Vol.317 新地方創生と健康ポイント事業
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 在原 巧
1.なぜ今健康ポイント事業なのか
全国の自治体や健康保険組合では、参加者の歩数、健康診断の受診、地域イベントへの参加などの健康行動に対してポイントを付与し、蓄積されたポイントを地域の商店での買い物や観光施設の利用、地域開催のスポーツイベント参加の際の支払いに使える「健康ポイント事業」が広がっている。
例えば、この事業はウォーキングを行い2,000歩ごとにポイントが付与されるなど、行動に応じた(ポイント加算の)仕組みが用意されており、それにより住民の健康意識を高め、行動変容を促すことが期待される事業である。また、自治体の医療費の削減や、自動車利用を控える行動、貯めたポイントで地域の特産物を積極的に選ぶ行動など、環境負荷の軽減や地域経済の活性化にも貢献できる事業であると筆者は確信している。
今後も、全国に導入事例が増加し、参加者の健康データの分析や地域経済活性化等への効果検証が進むことで、住民の健康と地域の経済を同時に支える新しい地方創生のモデルとなりえるといえるのではないか。予想を踏まえながら「健康ポイント事業」についてレポートを作成した。
(1)少子高齢化と医療費の増加
日本の高齢化は急速に進行しており、最新の統計データによれば、2024年5月1日現在、65歳以上の高齢者人口の総人口に占める割合は29.2%に達する。さらに、75歳以上の人口は2,051万6千人で、総人口の16.6%を占める。
図表1 高齢化の現状

(注1)四捨五入の関係で、足し合わせても100.0%にならない場合又は総数と一致しない場合がある。
また、国立社会保障・人口問題研究所による将来の人口推計では、2070年には総人口が8,700万人となり、そのうち65歳以上の割合は38.7%、75歳以上は25.1%に達すると見込まれている。
図表2 高齢化の推移と将来設計

厚生労働省によれば、2022年度の国民医療費は約46兆円に達している。特に65歳以上の高齢者の医療費が大きく、医療費全体の約60%を占めている現実がある。このような状況下で、予防医療の重要性が高まっており、生活習慣病の予防や早期発見・早期治療を推進することで、医療費の増加を抑制し高齢者の健康寿命を延ばすことが期待されている。
(2)国民の健康寿命延伸への社会的要請
健康寿命とは、「日常生活に制限なく健康的に生活できる期間」を指し、一方、平均寿命は「出生時または特定年齢時点における平均余命」を指す。この乖離は「不健康な期間(要介護や病気で支援が必要な期間)」を示し、長くなればなるほど社会的・経済的コストの増大を招く。
厚生労働省によると、2022年の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳であるのに対して、健康寿命は男性が72.57歳、女性が75.45歳となっている。つまりこの乖離期間である男性8.48年、女性11.64年が、医療・介護の必要な「不健康な期間」と言える。
厚生労働省の会議資料「健康日本21(第二次)の推進」によると、この期間が生じる要因として、以下が挙げられている。
①「不健康な期間」が生じる要因
ⅰ 生活習慣の問題
不健康な食生活、運動不足、喫煙、過度の飲酒など
ⅱ 慢性疾患の増加
糖尿病、心疾患、高血圧、認知症など
ⅲ 高齢化の進展
高齢者の増加に伴い、病気にかかる総人口割合が増加
ⅳ 社会的孤立と精神的健康
孤独感やうつ病が健康寿命に悪影響
こうした要因を踏まえると、健康寿命の延伸には予防的アプローチと社会全体の健康づくりが不可欠であるが、そのための健康促進政策と解決策として以下が挙げられている。
②健康促進政策と解決策
ⅰ 行動変容を促す健康政策
具体例としては、健康診断の義務化や特定保健指導(メタボ対策)、禁煙政策・飲酒ガイドラインの強化、栄養指導の普及など。
ⅱ 運動・身体活動の促進
具体例としては、ウォーキングの推奨や体操教室の開催、公共施設での運動プログラムの提供など。
ⅲ 社会参加とメンタルヘルス対策
具体例としては、社会活動(ボランティア・仕事)支援、孤立防止の施策(デジタルツール活用)など。
ⅳ 健康インフラと医療体制の充実
具体例としては、地域包括ケアシステムの強化、リハビリ・介護サービスの質の向上など。
