Vol.331 産地とともに歩む――ワイン醸造と地域の未来
勝沼醸造株式会社 代表取締役会長 有賀雄二
はじめに
有名なRIEDEL(リーデル)のワイングラスに、甲州ワイン用の商品があることをご存知でしょうか。
2003年、リーデル家第10代当主のゲオルグ・リーデル氏を当社のワイングラスギャラリーに案内した際、意気投合して甲州ワインを試飲しました。そこで、「このワインに最も合うグラスはこれだ」と「ヴィノムのソーヴィニヨン・ブラン(6416/33)」というグラスを推奨してくださったのが始まりです。
当時、ギャラリーにはリーデルのグラス37種類、デキャンタ20種類を展示していました(写真1)。ゲオルグ氏は大変喜び、また「甲州」の歴史や特長の説明にもたいへん興味深そうに聞き入ってくれたことを覚えています。甲州種が2010年にOIV(国際ブドウ・ワイン機構)のブドウ品種リストにも登録されたことを受け、「甲州」用グラスはリーデルのグラスカタログにも掲載、販売されています(写真2)。
2003年、リーデル家第10代当主のゲオルグ・リーデル氏を当社のワイングラスギャラリーに案内した際、意気投合して甲州ワインを試飲しました。そこで、「このワインに最も合うグラスはこれだ」と「ヴィノムのソーヴィニヨン・ブラン(6416/33)」というグラスを推奨してくださったのが始まりです。
当時、ギャラリーにはリーデルのグラス37種類、デキャンタ20種類を展示していました(写真1)。ゲオルグ氏は大変喜び、また「甲州」の歴史や特長の説明にもたいへん興味深そうに聞き入ってくれたことを覚えています。甲州種が2010年にOIV(国際ブドウ・ワイン機構)のブドウ品種リストにも登録されたことを受け、「甲州」用グラスはリーデルのグラスカタログにも掲載、販売されています(写真2)。
写真1 RIEDEL社のグラスを壁面に並べて紹介する「ワイングラスギャラリー」。初代甲州用グラスを定めた第10代リーデル家当主が来訪した際の写真も飾られている。
写真2 「甲州」用グラスとして販売されているRIEDELグラス
その後、2018年4月には、リーデル家第11代当主のマキシミリアン・リーデル氏が来日し、甲州市勝沼町でワイナリー22社・39名の専門家と共に甲州ワインに合うグラスを決めるワークショップ(テイスティング)を行いました。
当時の様子はリーデルジャパンの公式YouTubeで視聴できます。(https://www.youtube.com/watch?v=WuWb-3OyoEg)
当時の様子はリーデルジャパンの公式YouTubeで視聴できます。(https://www.youtube.com/watch?v=WuWb-3OyoEg)
日本ワインは「内向き」である必要はない
長い間、日本のワインは国内でしか消費されないものだと考えられてきました。しかし、ワインには本来「国際商品」という性質があります。そしてもう一つ、ワインは「食との関わりを楽しむもの」でもあります。この2つの特性を考えれば、日本のワインは決して閉塞的である必要はありません。
和食が世界に広がる中、海外の和食店で最も飲まれているのは日本酒ではなく圧倒的にワインです。しかし、それは日本のワインではなく、フランスだったり、イタリアだったりします。
和食が世界に広がる中、海外の和食店で最も飲まれているのは日本酒ではなく圧倒的にワインです。しかし、それは日本のワインではなく、フランスだったり、イタリアだったりします。
本来、和食には日本の風土で造られたワインの方が相性が良いはずです。実際、これまで行われてきた和食とワインのペアリングの試みを通じて、その相性の良さは繰り返し実証されてきました。
それにもかかわらず、京都の料亭などで提供されているのは、依然としてフランスワインが中心です。これは品質の問題というよりも、多くの人の中で「ワイン=フランス」といった知識やブランドイメージが先行し、選択が固定化してしまっているからです。多くの人はワインを「舌」ではなく「耳と頭」で、つまりブランド名で飲んでいるということなのでしょう。
しかし、和食に合うかどうかという合理性だけでは、市場は動かない。ワインは嗜好品であり、文化や信頼、そしてブランドによって選ばれる商品でもあるのです。
この状況を打破するためには、個々のワイナリーが評価されるだけでは足りません。産地名そのものが「選ばれる理由」として認知され、信頼される必要があります。
例えばイタリアのバローロという村は、人口700人程度の小さな村ですが、世界中のワイン愛好家でその名を知らない人はいません。バローロという産地名そのものが品質の保証となり、ワインを選ぶ際の強い動機になっているのです。
同じように、世界で「山梨」という名がワイン産地としてブランドになり、人々の記憶に響くようになること――それこそが、本来の意味での「産地の力」だと私は考えています。
しかし、和食に合うかどうかという合理性だけでは、市場は動かない。ワインは嗜好品であり、文化や信頼、そしてブランドによって選ばれる商品でもあるのです。
