Vol.334 人口減少社会における地方中小企業の価値創造と人材戦略 ―人的資本経営の視点から―


公益財団法人 山梨総合研究所 
理事長 今井 久

はじめに

 人口減少の進行により、地方中小企業を取り巻く経営環境は一層厳しさを増している。とりわけ、生産年齢人口の減少は慢性的な人手不足をもたらし、多くの企業が採用難や事業継続への不安に直面している。
 これに対し、従来は採用手法の改善や労働条件の見直しなど、「いかに人材を確保するか」に主眼を置いた議論が中心であった。しかしながら、人口減少が不可逆的に進行する中においては、単に人材の量的確保を図るだけでは限界がある。
 むしろ重要なのは、限られた人材でいかに高い付加価値を創出するか、すなわち企業の価値創造のあり方そのものを問い直すことである。
 そして、この付加価値創造のあり方は、求められる人材像や人材育成の方向性を規定する。すなわち、人材戦略は独立した課題ではなく、企業の価値創造戦略と不可分に結びついているといえる。
 本稿では、人口減少社会における地方中小企業の人材戦略について、人材確保および人材育成の観点から整理する。あわせて、具体的事例として県内でカスタムウェアの販売・作製を手がける株式会社フォーカスの取り組みを取り上げ、人材戦略と価値創造の相互関係を明らかにすることを目的とする。

 

章 人口減少社会における地方中小企業の構造変化

(1)人口減少と地域経済への影響

 我が国では少子高齢化の進行に伴い、総人口の減少が続いている。とりわけ地方圏では、若年層の都市部流出と出生数減少が重なり、生産年齢人口の縮小が急速に進行している。このことは地域経済に多面的な影響を及ぼしており、地方中小企業にとっては深刻な経営環境の変化を意味している。
 まず、地域市場そのものが縮小している。人口減少は消費需要の減少につながり、従来型の地域内需要に依存した事業モデルは維持が困難になりつつある。また、高齢化の進展は消費構造を変化させ、従来のサービスや商品構成では対応できない場面も増えている。
 さらに、生産年齢人口の減少は、労働供給制約を直接的にもたらしている。人材不足は一時的な景気変動によるものではなく、構造的・長期的な問題となっており、地方企業は慢性的な採用難に直面している。特に中小企業では、大企業に比べて賃金や福利厚生面で不利な場合も多く、人材獲得競争において厳しい立場に置かれている。
 加えて、後継者不足による事業承継問題も深刻化している。地域経済を支えてきた中小企業が廃業に至るケースも少なくなく、地域産業基盤そのものの維持が課題となっている。

 

(2)地方中小企業における人材課題

 こうした人口構造の変化の中で、地方中小企業の人材課題は一層複雑化している。従来は景気回復局面における一時的な人手不足として認識されることもあったが、現在では恒常的な経営課題として位置づけられるようになっている。
 特に若年層の都市部流出は、地方企業にとって深刻である。大学進学や就職を契機として都市部へ移動した人材が地域へ戻らない傾向が続いており、地域内での人材循環が弱まっている。この結果、地域企業では採用対象そのものが減少し、人材確保が困難となっている。
 また、多くの地方中小企業では、特定の熟練従業員への依存度が高い。属人的な業務運営が残る中で、高齢化や退職による技能継承の問題が顕在化している。特に製造業や建設業、地域サービス業では、暗黙知として蓄積されてきた技術やノウハウの継承が重要な課題となっている。
 さらに、人材不足は単に労働力の量的不足にとどまらず、新規事業への挑戦を担う人材不足という形でも表れている。人口減少社会に対応するためには、生産性向上や高付加価値化が求められるが、それを推進できる人材の確保・育成が追いついていない状況にある。

 

)「量的確保」中心の人材戦略の限界

 これまで地方中小企業の人材戦略は、主として「いかに人を確保するか」に焦点が置かれてきた。採用広報の強化、賃金引き上げ、福利厚生改善など、労働市場における競争力向上を通じた人材獲得が重視されてきたのである。
 しかしながら、人口減少が構造的かつ不可逆的に進行する中では、このような量的確保中心の戦略には限界がある。地域全体の労働供給が減少する中で、企業間の人材獲得競争を強化するだけでは、本質的な解決にはつながらない。
 加えて、地方中小企業が大企業と同様の条件で競争を行うことには限界がある。賃金水準や福利厚生のみを軸とした競争では、経営体力に乏しい企業ほど不利になりやすい。
 そのため、今後求められるのは、「少ない人員でいかに高い価値を生み出すか」という視点への転換である。すなわち、人材戦略を単独で捉えるのではなく、企業の価値創造戦略と一体的に考える必要がある。

