代に、それ以外では10代に見られる。また、80代以上では平日と同様に移動回数が大きく減少していることが確認できる。

 

2.2 80代の生活行動について

2-6 全国・山梨県 健康寿命

 

出典:厚生労働省 令和6年 都道府県別健康寿命

 

 全国・山梨県における健康寿命を図26に示す。男女ともに70代で健康寿命を迎えるが、全国・山梨県ともに、男性よりも女性の健康寿命が3歳程度長くなっており、全国と山梨県との差は約1歳の差と僅差と言える。

 

2-7 山梨 運転免許年齢別免許保有数

出典:令和6年度版 警察庁運転免許統計

 

 山梨県における運転免許年齢別免許保有数を図27に示す。免許保有数は50代以降減少が始まり、80代以上では減少が顕著となる。

 

図2-8 山梨における年代別運転免許証自主返納件数の推移(件数)

出典:警察庁自主返納件数の都道府県別

 

 運転免許証自主返納件数の山梨の推移を図28に示す。山梨県では、近年2,500件前後の自主返納があり、そのうち80歳以上が約60%を占めている。高齢化の進展に伴い、高齢者による免許返納は増加傾向にあり、ますます高齢期における移動手段の制約が進行すると考えられる。
 以上により、80歳以上の高齢者の多くが健康寿命を迎える一方で、それに伴う運転能力の低下による免許返納により、自家用車という移動手段を失うことが推測できる。

 

第3章 なぜ地域モビリティが必要なのか

3.1 自動車依存率の高さについて

 地方における移動の課題として、しばしば「自動車依存率の高さ」が指摘される。全国都市交通特性調査のデータでも明らかなように、地方都市圏では日常移動の大半を自動車が担っており、公共交通の依存率は低い水準にとどまっている。
 地方において自動車が選ばれてきた背景には、人口密度の低さや都市機能の分散、電車、バスなどの運行本数の少なさなど、自動車を使うことがもっとも効率的で現実的な移動手段であるという合理的な理由がある。その結果、医療、買い物、就労、就学といった生活行動は、自動車利用を前提として組み立てられてきた。
 しかし、問題の本質は、前述のデータが示すとおり、自動車利用を前提とした生活構造は、その前提が崩れた瞬間に脆弱性を露呈する点にある。特に健康寿命を迎えた80代以降では、移動の前提が崩れる可能性は常に存在している。
 この視点に立てば、地方における移動手段のあり方が目指すべき方向性が見えてくる。それは、自動車を利用できない人々に対して、最低限の生活行動を保障することである。通院や買い物といった基礎的な移動が確保されなければ、地方で暮らし続けること自体が難しくなる。移動の自由度を高めるというよりも、生活を維持するための役割を担う存在が必要であり、その一つが地域モビリティである。

 

3.2 「補完・接続」の考え方について

 地域モビリティを検討する際には、「既存の公共交通を地域モビリティで代替する」という捉え方がなされることがある。しかしながら、現実の地方交通の状況を踏まえると、以下の点からこの考え方には慎重な検討が必要である。
 第1に、鉄道や幹線バスといった幹線交通は、一定規模の需要をまとめて効率的に輸送すること、すなわち通勤・通学型の移動を担ってきた。運行頻度や路線、停留所の配置は、多くの利用者が同じ時間帯に同一方向へ移動することを前提としており、通勤・通学などのピーク需要への対応に適している。
 第2は、移動需要の分散化への対応である。通院、買い物、役所手続きといった生活目的型の移動は、時間帯や行き先が個人ごとに異なり、少量かつ多方向に発生する傾向が強い。その結果、定時定路線型の幹線交通では、こうした需要を十分に捉えきれず、運行はされていても利用しにくい状況が生じやすい。
 第3に、停留所や駅までの距離に伴う負担である。幹線交通は運行効率を重視するため、停留所間隔は比較的広く設定される場合が多い。高齢者や身体機能に制約のある人にとっては、数百メートルの徒歩移動や勾配のある道は大きな負担となり、結果として「最寄りに公共交通が存在していても利用できない」状況が生じることがある。
 第4として、運営側の制約と利用者ニーズとの間の調整の難しさが挙げられる。交通事業者は、運転手不足や経営環境の厳しさを背景に、路線の効率化や維持に取り組んでいる。その過程で減便や路線の整理が進むと、利用者にとっての利便性がさらに低下する可能性がある。一方、生活目的型の移動では、自宅の近くから目的地までを必要なときに利用したいという柔軟なニーズが強く、こうした需要は幹線交通の基本的な設計思想とは必ずしも一致しない。
 つまり、「幹」、「枝」は、路線の効率化や維持の面から、利便性の低下が予想されるが、利用者の柔軟なニーズに対応するため、「葉」である地域モビリティで補完し、「幹」、「枝」へ接続していくことが必要となる。