このように、健康寿命と平均寿命の乖離を縮小する社会的要請は今後ますます増えていくことが予想されることから、そのための対策として生活習慣の改善、予防医療、社会参加の促進が柱となり得る。
本件で取り上げる「健康ポイント事業」は、こうした解決策の一つとして位置づけられる。
(3)山梨県の地域性
山梨県の健康寿命は全国トップクラスである。2019(令和元)年の調査結果では、男性が73.57歳、女性が76.74歳で、いずれも全国第2位となっている。
図表3 健康寿命

なぜ山梨県の健康寿命が全国トップクラスなのかはいまだ明確な答えは分かっていないが、山梨県HPを参考に、推定される健康寿命に影響を及ぼす原因を以下にまとめる。
①県民の高い健康意識
山梨県では、がん検診や特定健康診査の受診率が高く、県民の健康意識の高さが健康寿命の延伸に寄与している可能性。
②高齢者の主観的健康が高位
65歳以上の高齢者が健康を自覚してして元気に働き続ける人が多いことが(就業割合が全国第2位)、健康寿命の延伸に影響している可能性。
③地域での社会的つながり
山梨県には、ボランティア活動や「無尽」と呼ばれる地域の親睦会など、社会的なつながりを持つ文化が根付いており、これが高齢者の健康維持に寄与している可能性。
④高齢者の役割と責任
高齢者の就業率の高さや農作業の従事など、役割と責任をもって生活している人が多く、これが健康寿命の延伸に関連している可能性。
以上の通り、山梨県は、県民の高い健康意識や高齢者の就業率(農業など)の高さなどが、健康寿命の延伸に寄与していると推定している。
2.政府施策
「健康ポイント事業」は、国民の健康増進を目的とし、健康的な行動に対してポイントを付与する仕組みである。この事業は、厚生労働省の健康増進法や特定健診・特定保健指導制度と密接に関連している。
(1)健康ポイント事業・スマートウェルネスシティ構想
① 健康増進法(出典 厚生労働省HPより)
国民の健康維持・増進を目的として2002年に施行された。この法律に基づき、自治体は住民の健康づくりを推進するための施策を実施し、その一環として「健康ポイント事業」が全国で展開されている。これは、住民が健康診査や運動習慣の形成など、健康的な行動を行うことでポイントを獲得し、特典と交換できる仕組み。このようなインセンティブを通じて、住民の健康意識を高め、行動変容を促進することが狙いである。
② 特定健診・特定保健指導制度との連携(出典 厚生労働省「令和元年度 地域・職域連携推進関係者会議プログラム」資料より)
特定健康診査(特定健診)および特定保健指導は、メタボリックシンドロームの予防を目的として、40歳から74歳までの被保険者を対象に実施している。これらの制度は、生活習慣病の早期発見・予防を目的としており、「健康ポイント事業」は、特定健診の受診や保健指導への参加をポイント付与の対象とすることで受診率の向上や保健指導の効果を高める役割がある。この連携により住民の健康管理がより効果的に行われることができる。
③ スマートウェルネスシティ構想の動向(出典 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局より)
スマートウェルネスシティ構想は、住民の健康と幸福(ウェルネス)を中心に据えた都市づくりを目指す取り組みである。具体的には、歩きやすい街づくりや社会的交流の促進、健康増進プログラムの提供などを通じて、住民の健康を支援するものである。この構想は、地方都市の再活性化や高齢化社会への対応策として注目されている。
(2)デジタル田園都市国家構想交付金
デジタル田園都市国家構想交付金(以下「デジ田交付金」という。)は、デジタル技術を活用して地域の課題解決や魅力向上を図る地方公共団体の取り組みを支援するため政府が設けた交付金である。デジタル基盤の整備やデジタル人材の育成・確保、地域課題解決のためのデジタル実装などで地域の活性化を図るものであり、毎年1,000億円以上の国家予算を計上している。
さらに2024年10月には「デジタル田園都市国家構想実現会議」を発展させ、「新しい地方経済・生活環境創生本部」を設置し、今後10年間の基本構想策定に向けた議論を進めている。これらの取り組みは、政府がデジタル田園都市国家構想に本気で取り組んでいることを示している。
「健康ポイント事業」は、主にデジ田交付金を通じて企画面や資金面で支援を受けていることから、内閣府地方創生推進事務局が作成した資料を参考に、デジ田交付金の概要を以下に紹介する。
図表4 デジタル田園都市国家構想の取組イメージ全体像

①目的
