Vol.316-1 農家から見る地方のこれから


株式会社ファーマン 井上農場
代表取締役 井上能孝

 

 北杜市高根町にて有機野菜の生産・販売を行っている、株式会社ファーマン 井上農場の代表を務める、井上能孝と申します。

1.はじめに

 農家をしていると、「大変でしょ…えらいね。」と言われる事が多いです。私たち農家への理解を示してくれているとも感じますし、同情のような目線で見られる事に違和感を覚える事もあります。
 現代においても、「農家=お百姓さん」のイメージが色濃く残っているのでしょう。
 私自身も農の世界に足を踏み入れるまでは、麦わら帽子を被ったおじいちゃんが汗をかきながら畑仕事をするイメージを持っていましたし、農業従事者の平均年齢68歳という数字から考えても、その通りの表現になるのでしょう。
 また、経営者として他企業の方々とお話させていただくと、「現状の課題は?」と聞かれる事が多く、何かと救いの手を差し伸べようとしてくださいます。これについても、想像の中での私たちの苦労に対するソリューション提供や、企業の社会的責任と農業の持続性という中でお申し出いただいていると感じます。
 高齢化と担い手の不足、価格転嫁の難しい現状、耕作放棄地の増加など、農業には課題が山積な事に間違いはありません。しかし、「農」には大きな可能性がある事も事実であり、その一端を中山間地域の農業が担えると信じて活動を行っています。

 

2.農との出会い

 高校時代、1か月程度アメリカにホームステイに行く事があり、ホストファミリーの親戚が営む大きな農場を見学させてもらう機会がありました。見渡す限りの麦畑は圧巻で、ガレージに格納された農薬を散布するセスナ機に心底驚きました。ドラマで見るアメリカの大規模農家をそのまま表現したかのようなスケールの大きさに心を打たれました。キャンプなどのアクティビティが好きだった事もあり、以降、自身の将来の選択肢に農業が加わり、農家になる為の行動を少しずつ重ねるようになりました。しかし、実際に農業を学ぼうと努めたのですが、農業の座学に面白みを感じませんでした。
 そもそも勉強が苦手な事もあり、論理的・科学的に農業を見ていなかったことから、学ぶことが苦痛でしかありませんでした。
 「これをやらないと農家にはなれないのか?」と絶望を感じていた矢先に出会ったのが、埼玉県比企郡小川町で有機農業を実践する金子さんでした。
 金子さんの座学はスライドのみを使用した自身の生き方と農業についてのお話で、多種多様な野菜や穀類の生産、鶏や豚や牛などの家畜、太陽熱温水器やバイオガスの製造使用など、子供の頃に憧れた「やってみたい」と「ワクワク」が詰まっている衝撃的な面白さを持つ農業でした。
 座学後に弟子入りを志願し、高校卒業と同時に金子さんの農場へ実習に赴くのですが、研修生の受け入れ定員に達していた事と、私の実家の近隣で有機農業を営む田中さんをご紹介していただいた事で、田中さんの元で修業をさせてもらいました。田中さんも同じく素晴らしい農場を経営されており、毎日の鶏への餌やりや様々な野菜の種まきから収穫までの作業、落ち葉堆肥の積込みや竹炭づくりなど、大変さよりも楽しさが上回る学びの場を提供していただきました。自然環境と調和をする事が、有機農業の基本的な考え方である事を教えていただいたのも田中さんからです。

 

3.私たちの取組み

 田中さんの元での研修を終えて、2001年頃に埼玉県より山梨県北杜市へ移住をしました。
 近隣の方や行政の方にお世話になり、営農を開始するのですが思うようにいかない事ばかりで、農業だけで生活する事は難しく、様々なアルバイトや業種を経験したのもこの頃でした。
 生活が軌道に乗り、一緒に汗を流してくれるスタッフが1人、2人と増えた頃に現在の㈱ファーマンを設立しました。そして、過去の業種の経験から農を起点とした様々な事業を行うようになりました。
 活動の内容は以下の通り、多岐に渡ります。

 

・農業体験の提供

県内外からの小中学生を中心とした食育・キャリア教育などの探求学習の提供。

・出荷場の運営

北杜市内で営農する有機農産物生産者の集出荷事業。

・グランピング施設の運営

高付加価値な農観ツーリズムの提供。

・統廃合による廃校の再活用

廃校を活用したクライミングジム、宿泊施設の運営。

・再生可能エネルギーによる自給電力活用

農産物の貯蔵に関する電力の自給発電。

・農福連携

北杜市内福祉施設との連携による施設外就労の受入れ。

 就農した当時には想像していなかった事ばかりですが、中山間地域の器用貧乏である性質は、農業と何かをかけ合わせる考え方、農×X(農かけるエックス)と非常に相性が良いと感じています。

 

4.中山間地域は生き残れるのか?