 

第2章 付加価値創造と人材戦略の統合

(1)地方企業に求められる価値創造

 人口減少社会において地方中小企業が持続的に成長していくためには、単純な価格競争から脱却し、独自の付加価値を創出することが不可欠である。市場縮小が進む中では、従来型の大量生産・大量販売モデルは成立しにくくなっており、差別化された価値提供が競争力の源泉となる。
 地方企業の強みの一つが地域資源の活用であり、それによる地域課題の解決である。また、地方企業には顧客との距離の近さという特徴がある。地域社会との密接な関係性を通じて、顧客ニーズを細やかに把握し、柔軟に対応できる点は大企業にはない強みである。こうした強みを活かすことで、高付加価値型の事業展開が可能となる。

 

(2)価値創造が規定する人材像

 企業がどのような価値を創造するかによって、求められる人材像も変化する。単純な労働力としての人材ではなく、価値創造に主体的に関与できる人材が重要となる。
 例えば、新規事業開発を進める上では、既存業務を効率的にこなすだけでなく、新たな価値を構想できる創造性が必要となる。このように、企業の価値創造戦略は、人材育成や組織形成の方向性を規定している。

 

(3)人材育成の再定義

 このような環境変化の中では、人材育成のあり方も見直す必要がある。従来のような経験依存型・OJT中心の育成だけでは、多様化・高度化する業務に対応しきれない。
 近年では、リスキリングや学び直しの重要性が指摘されている。特にデジタル技術の進展に伴い、従業員が継続的に新たな知識や技能を習得することが求められている。
 また、人材育成は個人能力向上だけでなく、組織文化形成とも深く関係する。従業員が挑戦しやすい環境や、学習を支援する風土を形成することが、結果として人材定着にもつながる。
 人口減少社会においては、「人が消耗する組織」ではなく、「人が成長し続ける組織」をいかに構築するかが重要な課題となっている。

 

第3章 地方中小企業における人材戦略の方向性

(1)採用戦略の転換

 地方中小企業における採用戦略は、従来の条件提示型から、企業理念や価値観への共感を重視する方向へ転換しつつある。
 特に若年層では、単なる給与水準だけでなく、「どのような仕事をするのか」といった意味価値を重視する傾向が強まっている。そのため、企業は自社の理念や地域で果たす役割を明確に発信する必要がある。
 また、副業・兼業人材や外部専門人材の活用も重要になっている。必要な機能をすべて正社員として抱え込むのではなく、多様な人材と柔軟につながることが、新たな経営資源確保につながる。

 

(2)多様な人材活用

 人口減少下では、従来十分に活用されてこなかった人材層への着目も必要となる。女性、高齢者、外国人材など、多様な人材が活躍できる環境整備が求められている。
 また、近年では「関係人口」という概念も注目されている。地域外に居住しながらも、仕事やプロジェクトを通じて地域と関わる人材である。デジタル技術の発展により、地域外人材との協働可能性は広がっている。
 このように、人材を地域内だけで完結して捉えるのではなく、地域外とのネットワークを含めて考える視点が重要となっている。

 

)人的資本経営

 近年、「人的資本経営」という考え方が注目されているが、これは人材を単なるコストではなく、価値創造を担う資本として捉える視点である。地方中小企業においても、人材投資を中長期的成長戦略として位置づける必要がある。

 

第4章 事例分析:株式会社フォーカスにみる価値創造と人材戦略

 本章では、前章までの議論を踏まえ、地方中小企業における価値創造と人材戦略の統合事例として株式会社フォーカスを取り上げる。

(1)企業概要と事業転換

 株式会社フォーカス(甲斐市)は、2009年に常松憲太氏によって創業された企業である。当初は、前職で培ったアスクル代理店業務や学校向けビジネスの経験を活かし、国立大学の卒業証書関連業務などを中心に事業を展開していた。
 しかし、同社の転機となったのは、最終利用者である生徒や学生から直接寄せられた反応であった。「ありがとう」「最高」といった声が、常松氏にとって強烈な成功体験となり、「利用者の喜びを直接生み出す仕事」へと事業の方向性を変化させる契機となった。
 現在では、Tシャツやバッグ、タオルなどのオリジナルグッズ製作を主力事業として展開している。この事業転換は、単なる商品変更ではなく、「顧客体験そのものを価値として提供する」方向への転換であったといえる。

