土木が紡ぐ物語


山梨日日新聞No.85【令和8年6月22日発行】

 私たち夫婦の共通の趣味といえば城めぐりである。今年のゴールデンウィークは、北海道・函館を訪れ、以前から気になっていた五稜郭に足を運んだ。
 もっとも、今回の旅で私が楽しみにしていたのは、五稜郭だけではない。函館までの移動手段として利用した北海道新幹線、そして「青函トンネル」を通ることであった。

 私はもともと鉄道が好きである。目的地だけでなく移動そのものに価値を感じるタイプで、時間が許せば飛行機よりも鉄道を選びたくなる。今回、新幹線を利用した最大の理由も、「一度は青函トンネルを通ってみたい」という思いからであった。
 青函トンネルは、津軽海峡の海底を通り、本州と北海道を結ぶ全長53.85キロメートルの海底トンネルである。1988年に開業し、現在は北海道新幹線と貨物列車が共用する特殊な鉄道インフラとなっている。海底部分は約23キロメートル、最深部は海面下約240メートルに及び、世界有数の長大トンネルとしても知られている。また、日本の近代土木技術を象徴する構造物として、「日本20世紀遺産20選」にも選ばれている。
 乗車前は、「海の下を走る感覚を味わえるのでは」と期待していた。しかし実際には景色はほとんど見えない。新幹線は安全確保のため、時速160キロメートル程度まで速度を落として走行するが、それでもかなり速い。窓の外を見続けたが、暗闇の中、かろうじて、かつて存在した竜飛海底駅らしき施設が見えた程度だった。それでも、「今、自分は海の下を走っている」という事実だけで、不思議な高揚感があった。
 実はこの「青函トンネル」という「土木遺産」を味わう方法がもう一つある。JR東日本の豪華寝台列車「TRAIN SUITE四季島(トランスイート四季島)」である。四季島では、青函トンネルの通過そのものが旅のハイライトとして演出されている。乗客は展望車から海底走行という非日常を楽しみ、車内ではJR職員による解説も行われる。巨大インフラを単なる移動手段ではなく、「学び」と「感動」を伴う物語へ転換している点に、この列車ならではの価値がある。

 山梨にも、公益社団法人土木学会が認定する「選奨土木遺産」がある。その一つが「堰堤(えんてい)」である。堰堤とは、土石流や洪水から地域を守るため、川の流れや土砂を調整する防災施設である。特に南アルプス市の「芦安堰堤」は、日本初の本格的なコンクリート砂防堰堤として知られ、石積み主体だった砂防技術を大きく転換させた歴史的施設である。また、甲州市の「勝沼堰堤」は、その前段階の技術を支えた存在とされる。
 山に囲まれ急峻な地形を持つ山梨では、古くから洪水や土砂災害との闘いが続いてきた。信玄堤に代表される治水の知恵から近代砂防技術まで、山梨は“災害に適応する技術革新の地”ともいえる。普段見過ごしがちな堰堤も、地域の暮らしを守り続けてきた大切な地域資源なのである。
 青函トンネルが「特別な物語」になったように、山梨の土木遺産もまた防災施設という役割を超え、「日本初の砂防技術遺産」として、観光や地域ブランディングへ展開できる可能性を秘めている。

 地域に眠る資源を見つけ、その価値を磨き、物語として紡いでいくことが、地域の「稼ぐ力」や誇りを育てる。地域の底力を引き出し、自立した地域づくりにつなげることこそ、これからの地域発展の一つの形ではないだろうか。

(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 在原 巧