飯田線の旅


毎日新聞No.675【令和6年10月31日発行】

 9月の平日、休みを取りJR飯田線全線踏破に挑戦した。上諏訪駅から豊橋行きに乗り、単線の101の駅を各駅停車でつなぐ旅である。飯田市のような地方都市は通るが大半は過疎地域であり、利用客は数人か、などと考えていた。
 ところが、岡谷駅で多数乗車し、座れない客が続出した。学生やスーツ姿の人もいたが、大半はなんと中年(初老)の男性である。私は一旦駒ヶ根駅で下車し次の列車に乗ったのだが、こちらはほとんど乗客がいなかった。

 「なぜ、私が上諏訪駅から乗った列車は大変混み合い、乗客がほぼ中年男性だったのか」。その理由は、鉄道オタクの関心の高い国内最長7時間弱かかる区間直通の普通列車であったこと、割安に乗れるきっぷの使用期限が間近に迫っていたこと、そして、天竜峡駅から始まる渓谷美であったのではないかと思う。
 国内で所要時間最長の普通列車は飯田線の豊橋発岡谷行きだが、逆方向の直通列車は午前中私の乗った1本しかない。また、普通列車の長旅で重宝する2,410円で1日乗り放題の「青春18きっぷ」は中年でも利用できるが、その期限が4日後だった。
 そして、車窓でなければ見ることができない、天竜峡駅を過ぎるあたりから迫りくる景色は、山を削り取ったような圧巻の迫力であった。多くの人を魅了するであろうこの区間では、車掌が観光ガイド並みの解説をしてくれるし、写真スポットでは速度を落としてくれる。中年の集団は、車掌の切符確認の際に「青春18きっぷ」を取り出し、天竜川の美しい流れが見えると、車窓に一斉に駆け寄りシャッターを切るという、ちょっと異様な光景が見られた。

 一方、途中下車した地域の静けさは、車内の混雑とは対照的であった。駒ヶ根市は「ソースカツどん」で地域おこしを図っているが、お目当ての店はいくつも「本日休業」で、無人駅の駅前は誰もいなかった。また、「長野市の善光寺と両方にお詣りしなければ片詣り」と言われる飯田市の元善光寺も、参拝客は片手に余るほどであった。
 過疎地域の活性化は、資源があっても難しい。そんな中で、期間限定とはいえ、今回遭遇したような乗客の集団を立ち寄らず通過させてしまうのは、なんとももったいない。途中下車せず豊橋まで乗り通す堅い意志を持った乗り鉄はそれほど多くないと信じ、こうした来訪者の取り込みが地域振興を加速するきっかけとなることを期待したい。

(公益財団法人 山梨総合研究所 専務理事 村田 俊也