 

3.3 交通構造としての課題とは

 本レポートでは、地方の交通体系を、鉄道や幹線バスといった大量輸送を担う交通を「幹」、それを補完する定期運行やコミュニティバスを「枝」、さらにタクシーやオンデマンド交通など不定期運行を「葉」として整理している。
 「幹」に位置づけられる幹線交通は、地方にとって不可欠な社会インフラであり、通勤・通学や広域移動を支える重要な役割を担っている。一方で、運転手不足や利用者減少、厳しい経営環境を背景に、運行の効率化や路線維持が大きな課題となっている。その結果、減便や路線整理が進み、幹線交通のみで日常生活に必要なすべての移動を支えることは、現実的に難しくなりつつある。
 こうした中で重要となるのが、「枝」や「葉」に位置づけられる交通手段の役割である。支線バスやコミュニティバス、タクシー、オンデマンド交通などは、駅やバス停までのラストワンマイルを補完するとともに、通院や買い物といった生活目的型で分散した移動需要を支える役割を果たす。
 このような「幹」「枝」「葉」との間に生じているギャップを埋める手段として、地域モビリティは重要な位置づけを持つ。幹線交通などと地域モビリティの役割分担を明確にし、相互に補完し合う関係を構築することが、地方全体として持続可能な移動体系を形成する上で不可欠である。今後、地域モビリティは交通体系の末端を補う存在ではなく、地方の暮らしを支える重要な構成要素として、ますますその重要性を高めていくと考えられる。

 

第4章 山梨県における地域モビリティ実装モデル

 従来の公共交通を補完することが期待される地域モビリティは、山梨県内のいくつかの自治体でも導入が進められている。ここではその事例についてまとめる。

 

4.1 山梨県の地域モビリティ事例整理①

 山梨県内の地域モビリティ実証事例を以下のとおり整理する。

① 甲斐市(AIオンデマンド交通実証 & モビリティハブ構想)
🔳目的
  • 既存の市民バス利用率低迷と交通空白への対応。
  • 自動車依存からの脱却に貢献する。乗継ぎに加え、時間を有効活用できる移動拠点として、モビリティマネジメントによる公共交通・健康意識の向上と、キッチンカー等を通じた地方交流の場を創出するモビリティハブを8カ所設置。
  • 公共交通の利用促進による高齢者等の交通弱者・観光客を含めた地方公共交通の確立。
  • 当事者意識の醸成を図る中、産学官民の共創による新しい公共交通モデルを形成し、次世代型モビリティシステムを構築。

🔳事業内容

  • AIオンデマンド交通(かいのり)」の実証運行を実施。
  • 市民バスとAI交通の相互補完による公共交通ネットワーク構築。
  • 市内各所に「甲斐版モビリティハブ」を設置し、乗継ぎ/外出支援/健康・交流イベントと連携し、外出機会の創出や地方のにぎわいづくりを促進。
  • 乗換ポイントは、指定のバス停(23か所)と地域ゴミステーションなどに停留所(約100か所)を設置。

🔳特徴

 甲斐市では、JRなどの幹線交通(幹)、市民バス(枝)とAIオンデマンド交通(葉)を組み合わせた構造が特徴である。市民バスが一定のルート・時間帯で地方をカバーし(枝)、その利用が難しい時間帯や場所を、オンデマンド交通(葉)が補完する。
 さらに、モビリティハブ構想により、「葉→枝→幹」への接続を意識した交通体系の再設計を進めている点が特徴である。ラストワンマイル問題にも踏み込んでおり、地域モビリティを単独で完結させるのではなく、交通全体のつながりを強化する試みと言える。

図4-1 運賃表

※障がいのある人、運転免許証自主返納者等は手帳又は運転経歴証明書の提示で半額とする。 出典:甲斐市HP

 

