デッサンで学ぶ見る力


毎日新聞No.677【令和6年11月24日発行】

 月に1回、東京都内で開催されるデッサン教室に通い始めて数カ月が経つ。現役のデザインディレクターやイラストレーターから指導を受けながら、6時間をかけてモチーフを描く濃密な時間だ。
 苦手とする「構造を捉える力」を身に付けたいという思いで始めたものの、これがなかなか難しい。初めはリンゴやナスといった見慣れた果物や野菜がモチーフだったため、簡単に描けるだろうと高をくくっていた。しかし、どんなに時間をかけてもデッサンが歪む。歪む理由は明快だ。見慣れたモチーフゆえに「こう見えるはずだ」という思い込みが先行し、実際に目の前にある事物をきちんと観察できていないのだ。
 頭では理解しているのに、歪みはなかなか解消しない。席を立ち、真上から、横から、裏からとモチーフを眺める。自分のスケッチブックを遠くに置いて全体のバランスを見る。こうした試行錯誤を繰り返しながら、モチーフの特徴をつかみ、その奥にある構造や関係性を理解することでようやく歪みを修正できるようになる。

 公立はこだて未来大学の安井重哉教授の論文「デッサンから得られる学びに関する研究」では、デッサンのプロセスが「観察」「内的イメージの構築」「外化」の3段階から成り立つことが示されている。最初の「観察」段階では、目に見える形を捉えることから始まり、次第にその奥にある「内的イメージ」を構築して、目に見えない部分まで理解する。そして、最終的にそれを外化することで、単なる模倣ではなく、物事の本質を表現できるようになるという。また、この過程で生じる「デッサンの狂い」に気づき、その原因を探ることが「問題とは何か」を発見する力につながるとも述べられている。

 月に度のデッサンを通じて、日常の景色の見え方が少しずつ変わってきた。事物が立体的に浮かび上がり、光の当たり具合による色の濃淡が鮮明に感じられるようになった。仕事中の「問題発見」の力も、少しずつ養われている気もする。近年、課題解決よりも「問いを立てる力」の重要性が注目されているが、山々が色づくこの紅葉の季節、少し立ち止まってじっくりと目の前の景色を眺めてみてはどうだろう。見えていなかったものが浮かび上がり、その背後にある構造や本質に気づくことで、日々の見方が変わり、新たな「問い」や発見が得られるかもしれない。

(公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