「人間」の境界線


毎日新聞No.725【令和8年9月27日発行】

 都内で開催された展覧会「いのちの未来+(プラス)」へ行ってきた。本展覧会は、昨年の大阪・関西万博で公開された「いのちの未来」の展示内容を再構成したもので、大阪大学教授の石黒浩氏が監修を務める。石黒氏はロボット工学の第一人者であり、数多くのロボットやアンドロイドを研究・開発している。

 展示のテーマは「いのちを拡げる」。「いのちを拡げる」とは、科学技術の力で人間が自らのいのちの可能性を拡げることを意味するという。人間はこれまで、科学技術によって生活を豊かにし、寿命を延ばしてきた。今後も、人間はさらなる科学技術の力で進化・発展していく。本展示では、ある祖母と孫の物語を軸に、人間がロボットやアンドロイドと共生する未来が描かれていた。
 現代社会において、ロボットやAI(人工知能)を積極的に活用する未来は避けて通れない。とりわけ、人口減少に歯止めが効かない日本にとっては、AIを搭載したロボットやアンドロイドが労働市場へ参入し、人間に代わって活躍する未来への期待は大きい。しかし、今回の展示で描かれていたのは「労働力を代替するロボット」だけではない。
 「いのちの未来+」では、彼らが先進的な技術としてだけではなく、人間の情緒的な性質をも備えた存在として登場する。物語が終盤に差し掛かると、死期の迫った祖母は、自然な死を受け入れるか、アンドロイドとなって孫と生き続けるかという選択を迫られる。
 今回の展示を見て、昔観たアニメ映画を思い出した。主人公の父親が謎の組織によってロボットに改造されてしまうが、実は、そのロボットは父親本人の記憶と意識を複製した別個体であった。見た目は機械的なロボット。けれど、仕草や話し方、家族への愛情は本人と全く変わらないのである。その物語がフィクションでなくなるとき、人間はその存在を「大切な誰か」として素直に受け入れることができるのだろうか。複雑な気持ちが渦巻いた。

 会場入口前のショップに、『それがなくなったら「あなた」でなくなるものは何?』という問いが掲げられていた。展示を見る前、私はその答えを直感的に「記憶」だと考えた。しかし、展示を見終えて数日経った今、自分という「人間」を自分たらしめるものは何か、納得のいく答えはいまだ見出せていない。

(山梨総合研究所 主任研究員 日原 智香)