Vol.313-2 新時代の父親像: 父親の育児参加を取り巻く課題と展望
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 渡辺 たま緒
はじめに
「亭主元気で留守がいい」、「24時間戦えますか?」。この2つはいずれも今から30年ほど前の1980年代後半から1990年代にかけて流れたCMのフレーズだ。
「亭主元気で留守がいい」は、1986年に放映された住宅メーカーのCMで、夫婦のうち「夫は外で働くこと」が主な役割であり、家事・育児が主に妻の責任とされる当時の役割分担意識を反映し、夫の不在がむしろ家庭の安定と幸福につながるといったアイロニカルな意味をユーモラスに描いたものだ。
また、「24時間戦えますか?」は、1989-91年に放送された栄養ドリンクのCMで、1989年の「新語・流行語大賞」の1つにも選ばれた。メインキャラクターの男性が精力的に働く姿が映し出され、長時間労働が理想の労働者像であったことが示唆される。
両者とも働き方改革が提唱されている現在からすると、にわかに信じられないような内容である。
その後、1999年に制定された男女共同参画社会基本法による女性の社会進出、少子高齢化や核家族化の進行など社会構造の変化に伴い、ワークライフバランスやジェンダー平等の意識が高まり、育児を含む家事労働の平等な分担が求められるようになった。
今回は、このような背景のもと、父親が子育てにおいて果たす役割や直面する課題を明らかにし、父親への支援について考えていきたい。
男性の家事育児参加が増えた社会的背景と現状
日本では、1985年に男女雇用機会均等法が制定され、翌年に施行されたことで、女性の社会進出が進み、結婚や出産後も働き続ける女性の数は増加し続けてきた。また1992年には、1歳未満の子どもがいる労働者が育児休業を取得できる「育児休業法」が施行された(1995年には「育児・介護休業法」に改正)。2002年には看護休暇、時間外労働制限、短時間勤務措置の対象年齢の引き上げが実施され、2005年には育児休業期間が1歳6か月まで延長された。
2010年には、父母が共に育児休業を取得する場合に、最長で子が1歳2か月に達するまでの間に1年間の育児休業を取得できる「パパ・ママ育休プラス制度」が創設され、2016年には事業主に対する制度として、男性従業員が子の出生後8週間以内に14日以上(中小企業は5日以上)の育児休業を取得した場合に助成金を受け取ることができる「出生時両立支援助成金」を新設された。
2017年には育児休業期間を最長2歳まで延長することが可能となり、2021年には、子の看護休暇を1時間単位で取得できるようにする改正が行われ、企業に対しては研修の実施や相談窓口の設置が義務付けられた。さらに2022年には、出生時育児休業制度(通称「産後パパ育休」)が設けられ、育児休業の分割取得が可能となった。昨年も育児休業の取得状況の公表が義務化されるなど、近年は継続的に取り組みが進められている。
さらに、男性の子育て支援については、2010年に厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を発足させ、「子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性である通称イクメンを増やすことで、女性も子どもたちの可能性も家族のあり方も変え、より豊かな社会を目指す」など、意識啓発に余念がない。
これらの施策効果もあり、男性の育児休業取得率は1996年の0.12%から2023年の30.1%まで大きく増加した(図表1)。
図表1 男性の育児休業取得率の推移
男性の育児参加への期待に伴い、育児にかける時間も増加している。2021年の社会生活基本調査では、それまで1時間未満であった男性の育児時間が初めて1時間を超え、1.06時間にまで増加した(図表2)。
図表2 男性の家事、育児にかける時間
山梨県内を見ても、県が2023年に実施した「男女共同参画・共生社会推進に関するアンケート調査」から、山梨県在住の父親は、平日は2時間弱、休日では4時間強、育児に携わっていることが確認でき、イクメンぶりが見て取れる(図表3)。
