アートは歴史をつなぐ
毎日新聞No.711【令和8年3月15日発行】
瀬戸内海に浮かぶ小さな島、犬島(いぬじま)を訪問した。犬島は周囲約4㎞の有人島で、岡山県岡山市東部の宝伝・久々井地区から沖約2.2㎞に所在する。古くから花崗岩の産地として知られ、大阪城や江戸城、岡山城の石垣、明治期の大阪港築港の礎石もこの島から切り出された。最盛期には5,000人あまりが島内で暮らしていたというが、現在の人口は50人を切り、高齢化も進んでいる。そんな小さな島のシンボルとなっているのが、産業遺構と現代アートが融合した「犬島精練所美術館」である。
この美術館は、かつて銅の製錬所として操業していた犬島製錬所跡地を活用した施設で、「産業遺産」「アート」「建築」「自然エネルギー」の四つの要素から構成されている。前身である銅製錬所は1909年に開業。急激な近代化によって銅の需要が拡大するなか、輸送や煙害の問題への対応や、採石場として環境が整備されていたこともあり、離島である犬島で操業が始まった。しかし、稼働からわずか10年後、銅価格の暴落によって閉業に追い込まれた。その後、製錬所跡地は100年近く放置されたが、2008年に公益財団法人福武財団により美術館として再生された。
筆者が犬島を訪れたのは、海風の冷たさに目も冴える3月初旬。船着場から5分ほど海沿いを歩くと、積みあがったカラミ煉瓦と高く伸びた煙突が姿を現す。色鮮やかな空と海の狭間に重たく佇む遺構の存在感は、まさに圧巻である。館内では太陽光や地中熱を活用して照明や室温を調整し、水質浄化システムも導入されるなど、環境に配慮した仕組みが取り入れられている。「在るものを活かし、無いものを創る」というコンセプトのとおり、土地や建物そのものが作品と融合し、採石場から製錬所へ、製錬所から美術館へと新たな価値が見事に創造されていた。
人の紡ぐ歴史は美しいものばかりではないが、アートが介在することで、その生々しさにも一つのフィルターがかけられる。そして、今を生きる私たちに、置き去りにされた時代の手がかりを与えてくれる。長らく放置されていた犬島の歴史が再び動き出す様子は、過去と現在を連綿と繋ぐアートの可能性をありありと示していた。
(山梨総合研究所 研究員 日原 智香)