犬と人


毎日新聞No.717【令和8年6月7日発行】

 我が家には愛犬がいる。アプリコットのトイプードル、メス、今年で16歳。人間でいうと80歳近くのご老体であり、我が家の生活は彼女を中心に回っている。まるで太陽のような存在だ。そんな彼女が先日体調を崩し、食事も摂れないほど衰弱してしまった。原因は「急性膵炎」で、腹痛からか伏せの姿勢もままならず、食事はおろか睡眠もまともに摂れなかった。獣医師の懸命な治療のおかげで徐々に元気を取り戻しつつあるが、一時は余命幾ばくかと心底不安な日々が続いた。
 体調を崩して数日経ったある夜、クッションにぐったりと横たわった姿を見つめていたら、彼女のいない未来を想像してしまい思わず涙が溢れた。すると、こちらに視線を向けていた彼女がおもむろに立ち上がり、尻尾を微かに振りながら足元へ寄ってきた。まるで、私の気持ちを察して慰めてくれているかのようだった。その健気な姿に「飼い主である我々がしっかりしなくては」とハッとした。

 犬は人によって最初に家畜化され、人と共に歴史を歩んできた。ドイツでは、約15000年前に人と犬が共に埋葬された遺跡が発見されている。また、近年の科学的研究によると、犬が人の表情や視線、声色などを敏感に読み取り、高い社会的知性を発揮していることも明らかにされつつある。社会的知性とは、環境に柔軟に適応して他者と友好な関係を築くコミュニケーション能力や、人の活動から社会性を学習する能力などを指す。さらに、人とのコミュニケーションや協力行動においては、犬がチンパンジーなどの類人猿以上の能力を発揮する場面もあるという。これは、長い年月をかけて共生してきた犬と人の、種族を超えた絆の象徴ではないだろうか。

 人類は言語によって互いの意思疎通を図り、文明を大きく進歩させた。一方で、犬と人との間には言語を介さずに育まれた友好の歴史が確かに存在する。愛犬の姿に改めて学ぶのは、言語だけではたどり着けない、非言語コミュニケーションの偉大さである。
 彼女が発する微かなメッセージを見過ごさぬよう、共に過ごすかけがえのない日々をこれからも大切にしていきたい。

(山梨総合研究所 主任研究員 日原 智香