図4-2 導入車両

出典:甲斐市HP

 

図4-3 地域モビリティハブ(JR竜王駅)

出典:甲斐市HP

 

② 笛吹市(AIデマンド交通「のるーと笛吹」)

🔳目的

  • 交通弱者(高齢者・障がい者等)の移動需要にこたえるためと公共交通空白地帯の解消、利便性向上を図るため、AIデマンド交通を導入。

🔳事業内容

  • 予約型デマンド交通サービス「のるーと笛吹」を運行(電話・アプリ・LINEで予約)。
  • 固定路線や時刻表なしで、AIが利用者の希望に合わせて最適ルートを生成して運行。
  • 乗降ポイントは324カ所以上(公共施設・病院・スーパー等)。

🔳特徴

 この事業も、路線バス(幹・枝)では対応しきれない生活移動を支える「葉」の交通に位置づけられる。幹線・支線バスではカバーしにくい生活道路まで入り込み、予約に応じて運行することで、通院・買物など分散した需要に対応している。結果として、既存の「幹」「枝」を維持しながら、その隙間を埋める役割を果たしており、交通空白の発生を抑える補完型モデルといえる。

図4-4 運賃表

出典:笛吹市HP

 

図4-5 利用者数

出典:笛吹市「広報ふえふき」2025年7月号

 

図4-6 利用者年齢別割合

 

出典:笛吹市「広報ふえふき」2025年7月号

 利用年齢者層は、第1位が80代で17.4%、2位が70代で16.8%。60代以上が52%と半分を占めている。

 

図4-7 導入車両

    出典:笛吹市HPより

     

    ③ 丹波山村(グリーンスローモビリティ(環境配慮型小型EV))

    🔳目的

    • 地方交通が希薄な山間地域の移動手段確保(交通弱者支援)。
    • 住民の外出促進と交流・健康増進の支援。
    • 環境配慮型モビリティの導入検証。

    🔳事業内容

    • 時速20km未満の公道走行が可能な電動小型車(グリーンスローモビリティ)を試験運行。
    • 住民に体験してもらい本格導入のニーズ把握と改善点の確認を実施。

    🔳特徴

     丹波山村では、鉄道や路線バス(幹)が極めて限定的であるため、グリーンスローモビリティが実質的にそれらとつなぐ「葉」として生活移動を支える構造となっている。小型・低速の電動車両を用い、高齢者の外出や集落内移動を中心に対応する。ここでは「幹・枝」を前提とするのではなく、「葉」を基点に最低限の生活移動を確保するモデルとして位置づけられる。

    🔳運賃:無料

    図4-8 導入車両

    出典:丹波山村HPより

     

    4.2 山梨県における地域モビリティ事例整理②

    以上の山梨県内での導入事例について比較検証する。

     

    図4-9 山梨県自治体別地域モビリティ比較表

     

    第5章 持続可能な地域モビリティの導入法

     これまで述べてきたとおり、地域モビリティを市町村に導入する際には、既存の公共交通を置き換える発想ではなく、鉄道や幹線バスといった大量輸送を担う交通を「幹」、それを補完する支線バスやコミュニティバスを「枝」、さらに生活に密着した移動を担うオンデマンド交通等を「葉」として整理したうえで、交通体系全体を再設計する視点が不可欠である。ここでは、この「幹・枝・葉」の構造を前提に、交通体系全体を再設計しながら地域モビリティを導入するためのプロセスを4段階に整理する。

     

    5.1 第1段階 地方交通構造の把握(幹・枝・葉の現状整理)

     最初に行うべきは、地方における交通体系を「幹・枝・葉」の視点で整理することである。鉄道や幹線バスがどこまで機能しているのか(幹)、コミュニティバス等がどの範囲を補完しているのか(枝)、そして生活移動を担う「葉」の部分がどこで不足しているのかを明確にする。この段階では、人口分布、高齢化率、免許返納状況、交通空白地の分布を重ね合わせ、「幹や枝があっても葉が欠けている場所」を可視化することが重要である。市町村において最も重要なのは、拙速な本格導入を避けることである。

     

    5.2 第2段階 地域モビリティの役割定義(葉としての位置づけ)

