「文化」としての喫茶店
毎日新聞No.720【令和8年7月19日発行】
早朝、会社へ向かって歩いていると、一軒の小さな喫茶店が開店準備をしていた。店主と挨拶を交わすと、最近開店したばかりだという。
かつて甲府駅周辺には、24時間営業や早朝から利用できる飲食店があった。しかし、コロナ禍や人手不足、人件費の上昇などを背景に、朝早くから営業する店はほとんど見かけなくなった。出勤前にひと息つける場所が新たに生まれたことは、朝型の私にとってありがたい。
名古屋や岐阜などの中京地区では、コーヒーを注文するとトーストや卵などが付く「モーニングサービス」が根づいている。先日、岐阜で立ち寄った喫茶店にも、朝から常連客が次々と訪れていた。手頃な価格にも驚いたが、それ以上に印象的だったのは、店員と客、さらには客同士が自然に言葉を交わしていたことである。
喫茶店は、単に飲食をする場所ではない。毎朝立ち寄る人にとっては生活の一部であり、地域の人と緩やかにつながる場でもある。
一方、全国の喫茶店数は減少の一途をたどっている。全日本コーヒー協会によると、事業所数は1981年の約15万5千か所をピークに、2021年には約5万9千か所まで減少した。失われつつあるのは店舗だけではない。誰もが気軽に立ち寄り、人の気配を感じながら過ごせる地域の居場所も、少なくなっているのではないだろうか。
もちろん、喫茶店経営は容易ではない。朝出会った店主も、価格を抑えれば利用してもらいやすくなるが、それでは十分な利益が出にくいと話していた。だからこそ、味や価格だけでなく、ほっと一息つける居心地のよい空間や店主との会話、人とのつながりなど、その店ならではの価値が求められる。
こうした店が地域に定着するためには、その土地ならではの文化も重要である。中京地区のモーニングサービスは、企業の商談の場として使われてきた喫茶店が、常連客をもてなす工夫として生まれたという。時代は変わっても、それが地域の喫茶店文化として息づいている。
甲府の小さな喫茶店も、働く人がひと息つく場所に、散歩途中の人が立ち寄る憩いの場所に、そして地域の人が緩やかにつながる場所として地域の暮らしに溶け込み、やがて甲府の新たな文化へと育っていくことを願う。そして、そこを訪れる私たちもまた、文化の担い手の一人なのである。
(山梨総合研究所 調査研究部長 佐藤 文昭)