デジタル田園都市国家構想の実現による地方の社会課題解決・魅力向上の取組を加速化・深化する観点から、各地方公共団体の意欲的な取組の支援を目的としている。
②概要
デジタルを活用した地域の課題解決や魅力向上に向けて、以下の事業の立ち上げに必要な経費を単年度に限り支援している。
共通要件として、「デジタルを活用して地域の課題解決や魅力向上に取組み」、「コンソーシアムを形成する等、地域内外の関係者と連携し、事業を実効的・継続的に推進するための体制を確立する」ことが求められている。
なお、4つの類型が用意されており、全国で展開されている「健康ポイント事業」については、【TYPE1】での取り扱いとなっている。
ⅰ【TYPE1】優良モデル導入支援型
他の地域等で既に確立されている優良なモデル・サービスを活用して迅速に横展開する取組み。
ⅱ【TYPE2】データ連携基盤活用型
オープンなデータ連携基盤を活用し、複数のサービス実装を伴う、モデルケースとなり得る取組み。
ⅲ【TYPE3】デジタル社会変革型
(TYPE2の要件を満たす)デジタル社会変革による地域の暮らしの維持につながり、かつ総合評価が優れている取組み。
ⅳ【TYPES】デジタル行財政改革、先行挑戦型
「デジタル行財政改革」の基本的考え方に合致し、将来的に国や地方の統一的・標準的なデジタル基盤への横展開につながる取り組み。
③デジ田交付金額
令和4年補正予算において「デジ田交付金」が創設され、令和6年当初予算規模は1,000億円、令和5年補正予算は735億円の規模である(令和6年中の補正予算は未計上)。
3.健康ポイント事業の国内事例(現状・効果・今後)
ここでは、全国で展開されている「健康ポイント事業」の事例をいくつか挙げる。
(1)事例1:国立市「くにたち健康ポイント事業」
市民の健康増進と地域経済の活性化を目的として、「くにたち健康ポイント事業」を実施している。日々の歩数計測や体組成の測定、指定イベントへの参加などの健康行動に応じてポイントが付与され、貯まったポイントは市のデジタル地域通貨「くにPay」と交換できる事業である。以下は国立市HPを参考にまとめたものである。
①事業の概要
ⅰ 参加方法
参加者は、スマートフォンの専用アプリ「ヘルスプラネットウォーク」を使用する「アプリコース」と、市が貸与する活動量計を利用する「活動量計コース」のいずれかを選択し参加。
ⅱ ポイント獲得方法
- ウォーキング:規定の歩数を達成。
- イベント参加:指定されたイベント・祭りや市の事業に参加。
- 体組成測定:市内に設置された体組成計で測定。
- 情報閲覧:情報(食事レシピ、健康コラム、健康ショートドラマ 等)の閲覧
ⅲ ポイント交換
貯めたポイントは、市内の協力店舗で使用できる地域通貨の「くにPay」と、500ポイントごとに500円相当で最大3,000ポイントまで交換可能。
②事業の成果
令和6年度の募集ではアプリコース900名、活動量計コース100名の定員に対し、多くの応募があり、特にアプリコースは早期に定員に達した。このことから、事業に多くの市民が参加し、健康づくりへの関心を刺激し、健康的な生活習慣の定着のきっかけになっていると考えられる。また、貯めたポイントの使用状況等は公表していないが、市内の協力店舗で使用できる商品券や特産品、電子マネーと交換可能できるため、地域経済循環型の経済活性化にも寄与している。
(2)事例2:甲府市「健康ポイント事業」
山梨県内の事例で、市民の健康増進と地域経済の活性化を目的として「健康ポイント事業」を実施している。日常生活における健康づくり活動に対してポイントを付与し、一定のポイントを貯めると景品と交換できる仕組みである。同市は利用者が紙に運動内容などを記録する方法でこれまで健康ポイント事業を進めていたが、利用者は65歳以上が半数以上を占める一方で、手間がかかるため働き盛り世代の参加率が低いという課題があった。2024年度からスマホアプリの活用に切り替えたが、これは利用者の裾野を広げ、より若い時から健康意識を高める狙いもある。
以下は甲府市HPを参考にまとめたものである。
①事業の概要
ⅰ 参加方法
アプリをダウンロードし登録して参加。その後、対象となる健康づくり活動をしてポイントを貯めていく。
ⅱ ポイント獲得方法
- 健診・測定:健康診査、がん検診、その他の健診、禁煙外来の受診や体組成の測定、結果の改善。
- 運動:ウォーキング、民間ジム等施設で運動、登山等。
- 社会参加:地域や趣味の集まりへの参加や健康に資する教室・イベントへの参加。