この状況を打破するためには、個々のワイナリーが評価されるだけでは足りません。産地名そのものが「選ばれる理由」として認知され、信頼される必要があります。
例えばイタリアのバローロという村は、人口700人程度の小さな村ですが、世界中のワイン愛好家でその名を知らない人はいません。バローロという産地名そのものが品質の保証となり、ワインを選ぶ際の強い動機になっているのです。
同じように、世界で「山梨」という名がワイン産地としてブランドになり、人々の記憶に響くようになること――それこそが、本来の意味での「産地の力」だと私は考えています。
少しでもそうなるために、当社は勝沼で直営のレストランを開設したり、帝国ホテルにオリジナルワインを納入したりといった取り組みを続けてきました。前述のとおり、リーデル家当主が甲州ワインを試飲し、「このワインに最もふさわしいグラスはこれだ」と推奨してくださったことから、リーデルの公式カタログに「甲州」用グラスとして掲載されるまでに至ったのも、こうした仕掛けの1つでした。
このように勝沼、そして日本ワインの認知度を広める努力を重ねてきたものの、日本における日常の食生活とワインとの距離は、まだまだ遠いと感じます。むしろ近年では、ワイン文化が根づいている欧州の国々の方が、日本ワインの価値に気づき、正当に評価してくれる可能性が高いのではないかとも思うようになりました。
そのため近年は、JAL国際線への提供や、これまでわずかだった輸出を見直す視点など、海外展開を意識した取り組みも進めています。ワイン文化のある国で評価され、そこでブランドとして認知されることが、結果として産地の価値を押し上げる近道になると考えています。
音楽やファッションの世界を見ても、世界に通用するジャパンブランドの多くは、日本で育ったのではなく、世界で育てられたものです。日本のワインも、そうした道をたどるのが最も早いのではないか、ということです。
ただ、早いといってもある程度の時間はかかります。おそらく10年は必要でしょう。しかし、その10年をワイナリー経営が耐えられるのか。そこが一番の問題です。
「売れるワイン」と「良いワイン」の狭間で
輸入された安価なワインや濃縮ブドウ果汁を使った安価なワインは、確かに売れるかもしれません。こうした「売れるワイン」を大量に売るほうがどれだけ楽かもわかっています。
しかし、それは私が考える「良いワイン」――地域で栽培されたブドウを使い、手間と時間をかけて醸造したワイン――とは別物です。「売れるワイン」をつくることは魂を売るような行為に思えてしまうのです。
良いものをつくれば評価され、価格が守られ、産地が育つ。この循環が、日本ではまだ十分に機能していません。もちろん市場はありますが、その市場が品質や土地の価値を正当に評価する段階にはまだ至っていないのです。売れるワインが求められる一方で、良いワインが正当に評価される仕組みが弱い。その矛盾が、ワイナリー経営の難しさを一層深めているように思います。
「この国にはマーケットはあっても、文化(スタンダード)がない。スタンダードがずれたまま理想を追い続けるワイナリー経営は、合理性を超えた『愚かさ』を伴う挑戦なのかもしれない」、そう感じることすらあります。
ワイナリーは増え続け、日本ワインも店頭に並ぶようになった。それをワイン文化が定着したのだと誤認していたのかもしれません。ワイナリーは増え続けていますが、市場自体は広がっていないのです。それは私たち自身が、生産者の増加や話題性と、市場の成長や文化の定着とを無意識のうちに混同してきた側面もあるからかもしれません。
「ワイン県」、「GI Yamanashi」のその先へ
山梨県は「ワイン県」を標ぼうし、日本一の産地を自負しています。しかし、北海道や長野県といった新興産地の台頭や、温暖化の影響により、その立場は揺らぎつつあります。消費者の間では「今やワインは北海道」という声すら聞かれます。
「ワイン県」ということ自体はとても良いことだと思います。しかし、この言葉は、我々関係者の自尊心のためではなく、ワインに馴染みのない人々に向けて発信されるべきものです。目指すべきは、イタリアのバローロのように、世界中の誰もが知る、日本のワイン産地です。
そのためには、産地としてのブランド価値を守り、品質と価格の整合性を確保する仕組みが不可欠です。参考となるのが、フランスのA.O.C制度です。
A.O.C(Appellation d’Origine Contrôlée)とはフランスのワイン法に基づく格付け制度の1つです。産地の名前に「A.O.C」を冠するには、生産地、ブドウ品種、収穫量、醸造方法、試飲検査など厳しい品質基準を満たす必要があります。2008年以降はA.O.P.(Appellation d’Origine Protégée)という表記も用いられていますが、考え方は同様です(図1)。この法整備に基づく格付けが機能していることで、品質だけでなく価格も守られ、産業として成立しやすくなっているのです。結果として産地の価値が維持され、高コストな商品づくりであっても経営を継続しやすい土壌が生まれています。