 

(2)付加価値創造の仕組み

 同社の競争優位は、「納期対応力」と「伴走型デザイン支援」の二点に集約される。第一に、納期対応力である。同社は最短翌日出荷を可能とする体制を整備しており、これは積極的な設備投資と自社開発システムによって支えられている。
 第二に、「伴走型デザイン支援」である。同社では、「エージェント」と呼ばれる担当者が顧客対応を行っている。単に注文を受けるのではなく、顧客自身が言語化できていない要望やイメージを引き出し、提案に落とし込む役割を担っている。
 この点は極めて重要である。同社の価値は、Tシャツやグッズそのものではなく、「イベントや集団活動に込められた思いを形にする体験」にある。すなわち、物販ではなく感情価値の提供へと事業を昇華させているのである。

 

(3)人材戦略と組織づくり

 フォーカスの特徴は、こうした価値創造戦略と人材戦略が一体化している点にある。同社では、新卒採用を重視するとともに、若手人材への徹底した経営教育を行っている。単なる業務遂行能力ではなく、顧客価値を主体的に考え行動できる人材育成を目指している点が特徴的である。
 また、経営情報を全面開示するフラットな組織文化を採用しており、従業員が経営視点を持ちながら業務に取り組める環境を整備している。
 さらに、同社は人件費を「コスト」ではなく「未来への投資」と捉えている。コロナ禍では売上急減による経営危機に直面したものの、借入による資金確保と構造改革を通じて生産性向上と粗利率改善を進める一方、初任給引き上げなど人材投資を行ってきた。
 人口減少社会において、多くの企業が人件費抑制へ向かう中、同社は逆に「人への投資」を競争力強化の基盤としている。この姿勢は、人材不足を単なる採用問題としてではなく、「価値創造力の問題」として捉えていることを示している。

 

(4)地方企業としての可能性と示唆

 フォーカスの事例は、人口減少社会における地方中小企業の方向性について重要な示唆を与えている。第一に、地方企業であっても、独自の価値創造によって全国・海外市場で競争可能である点である。同社はすでにオーストラリアで事業を展開しており、将来はアメリカへの進出も考えている。
 第二に、人材戦略と価値創造戦略は不可分であるという点である。同社の「伴走型モデル」は、高度なコミュニケーション能力や主体性を持つ人材によって支えられている。同時に、そのような仕事自体が若手人材にとって高い成長実感ややりがいを生み出している。すなわち、「価値創造が人材を育て、人材がさらに価値創造を強化する」という循環構造が形成されているのである。
 第三に、同社の事例は、人口減少社会における地方企業経営の本質が、「人を集めること」ではなく、「人が成長し、価値を生み出せる組織をつくること」にあることを示している。「集う価値に彩りを」というパーパスのもと、フォーカスは顧客価値を起点とした事業展開と人材育成を両輪として成長を続けている。その姿は、人口減少社会における地方中小企業の新たな可能性を示す事例として位置づけることができる。

 

第5章 おわりに

 人口減少社会の進行は、地方中小企業に対して従来とは異なる経営課題を突きつけている。特に人材不足は、単なる採用難ではなく、地域経済構造そのものに関わる問題となっている。
 こうした中で重要なのは、「いかに人を集めるか」という視点だけではなく、「限られた人材でいかに価値を創造するか」という視点への転換である。
 人材戦略は単独で成立するものではなく、企業の価値創造戦略と一体的に構想される必要がある。採用、育成、組織づくりを通じて、人材が価値創造を担い、さらにその価値創造が人材を惹きつける循環を形成することが、人口減少社会における地方企業の持続的発展につながると考えられる。


参考文献

国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(令和5年推計)』2023年
総務省統計局『住民基本台帳人口移動報告 2023年(令和5年)結果』2024年
「最低賃金引き上げと県内企業が直面する課題」『山梨新報』「直言」、2025年11月28日
「若手に投資 経営教育徹底」『読売新聞』山梨版「キラリ成長のヒント」、2026年4月17日
株式会社フォーカス公式サイト https://corp.forcus.co.jp/(閲覧日:2026年5月8日)