贈り物との向き合い方


毎日新聞No.709【令和8年2月15日発行】

 贈り物やお中元・お歳暮、冠婚葬祭時の贈答品全般が苦手である。以前と比較し、減ってはいるが、このような文化はまだある程度残っている地域も多いだろう。大変傲慢ではあるが、何かいただくと、我が家のニーズに合わないという心配やお返しの検討など、いただいた感謝より別の思いが先に立ってしまう。物をいただくことはうれしいことのはずだが、気が重くなったり煩わしく感じたりすることが多い。また、反対に何かを贈る際にも、贈るタイミングや金額的に妥当か見栄えがするかなど気を使うことこの上ない。と前置きをしておきながら、大学時代の友人2人と3人のグループでいまだに誕生日プレゼントを贈り合っている。私たちにとって、とても大切なイベントである。数年に一度しか会えない友人の現在の状況を考えながら、プレゼントを選ぶ時間は温かいものだし、プレゼントを受け取った時も幸せな気持ちになる。つまり、物を贈ったり受け取ったりする行為すべてが苦手なわけではない。
 冠婚葬祭などの儀礼的なもの、親戚に持っていく手土産などの慣習的なもの、見返りを求める戦略的なもの、友人へのプレゼントなどの感情的なものなど、贈答は目的によって分けることができる。その中でも儀礼や慣習は、贈りたいという気持ちより贈らねばならないという義務を強く意識してしまい、そこが煩わしさの原因となっていると考えられる。

 贈答は、物を介したコミュニケーションである。自分の見栄や義理、立場などを重視した一方的な物の押し付けは、コミュニケーションとしてよいとはいえない。まず、相手を理解すること、気遣うことが大切である。そう考えると、贈答は、大変手間と時間のかかる行為である。世間体などを気にして漫然と続けているものについては再考することがお互いのためになる可能性もある。また、義務的なものであっても、贈る相手を思い浮かべながら選ぶ、また、いただいた時に相手の思いを受け取ることができるような贈り物であれば、お互いにとって心地よいコミュニケーションに変わっていくのではないか。

 小さい頃、母にプレゼントしようとすると「気持ちだけで十分」と言ってくれることがほとんどだったが、それは相手の気持ちさえ感じられれば、ものは二の次だったのだと今なら理解できる。

(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 清水 季実子