Vol.332 日本人の協調性 ―個人の幸福度を高めるための相互協調性を考える―
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 日原 智香
1.はじめに
日本人は協調性が高い。そう言うと堅苦しいが、「空気を読む」「周りに合わせる」「人の目を気にする」など、周囲を意識して自らの行動を決定する姿勢がそれである。
こうした姿勢は、人々の幸せにとってポジティブにもネガティブにも作用すると考えられる。例えば、異なる意見や立場を持つ者同士がお互いを尊重し合い、より良い結論を探っていく姿勢は集団にとって建設的で、ポジティブである。一方で、そもそも意見を述べること自体が集団において軋轢を生むと考え、何も主張できずに不本意な結論を受け入れることは個人にとってネガティブであるし、新たな意見が生まれないので集団にとってもネガティブである。つまり、「積極的な協調性」は集団に相乗的な効果をもたらし得るが、「消極的な協調性」は個人に不本意を強いたり、集団にも不利益をもたらしかねない。この協調性の違いについて、本稿では以下のとおり定義する。
- 他者と関わり合うために積極的に自己発信する傾向 →「積極的協調性」
- 対人摩擦を回避するために自己主張を抑制する傾向 →「消極的協調性」
現代の日本においては、どちらかというとこの消極的協調性に身に覚えのある人が多いのではないだろうか。意見を発信する場面だけでなく、「自分が人並みであるか」「まわりと上手く関係を築けているか」など、人の目を気にするメンタリティーも個人にとってポジティブに作用するとは言い難い。周囲を重んじる心は本来、集団社会を生き抜く術として利得であるべきはずが、現代においてはそれが個人の幸福度を押し下げる一因となっている可能性がある。そこで、本稿では、個人の幸福度を高める相互協調性とは何かを改めて考察していきたい。
2.学術的見解
そもそも、日本人は他の国と比べて協調性が高いのだろうか。高いのならばその理由はなぜか。文化心理学や社会心理学など、学術的な観点から日本人の協調性に関する研究を行った事例をいくつか参照する。
「稲作理論」
アメリカの文化心理学者トマス・タルヘルムが2014年に提唱した理論で、中国の異なる地域出身の人々を比較研究した結果、その地域において主に生産されている作物の違いが人々の性格や価値観に影響することが明らかになった。
同研究では、中国6か所の異なる地域出身の学生1,162人を対象にいくつかのテストを行った。あるテストでは学生に、「列車」「バス」「線路」など三つ一組にした言葉を見せ、その中で共通点のある二つを組み合わせるよう指示した。その結果、稲作地域出身の学生は「列車と線路」のように具体的な関係に基づいた組み合わせをする傾向があったのに対し、小麦生産地域出身の学生は、「列車とバス」のように抽象的な類似性に基づいた組み合わせを選んだ。また、自分とつながりがある人々を円で描いてもらうテストでは、稲作地域出身の学生は自分自身を他者よりもやや小さな円で表したのに対し、小麦生産地域出身の学生は、自分自身を他者よりも大きな円で表したという。
稲作は全体的な労力が麦作よりも大きく、周囲との協力が必要不可欠である。農家はお互いに連携して入り組んだ用水路を整備したり、家同士で作業を手伝ったりしなければ成り立たない。このようなチームワークの必要性は相互依存的、集団主義的性質を育む。対して麦作は、他の農家と連携しなくとも個々で栽培できるため、自立的、個人主義的な性質を育むと推測された。こうした違いは長江を挟んで隣り合う地域間でも見られ、気候や言語といった他の要因は除外されると考えられた。
本研究においては、長い稲作の歴史を持つ国は他の国々に比べて相互依存的で、個人主義の傾向は小さいと提唱している。日本人の「周囲との関係を重んじ、お互いに協力し合う」といった積極的協調性は、稲作を中心とした日本という環境において、生きる術として育まれた性質であることがわかる。
「恥の文化」
アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、1946年に出版した著書『菊と刀(The Chrysanthemum and the Sword)』において、第二次世界大戦下における日本社会を「恥の文化」と表現している。「恥の文化」とは、他人からどう見られるかといった世間体や体面などを判断基準として行動することを指し、日本人の行動様式には恥をかかない・かかせないといった「恥」の道徳律が内面化されていると指摘した。その対となるのが西欧文化の典型となる「罪の文化」で、こちらは行動の判断基準が自己の良心であるとしている。「罪の文化」では自らの良心に従って行動するため、たとえ自分の罪が露見していなくとも罪悪感を抱くが、「恥の文化」では罪が露見しなければ恥ではなく、思いわずらうことさえないと提唱した。
ただし、近年の文化研究ではこれを一概に支持していない。どの国においても世間体や罪悪感はそれぞれ存在し、文化は混合しているもので、本論は文化の傾向の違いを示す程度にとどまると理解されている。
「文化的自己観」
「文化的自己観」とは、ある文化において歴史的に作り出され、暗黙のうちに共有されている人間観のことを指し、主に文化心理学や社会心理学で用いられる概念である。この文化的自己観に立脚する分析モデルとして、アメリカと日本の社会心理学者ヘイゼル・ローズ・マーカスと北山忍が提唱した「相互独立的自己観(independent construal of self)」と「相互協調的自己観(interdependent construal of self)」がある。彼らは、文化によって自己の捉え方は異なるとし、それぞれのタイプを以下のとおり整理している。
相互独立的自己観は、「自分とは独立したひとつの存在である」と認識するのに対して、相互協調的自己観は、「自分は他者との関係のなかで成り立つ」と認識する。周囲との関係性を重んじる日本人は、まさに相互協調的自己観をもった文化圏に存在すると言える。
3.幸福度と協調性の関係
こうした日本人の協調性は、幸福度とどのように関連しているのだろうか。
ポジティブ心理学の父と呼ばれるアメリカの心理学者マーティン・セリグマンは、人間が真に幸せ(≒well-being)になるために必要な5つの要素を「PERMAモデル」として提唱した。そこには、「Relationships(良好な人間関係)」や「Meaning(意味・目的)」といった周囲との関係性によって達成される要素も含まれる。
また、京都大学教授の内田由紀子によると、日本文化における幸福の条件として、「自分自身の個人的な価値に注目することよりも、他者と上手くいっているかなどの協調的な幸福感が重要である」としている。日本人は、事物にまつわる状況や背景、または事物間の関係に注意を自動的に向ける認知基盤を持っており、これは、自身の幸福度を判断する際にも周囲との相対的な比較を行おうとする傾向と結びついているのだという。
つまり、日本人にとって周囲との「良好な人間関係」を構築するための積極的協調性は、個人の幸福度を高め得る重要な要素である。
4.現代における若者の協調性
一方で、現代の日本の若者においては、幸福度を高める積極的協調性ではなく、周囲との関係を希薄にする消極的協調性が高まっている様子がうかがえる。
博報堂生活総合研究所の「若者調査」によると、意見の対立を避け、自己の主張を控える摩擦回避の傾向は以前より増しているという。19~22歳の未婚男女を対象に、若者の価値観や意識・行動の変化をたどるアンケートを実施したところ、「相手と意見が違っても、反論はしない方だ」「自分の考えと合わない人と一緒にいることは避けている」と答えた割合は、1994年と2024年を比較するとどちらも顕著に上昇した。また、「ひとりだけ目立つ格好をすることは恥ずかしい」「他の人と同じような服を着ていても気にならない」といった、人目を気にして目立つことを嫌う姿勢も同様に増している。

30年前と比較すると、デジタル化が急速に進展した現代は圧倒的に「相互監視社会」である。特に、今の若者たちは生まれる前からインターネットが普及している。一人1台スマートフォンを持つことが当たり前で、個人情報はSNSによって気軽に拡散されてしまう。コロナ禍における「マスク警察」や「自粛警察」といった風潮は、SNSを駆使して私的に他者を糾弾する、まさに現代における相互監視社会を象徴した事例であったと言えよう。溢れかえる情報に晒されるなかで、若者たちが自己主張を控え、対人関係における摩擦を避けるようになったのは、いわば自分を護るためのリスクヘッジである。
