CDの行方


毎日新聞No.722【令和8年8月16日発行】

 我が家には大量の音楽CDがある。社会人になりたての1980年代後半、音の良さと扱いの手軽さから、所有していたLPレコードを買い直し始めたことが、コレクションのきっかけだった。
 無類の音楽好きが高じて、ロックからクラシック、洋楽・邦楽まで、ジャンルを問わず心の琴線に触れた曲は迷わず手に入れた。流行の新譜はもちろん、好きなアーティストの全アルバム、廃盤となった希少盤や日本では入手困難な輸入盤などを求め、大型ショップやマニアックな専門店、ウェブの中古市場などを夢中になって探し回った。
 30年以上かけて集めたコレクションには、その曲を聴いていた時の情景が鮮明に刻まれている。それは私の半生の記憶を閉じ込めた小さなタイムカプセルのようにも思える。

 しかし時代は大きく変わり、音楽はサブスクのストリーミングサービスで聴くことが主流になった。
 私も数年前から利用しているが、スマートフォン1台あれば、所有するCDをはるかに超える膨大な数の曲がいつでも楽しめる。その利便性と検索性は驚異的であり、今ではすっかり日常生活に欠かせないものとなっている。
  当然のようにCDを聴いたり、買ったりする機会はなくなってしまった。もはや今後も出番はないように感じている。
  時々、部屋に鎮座している大型CDラックを見ながら、これらの今後について考える。
 「断捨離するべきか? 否か?」 相当なスペースを占めているにもかかわらず、無用の長物になりつつある物の整理を考えるのは、ごく自然なことなのかもしれない。それでもいざ処分となると、なかなか踏み切れない。大切な思い出までも一緒に手放してしまうような気がしてならないのも本音だ。
 最近、レコードやカセットテープが若い世代を中心に再評価されている。ジャケットの存在感、再生する行為や手間さえも新鮮なメディアとして受け入れられているようだ。
 もしかすると将来、CDも「懐かしくて新しい文化」として見直される日が来るかもしれない。

 断捨離とは、単に物を減らすことではなく、自分にとって本当に大切なものを見極める作業なのだろう。
 たとえCDが世間から忘れ去られたとしても、このコレクションが私の半生を豊かに彩ってくれた事実だけは、決して色あせることはない。
 大量のCDコレクションの行方は、もう少しじっくり考えてみよう。

(山梨総合研究所 専務理事 降矢 結城