つながりが創る豊かさ


山梨日日新聞No.20【令和5年3月4日発行】

 日々の忙しさに追われていると、心ならず周囲の人とのつながりが希薄になってしまうことがある。ましてや事業者ともなれば日々の営みとの両立はなおさら大変になると思われるが、10年以上に渡って丁寧に地域の人と接しつづけているお店の一つに寺崎コーヒーがある。

 寺崎コーヒーはオーナーの寺崎亮氏が夫婦で始めたコーヒースタンドで、甲府の中心街の紅梅通りに面している。店では自家製の焼き菓子と品種や栽培地の違いから産まれるコーヒー豆の持ち味を引き出した浅煎りコーヒーを創業当時から提供してきた。
 寺崎氏は店を続けるうえで大切なことは人を大切にすることだと語る。そのため、寺崎コーヒーではコーヒーの良さを前面に押し出すことよりも、良質なコーヒーが街にいる人の日常になることを目指したコミュニケーションを心掛けているそうだ。店では訪れる人とできる限り接することができるように、他所で開催されるイベントへの出店を控えたり、焙煎機を通りに面したスペースに設置したりしている。またスタッフにも自然な応対をしてもらうよう気を配っているため、店の前ではスタッフとお客さんが気軽に会話しているのをよく見かける。
 そんなあり方は店を続けるうちに地域に受け入れられ、今ではコーヒーを買いに来る人以外にも、朝夕に店を訪れる人やコーヒーは買わないが毎日あいさつを交わすような人がいるそうだ。昨年には隣接する洋品店が店をたたむ際にその後を託され、店舗の拡張を行っている。様々な人に背中を押されるようにして寺崎コーヒーは甲府の街にあり続けている。

 普段あまり意識することはないが、個人事業者が提供する商品やサービスの多くには事業者が良いと思うことや大切にしている思いが込められている。受け取り方はそれぞれ違うだろうが、それに共感した人は、寺崎コーヒーのように様々な形で事業を応援してくれるようになるのだろう。そこには商品やサービスの安さや便利さといった経済的な価値だけではない、お互いを大切にする人と人とのつながりが生まれている。そしてこのようなつながりを持った事業からは、金銭的な価値だけでない社会的な豊かさも生まれているのではないだろうか。
 長く続いている事業は、きっと人と人とのつながりを大切にしあう関係が続いているのだろう。そんな関係によって創られる豊かさは、人口減少の続く山梨において今後一層大切なことになっていくのかもしれない。

(山梨総合研究所 主任研究員 前田 将司