教育心理学の観点から日本文化における相互独立性・相互協調性の発達過程を研究した事例によると、日本人の相互協調性は中学生から大学生にかけて相互独立性を上回り、その傾向は若年成人期まで継続するという。10~20歳代は日本文化においてそもそも相互協調性が高まる年代であり、そこに現代の相互監視社会が拍車をかけ、若者の相互協調性が「摩擦を避ける」「人の目を気にする」といった消極的な方面へ助長されていると考えられる。
消極的協調性から他者との深い交流を遠ざけてしまうことは、日本文化において重要な協調的幸福感を押し下げる要因となりかねない。特に、現代の若者においては、消極的協調性を重んじるがゆえに積極的協調性が薄まり、個人の幸福度が低減される「協調性のパラドックス」が生じている可能性が考えられる。実際に、本研究所が2025年に実施した山梨県民対象のアンケート結果をみると、現在及び5年後の幸福度が最も低いのは18~29歳の若年層であった。

この結果をみると、若者における消極的協調性の増幅が個人の幸福度を押し下げる一因となり、他の世代よりも幸福度が低くなっている可能性があると考えられる。
若者たちが抱えているであろう「協調性のパラドックス」を解消するためには、個人の幸福度を高めるために重んじるべき相互協調性とは何か、今一度明示する必要がある。
5.まとめ
社会心理学研究の第一人者である山岸俊男は、著書『安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方』のなかで、「信頼」と「安心」を次のように定義している。「信頼」とは、「相手の人格や行動傾向の評価に基づく、相手の意図に対する期待」のことで、「安心」とは、「相手の損得勘定に基づく相手の行動に対する期待」のことである。つまり、「裏切れば損をするのは相手」という外堀が埋められたうえで「相手が自分を裏切ることはないだろう」と相手の行動を予測することが「安心」である。それに対して、相手の人格やこれまでの行動に賭け、「相手は自分を裏切らないだろう」と相手の意図を信じることが「信頼」である。
この「信頼」は、「自分は裏切られて損をするかもしれない」といった不確実性の高い社会であればあるほど意味を持つとされている。自分が裏切られる可能性がない状況下においては、そもそも相手を信頼する必要がないからである。山岸氏は同著のなかで、日本の「村八分」や「郷に入っては郷に従え」といった排他的な「安心社会」は崩壊を迎え、他者を受け入れて信じることで得を招く「信頼社会」へ移行することの重要性を説いている。VUCA(不確実な時代)と言われる現代は、まさに「信頼」こそが重要な意味を成す時代の到来と言えるのではないだろうか。
他者を信頼する姿勢を身に着けるためには、他者と積極的に交流し、信頼に足る人物とはどのような人であるかを見極める審美眼を養う必要がある。自分と意見が合わなくても反論しない、意見が合わないと分かれば距離を置くような消極的協調性を重んじていては、自分ではない他者を理解する能力を養うことはできない。信じた結果裏切られ、短期的には損を被ったとしても、人生という長い目で見れば、人を見る目を養うひとつの経験として蓄積される。そうした目先の不利益を乗り越えた先に、深みのある人間関係が構築され、そこには「Relationships(良好な人間関係)」や「Meaning(意味・目的)」といった幸福の要素が含まれるはずだ。
もちろん、他者ばかりを優先する自己犠牲的な姿勢を推奨しているわけではない。自分自身を尊重する心を第一に持ったうえで、自分を含めた社会全体がより幸せになるために他者と協調する。多くの他者と関わり、自分という個性を深めていくことこそが「積極的協調性」であり、個人の幸福度を高める「相互協調性」であると筆者は考える。
【参考資料】
- 『Science』第344巻、第6184号(2014年5月発刊)
- 『日本文化における相互独立性・相互協調性の発達過程』奈良大学教授 高田利武(1999)
- 『相互協調性の自己維持メカニズム』北海道大学、日本学術振興会特別研究員 橋本博文(2011)
- 『日本文化における幸福感』京都大学教授 内田由紀子(2011)
- 『日本における文化的幸福感と幸福度指標』京都大学教授 内田由紀子(2012)
- 「若者30年変化 Z世代を動かす「母」と「同性」」博報堂生活総合研究所(2024)
- 『安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方』中公新書 山岸俊男(1999)