図1 フランス、欧州で行われている法による格付け制度

日本にもGI(地理的表示)制度があり、「GI Yamanashi」も存在します。しかし現状では、GIがブランド価値を高め、価格形成を支える仕組みとして十分に機能しているとは言い難い状況です。
その理由の一つは、(ワイン法がなく)産地表示としての基準は整備されているものの、品質の段階的な評価や格付けの仕組みが設けられていない点にあります。そのため、品質の幅が広く、結果としてGIの名称自体が価格や評価の指標になりにくいという課題があります。
私自身も毎月審査に出品していますが、現行制度は「産地保証」としては機能している一方で、「ブランド価値を高める仕組み」としては改善の余地があると感じています。
もし、格付け制度が明確にあれば、たとえ3,000円を超える価格でも、消費者も納得して購入してくれるはずです。そうすることで、信念を持って長く続けてきた生産者に、きちんと光が当たるのではないでしょうか。
産業を守るための新しい経営モデル
私のワイナリーは、1937年に個人醸造を始めてから約90年になります。長く続けるということは伝統文化に似ていると感じています。
先人たちがいて、代々やってきたものの積み重ねの上に、今がある。礎の価値を忘れてはいけないと思うのです。
だからといって、新しいワイナリーを否定するつもりもありません。ただ、多くの場合、ワイン好きが高じて始め、世間も同じようにワイン好きだと思い込み、現実の厳しさに直面することになります。
特に近年、特区制度のある長野県では小規模ワイナリーが急増していますが、10年続くかどうかが一つの分岐点になるでしょう。
経営の観点から考えると、ワイン産業においては新しい経営の形も必要になってきています。
小規模な新規ワイナリーが増える一方で、ワイン単独で安定した収益を確保することは決して容易ではありません。そのため近年は、ワイン事業以外に収益源を持つ企業が、ワイナリー経営に参入する事例も見られるようになりました。
山梨県甲州市のMGVsワイナリーは、半導体企業である株式会社塩山製作所が運営しています。本業で培った資本力や経営ノウハウを背景に、ワイン造りを単なる農業・醸造業としてではなく、地域資源の活用やブランド形成の一環として位置づけている点が特徴です。
このようなモデルは、経営の安定性を高めるだけでなく、結果として産業全体の継続性を支える可能性を持っています。
当社はワイン一筋で歩んできましたが、これから新たにワイナリー経営を始める場合には、この産業とこの土地を守り続けていくために、多様な経営のかたちや異なる分野との連携といった視点も、より一層重要になると考えています。
土地とともに生きる――ワイン造りと地域の未来
最近は、若者やインバウンドの来訪者の間でも、少しずつワインへの関心が広がっています。それは単なる嗜好の変化にとどまらず、土地の個性や本物の価値を求める動きとも重なっているように感じます。
ワインとは、その土地の自然を形にしたものです。フランスのロマネ・コンティは、日本ではつくることができません。そして、この「自然を形にする」仕事は、毎年同じものができるわけでもなく、「これが最高」という終わりもありません。それこそが、ワインづくりの魅力でもあります。
日本には、日本のロマネ・コンティがあるはずです。「最高のものを追い続ける」という信念だけは決して変えられない。その価値を、既存の愛好家だけでなく、新しい世代にもどう伝えていくか。
これはワイン造りに限らず、地域づくりにも共通する課題ではないでしょうか。
最後に、当社・勝沼醸造の公式サイトの冒頭文を紹介します。
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私たちは、企業理念として「人々に感動を与えるワイナリーの創造」を掲げています。
「たとえ一樽でも最高のものを。 この想いはいつまでも変わりません。」私たちは小さなワイナリーであることに誇りを持ち、勝沼の自然の恩恵を生かすワインづくりに励んできました。甲州に特化し、甲州で世界へ。 これからも、私たちは勝沼の風土に根ざし、世界中の人々に感動を与えるワイナリーであり続けたいと思っています。
ワイン。それは、人と自然のかかわりによる表現である。
この想いは、創業以来変わっていません。
私は、先日、代表取締役社長を息子に譲り、会長となりましたが、勝沼醸造の理念はこれからも揺らぐことはないでしょう。
地場産業とは、「その土地を守り、価値を育て、次代へ引き継ぐ営み」です。先代の営みを土台にテロワールの魅力を深めていくことが、地域の持続性につながります。
ワインづくりも地域づくりも、本質は同じです。土地と向き合い、その価値を磨き続け、未来へと手渡していく。その歩みを、これからも大切にしていきたいと思います。
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