 結論からですが、全ての中山間地域が生き残る事は難しいと考えています。少子高齢化による人口減少によって、労働人口が減って経済成長が鈍化します。制度上で言えば、社会保障の維持も厳しい状況です。この大きな変化は、弱い所からその影響を受ける事になります。つまり、私たちの住む山梨県から影響が出るという事であり、営農を続ける事も危うくなるという事です。山梨県の中山間地域の割合は77%と高く、過疎の進む集落のほとんどがこの地域に該当しています。残念ながら集落の現状維持も不可能と考えます。
 よく言われる、「選択と集中」が迫られているという事です。
 集落のインフラ維持の為のコストは1人あたり負担が非常に大きく、経済という捉え方ではコストに見合ってはいません。選択しなくとも、自然淘汰されていく形で今まであった物やサービスが気付いた時になくなっているという現象が起きています。また、人口の減る集落が統合される事による、周辺地域との合意形成の図り方についても考えなければなりません。
 先日、私がお世話になっている集落の方と雑談していた時に、こんな話を伺いました。
 「住人が少なくなり合併や統合が進むのは致し方ないが、その影響で地域内での小競り合いが生まれている。今後の集落の在り方について協議をしてもなかなか結論が出せないが(一方で)、極少数で構成された集落では合意が取りやすく、無理のない集落運営を行っている印象がある。しかし、その先の未来は集落の自然消滅になるとは思うが」とのことでした。非常にショッキングではありましたが、これが過疎の進む中山間地域の現状なのだろうと納得しました。

 社会全体が縮小し、今までのインフラや行政サービスも自ずと維持が難しくなり、その影響を大きく受ける地方。考え方として受け身である限り、この感覚からは逃れられないと思います。
 では、表題にある「生き残る」を「生き延びる」へと言い換えた場合はどうでしょうか?
 あくまで個人的な見解ですが、「生き残る」については、客観と受動の印象があります。
 片や、「生き延びる」については主観と能動を感じます。問題や課題に対しての見方や、主観と客観の使い分けが、結果としての「生き残り」に繋がるような気がします。

 

5.動いてから考える

 地方創生を掲げ「選択と集中」をいち早く実行した地方や集落では、人口の社会増という現象が起きています。要因にはコロナ禍によるテレワーク化や主産業の有無も大きく関係していると思います。
 一定の成果が出ている地方から学ぶべき事は多く、いくつかの共通点に気付きました。

①戦略的な縮減の実施

優位性の洗い出しと選択

②共感・共助によるコミュニティ形成

共感によるファンビジネス、都市部にはない共助の体感

③関係人口の創出

移住・定住より垣根の低い流動的な関係人口づくり

④キーパーソンの存在

情熱と牽引力のある地域リーダーの発掘と後押し

 

 維持が適いそうな、もしくは前向きな縮減に向かっている地方には、少なくとも上記の要素が2つ以上、含まれていると感じます。
 膠着した地域の中で「まずは取り組んでみる」というチャレンジングな姿勢を打ち出す事は難しいかもしれません。本来であれば、取り組む前に様々な調整が必要になります。しかし、何もしなくて衰退を受入れるぐらいなら、動いてから考えても良い、そんな捉え方ができるのも地方の良さだと思います。
 私たちの取組みについても、小さな成功体験や興味関心から取り組んだ事を拡張させたに過ぎません。豊かな自然と温かい人付き合いは、UIターンの手段で地域に暮らす方は、既にお分かりかと思います。「物質的な現状維持の生き残り」を「次世代への精神性の承継」へと変化させた時、私たちは地域や集落に潜在する大きな魅力を引き出す事ができると信じています。

 

6.終わりに

 広い空と山々に囲まれた農地で野菜の成長と終わりの一連に触れると、大きな循環の中で生かされている事を実感します。生きる上で最低限、必要な事を選ぶのであれば衣食住になるでしょう。
 この衣食住やサバイブする事の楽しさや感動を深く味わう事ができるのは、地方だからこそとも思っています。また、今後の社会に対して、「豊かさとは何なのか?」という問いかけにもなると思っています。
 農業や地方の暮らしには多くの可能性が秘められており、その発見やワクワクを今後も膨らませていきます。