図表3 山梨県での男性の1日当たりの家事、育児にかける時間
また、父親の育児参加の影響に関する和文および英文論文を考察した「父親の育児参加が母親、子ども、父親自身に与える影響に関する文献レビュー」(日本公衆衛生雑誌、加藤承彦・越智真奈美 他、2022年)では、母親が父親の積極的な育児参加を認知している場合、母親の育児負担感が低く、幸福度が高い傾向や子どもの健康や発達(怪我や肥満の予防)によい影響を及ぼしている可能性を示唆している。さらに、父親の育児への関わり(「おむつを取り換える」「入浴させる」など)が多いと子どもの16歳時点でのメンタルヘルスの不調のリスクが10%低下しているという結果が得られ、乳児期における父親の育児への関わりが多いことが、長期的に子どものメンタルヘルスの不調を予防する可能性を指摘している。
このように父親の育児参加は、母親の幸福度の向上や子どもの心身の発達に影響を与えることが明らかであることから、単に女性の社会進出等の社会的背景に伴う対応ということにとどまらず、家庭でのウェルビーイングの向上や社会の安定にも有益であることを示している。
労働状況と育児休業取得期間の現状
一方で、父親の働く環境についても検討する必要がある。果たして、現行の働き方は子育てに適しているのだろうか。総務省の「労働力調査(2003年)」において、男性を「世帯主」、女性を「世帯主の配偶者」と仮定し、両者の月平均労働日数および労働時間を確認すると、男性の平均月間就業日数は20.5日、女性は17.9日であった。さらに、平均月間就業時間は男性が173.1時間、女性が119.9時間であり、男性の方が労働日数、労働時間ともに女性を上回っている。このことから、男性が女性よりも物理的に家事や子育てに割り当てられる時間が短いことが明らかである。
同様に、やや古いデータではあるが、山梨県の男女別の1か月の出勤日数および1日の労働時間を確認したところ、男性は女性よりも出勤日数が2日多く、労働時間も長いことが示されている(図表4)。
このデータは育児をしている男女に限定されているものではないため断定は避けるが、女性には時短勤務やパート・アルバイトで働く傾向も見られる一方で、男性には依然として従来の長時間労働の働き方が残っていると考えられる。
図表4 山梨県の男女別の出勤日数・実労働時間数
さらに、前述の休業取得について、「取得期間」のデータを見てみると、女性は「12か月~18か月未満」の取得割合が32.7%と最も高く、次いで「10か月~12か月未満」が30.9%であり、6割以上の女性が1年前後の育児休業を取得している。一方、男性は「1か月~3か月未満」の取得割合が28.0%と最も高く、次いで「5日~2週間未満」が22.0%、「2週間~1か月未満」が20.4%となっており、5日未満の取得を含め9割近い男性が3か月未満の育児休業しか取得していない(図表5)
図表5 取得期間別育児休業後復職者割合
これらのデータからは、男性が依然として従来の長時間労働を余儀なくされているため、家事や育児に十分な時間を割くことが難しい状況にあることが示唆される。たとえ育児休業を取得したとしても、その期間は短期間にとどまる傾向があり、結果として女性が家事や育児の大部分を担う現状が続いているとも受け取れる。
この背景には、子育て世代である30代~40代の男性が、仕事においても中心的な役割を担う時期であることが影響していると考えられる。特に、出産という物理的な理由で業務から一時的に離れることが必須である女性に対し、男性はその制約がない分、業務に多くの時間を費やすことが求められ、それが家庭内での役割分担にも大きな制約を与えていると推測される。
父親の育児参加の課題
これまでに確認した法整備からは、男性に対しても子育てへの関与に一定の効果をもたらし、今後の育児参加に対して大きな意識づけがなされていることが推察される。しかし、労働時間が長く、日常の育児参加に制約があったり、育児休業を取得できたとしてもその期間は3か月未満と短いことなどの課題も見えてきた。
