いにしへの甲州を想う
毎日新聞No.694【令和7年7月23日発行】
元来の日本史好きが高じ、上野の森美術館で開催された「五大浮世絵師展」に行ってきた。江戸時代中期から後期に活躍したスター浮世絵師 喜多川歌麿・東洲斎写楽・葛飾北斎・歌川広重・歌川国芳の代表作約140点が紹介されており、話題の大河ドラマ「べらぼう」の人気も相まって大盛況であった。
中でも葛飾北斎コーナーの賑わいはひとしおで、グレートウェーブと呼ばれ海外でも有名な「神奈川沖浪裏」をはじめ、「冨嶽三十六景」には外国人を含め大勢の人だかりが出来ており、その人気の高さを実感した。
北斎の代表作「冨嶽三十六景」全46図には、山梨県内の風景を描いたものがある。峠を登る旅人の息遣いが聞こえてくるような「甲州犬目峠」(上野原市)、大木と富士山のコントラストが見事な「甲州三嶌越」(山中湖村県境周辺)、夏冬が異なる逆さ富士が湖面に映る不思議な構図の「甲州三坂水面」(富士河口湖町)、荒波に網を打つ漁師の躍動感あふれる「甲州石班澤」(富士川町)、夜明けの宿場の慌ただしさが伝わる「甲州伊沢暁」(笛吹市)、川の急流の表現が独特な「身延川裏不二」(身延町)の6作品である。これらは必ずしも写実的ではなく、どれも大胆なデフォルメや遊び心をちりばめた構図による興味深い作品である。また「県内のどこから見た風景なのか?」「そもそも北斎は実際に甲州へ来て描いているのか?」などネットでは様々な考察がなされており、それもまた一興である。
江戸時代、徳川幕府の天領であった甲斐国は、甲州街道や富士川舟運の発達から経済・産業が発展するとともに小江戸文化が花開いた。また信仰の対象でもあった富士山は、風光明媚な景勝地として人々を魅了し、多くの絵師達が題材にしている。
彼らが描いた作品は単に美しい風景画ではなく、当時の地理、交通、産業、信仰、そして人々の生活や旅の様子、宿場の賑わいなどの生き生きとした情景を鮮やかに描き出し、甲斐国に江戸文化が如何に深く根差していたかを雄弁に物語っているようにも感じられる。
これらの浮世絵は、江戸時代の歴史や文化を語る上で不可欠な一級品の視覚資料である。自然との融合が生み出した芸術作品が、世界に誇るべき文化遺産として、多くの人々を魅了し、未来に向けて大切に受け継がれていくことを切に願う。
(公益財団法人 山梨総合研究所 専務理事 降矢 結城)