    次に、地域モビリティを交通体系のどこに位置づけるかを明確にする。地域モビリティは、幹や枝を代替する存在ではなく、それらにつながる「葉」として、ラストワンマイルや生活目的型移動を支える役割を担う。この段階では、「誰の」「どの移動」を支えるのかを明確にし、通院・買物など、定時定路線では対応しにくい移動を主対象とする導入コンセプトを設定することが求められる。

     

    5.3 第3段階 実証実験による葉の機能検証と社会受容性の確認

     地域モビリティの役割を定義したうえで、小規模な実証実験を通じて「葉」として適切に機能するかを検証する。試乗会や限定運行により、幹・枝との接続性、利用しやすさ、安全性を住民自身が体験することで、地域モビリティへの理解と信頼を醸成する。この段階では、利用実績や運行コストを把握し、「どの程度の葉があれば生活移動が支えられるのか」を検証することも重要となる。

     

    5.4 第4段階 幹・枝・葉が連動する持続可能な制度設計

     最後に、実証結果を踏まえて本格運行に移行する。この段階では、地域モビリティを単独事業として捉えるのではなく、幹・枝・葉が相互に補完し合う交通体系として制度化することが重要である。地方公共交通計画への位置づけや、医療・福祉・商業分野との連携、複合的な財源確保を通じて、「葉」としての地域モビリティを地方の社会基盤として定着させていくことも重要である。

     

    5.5 先行事例

     上記の議論を踏まえた成功事例として、ここでは複合事業として成立している地域モビリティの取組を紹介する。これまで述べてきたとおり、地域モビリティを「交通単体で黒字化を目指す事業」として捉えることには大きな難しさがある。通院や買い物といった生活目的型の移動は、利用時間帯や行き先が分散しやすく、運賃水準も低く抑えざるを得ないため、運賃収入のみで安定的な採算を確保することは現実的ではない。このため、地域モビリティは公共サービスとしての性格を持ち、行政による支援や他分野との連携を前提に設計されるべきであると考えられる。
     こうした考え方として、トヨタグループの自動車部品メーカである株式会社アイシンが展開しているデマンド型交通事業「チョイソコ」が挙げられる。同サービスでは、運賃収入に加え、地域内の企業、医療機関、商業施設などが「エリアスポンサー」として参画し、協賛金を拠出する仕組みを導入している。これにより運営コストを多様な主体で分担するビジネスモデルが構築されており、スポンサー側は送客効果や地方貢献といった価値を得ることができる。モビリティ事業が地方経済と連動しながら成立している点が大きな特徴である。
     さらに「チョイソコ」は、複数の効果を同時に生み出す設計となっている。具体的には、自治体とスポンサー企業が連携して、単純な移動にとどまらないイベントや体験機会を提供することで、外出機会の創出につなげている。また、施設や店舗への来訪動機が高まることで、食事や買物といった地域内消費の促進にも寄与している。加えて、一部地域では弁当配達と組み合わせた見守り機能を付加するなど、移動支援と福祉的機能を統合した「地域支援・見守り」の役割も果たしている。
     こうした複合的な価値創出により、同サービスは実証実験にとどまらず、全国各地で継続的な運行が行われている。本事例は、地域モビリティを「赤字になりやすい交通施策」として捉えるのではなく、「地方全体の価値を高める総合的な事業」として再定義することの重要性を示す好例であるといえる。

     

    図5-1 チョイソコ図

    出典:チョイソコHPより

     

    第6章 総括

     地域モビリティの導入は、「幹・枝・葉」という交通構造を踏まえた段階的な設計によってはじめて効果を発揮する。地域モビリティは、地方全体の移動の持続性を支える重要な構成要素として位置づけられるものである。特に高齢化や人口減少が進む山梨県において、地方で安心して暮らし続けるために必要な移動を支える「セーフティネット」であり、基盤的インフラの一部を成すものといえる。
     その実現には、自治体がそれぞれの役割を担い、地方特性に応じた段階的な実装を進めることが欠かせない。加えて、自治体だけでなく、住民、交通事業者、企業、医療・福祉関係者など、地方に関わる多様な主体が力を持ち寄り連携することが重要である。全国の先行事例から学びつつ、地方に合った形で工夫を重ねていくことが、未来へとつながる道となる。
     地域モビリティを通じて、人と人、地方と地方が結び直され、支え合いながら発展していく。その実現のためには、自治体と住民をはじめとする地方全体の協働がますます欠かせなくなっていく現実がすぐそこまで来ている。