一方で、育児休業を取得しても子育てや家事はほとんどしない、いわゆる「取るだけ育休」の懸念も指摘されている(助産雑誌7-8月号特集「令和のお父さんのリアル 男性目線で考える父親支援」)。
この理由として同誌では、「妊娠・出産について男性が知る機会がない」ためであることを挙げている。両親教育でも沐浴やおむつ替えの練習はしても、育児を系統的に学ぶ機会はほとんどなく、母親の補助者扱いされることが少なくないことから、「本来最も大事な『基本』や『総論』は教わる機会がなく、育児手法という『各論』だけが与えられる。これが今の男性の置かれている現状」であることによるものだと論じられている。
また、「育児に積極的に関わろうとする意識が高まっている昨今、男性は子の誕生後も養育者(支援対象者)ではなく母子の支援者としてみなされる傾向が強く、彼ら自身も自分に支援が必要だということを見過ごしがち」とも述べられている。
実際に父親の産後うつの報告も散見されるようになり、厚生労働省による分析結果では、1歳未満の子供を持つ夫婦の産後うつの頻度は、父親が11.0%、母親が10.8%と同程度の割合で発症していることが分かった。
こうした課題を受け、国も父親への支援を重要視している。「成育基本法」の基本方針においても、「父親の孤立」に関する言及がなされており、父親もまた支援されるべき存在であるとし、父親を含めたすべての養育者への支援が、今後の子育て支援において不可欠な要素であると方向づけている(以下参照)。
〈父親の孤立〉 |
おわりに
今回、法制度の整備の半面、育休取得の短さやそもそもの労働時間の長さなど、男性が子育てに参加する環境整備にはまだ課題が残ることなどが見えてきた。また、こうした状況下で、男性が子育てに積極的に関わることが求められ、さらには育児支援を「する側」として期待されることが、男性の産後うつなど新たな問題を引き起こしていることも分かってきた。
では、母親である女性は、父親である男性にどう接するべきだろうか。
まずは、女性自身も、父親に対し不慣れな状況の中で懸命に奮闘していることを理解し、時間的な制約を抱えつつも育児に参加しようとするその姿勢自体を評価することが必要なのではないだろうか。
具体的な行動として、男性が家事や育児への参加を女性が促す場面でよく耳にする「大げさに褒めてあげる」という表現を見直すことから始めてはどうだろうか。
筆者は女性であり、子育てもしているが、子育てサークル、働く女性のセミナーなどに参加した際に必ずと言ってよいほど耳にする「夫を褒めてあげる」という言葉に違和感を持ってきた。そこには家事育児に関して女性が「上」で男性は指導されるべき存在であるという暗黙の上下関係が見え隠れし、女性自身が性別役割意識を助長しているようにも見えたからだ。筆者自身が家事も育児も苦手だからか、この言葉が生む無意識の傲慢さに憤りを感じることさえあった。
誰もが初めから完璧にできるわけではない。だからこそ、「褒める」のではなく、「共に進んでいく」姿勢で接することを望みたい。
一方で、育児に取り組む男女も、自らの育児への取り組みに対して過度に権利を主張しすぎないことが重要である。お互いを補完し合い、また、職場や地域からのサポートに感謝することで、より良い家庭環境、職場環境、そして社会が築かれていくはずである。
参考資料
「父親になる意識の形成過程」(小野寺 敦子, 青木 紀久代, 小山 真弓, 発達心理学研究9巻 ,1998年)
「父親の育児ストレスの実態に関する研究」(清水嘉子,小児保健研究 65 (1), P26-34, 2006年)
「父親の産後うつ」(竹原健二、須藤茉衣子,小児保健研究 71 (3), P343-349, 2012年)
「助産雑誌Vol.78 特集 令和のお父さんのリアル 男性目線で考える父親支援」(医学書院, 2024年)
厚生労働省「雇用均等基本調査」(2023年度)
毎月勤労統計調査 特別調査(2009年)
山梨県「男女共同参画・共生社会推進に関するアンケート調査」(2023年)
社会生活基本調査(2021年)