- 人材養成講座の修了:健康リーダー活動、生活支援サポーター養成講座の修了、認知症サポーターステップアップ講座の修了。
- 健康の自己管理:各種ヘルスケアアプリの利用。
- 健康クイズへの参加:健康に関するクイズへの挑戦。
ⅲ ポイント交換
1,000ポイント以上を貯めると、景品や地域商品券、電子マネーと交換可能。市内特産物とも交換可能。
②事業成果
結果は公表されていないが、特徴的な事項としては、同市内の山への登山や健康クイズへの参加でポイント貯められることが挙げられ、これが働き盛り世代の参加率増加のための工夫の一つである。また、貯めたポイントは、市内の協力店舗で使用できる商品券や特産品、電子マネーと交換可能であるため、地域経済循環型の経済活性化にも寄与している。
(3)事例3:西東京市「健康ポイント事業」
本市は「歩く」ことを中⼼に運動に応じてポイントを付与するなどで、健康づくりを実践する機会を提供し、市民の健康維持を図ることと地域活性化を主な目的に健康ポイント事業を開始した。主なターゲットは、20代から50代の市民であり、アプリから得られる歩数や体重などのデータを基に市民の行動変容などを把握し、新たな健康施策への活用も想定している。以下は西東京市HPをまとめたものである。
①事業の概要
ⅰ 参加方法
「あるこ」は、スマートフォンアプリであり、同市民であればだれでも参加ができる。本アプリは歩数計測や体重記録、エクササイズ動画の視聴など、多機能な健康管理アプリである。
ⅱ ポイント獲得方法
- 運動:ウォーキング
- 健診:健康診断、人間ドックの受診
- 健康の自己管理:エクササイズ動画等視聴
- イベントへ参加:地元企業と連携した期間イベントへ参加し達成
ⅲ ポイント交換
毎月1,000ポイントを達成すると抽選で電子マネー(PayPayマネーライト、Amazonギフトカード、QUOカードPayの中から選択)や、地元企業と連携した景品と交換可能。
②事業成果
この取り組みは、市民の健康意識向上と行動変容に寄与し以下の成果を挙げている。
参加数については、アプリ導入前は約400人だった健康増進事業の参加者が、導入後には5,000人以上に増加。歩数については平均歩数が一人当たり1日約1,928歩増加し、8,000歩以上歩く利用者の割合が1.2倍に増加。利用者の健康意識については約75%が「歩くこと」を、約43%が「できるだけ身体を動かすこと」を意識するようになった。
(4)掲載事例の比較
以上の3事例を健康増進、地域活性化の観点から下表にまとめる。
図表5 健康ポイント事業の事例比較
①健康増進の視点
健康増進については、国立市は健康診断の受診率向上を主軸においているのに対して、甲府市と西東京市は、幅広い世代を対象にウォーキングを中心とした運動習慣の定着を重視している。
②地域活性化の視点
ⅰ 国立市
地域イベントを通じた住民間交流を推進し、コミュニティの絆を強化。獲得ポイントを地域通貨「くにPay」へ交換も可能。健康診断受診を促進しながら地域イベント参加を強化しており、対象が広く、特に高齢者の社会参加促進に有効となる。
ⅱ 甲府市
ウォーキングを中心にしており、中高年層の健康維持に適したモデルと言える。登山をポイント獲得に入れるなど地域資源の活用や、地元の魅力を発信するイベントへの参加、また、獲得ポイントを地元商品、電子マネー(PayPayポイント、Amazonギフトカード)へ交換も可能である点も地域活性化に寄与する。
ⅲ 西東京市
参加者アンケートの意見を参考に新施策を展開している。ウォーキングに特化しシンプルであり利便性も高く、市内の協力店舗で使用できる商品券や特産物や電子マネーへの交換も可能である点も地域活性化に寄与する。
(5)健康ポイント事業の今後(「地方創生」と予想と期待される成果)
今年就任した石破首相は、地方創生の取組を再起動させることを基本方針の “一丁目一番地” に挙げている。地域の潜在力を発見し、伸ばす取組を行うことにより、「楽しい」「面白い」物語が地域で共有・広がっていくことを期待しているとも発言している。
政府が現在検討する「新型交付金」は、「デジタル田園都市国家構想交付金」に代わるものであり、地方創生の施策推進に向けた柔軟な財源として位置づけられており、重要な施策である。
健康ポイント事業は、この交付金を活用することで以下のような展開が想定される。
①自治体独自の健康ポイントプログラムの拡充
新型交付金を財源とし、先行事例を参考に、より発展した各地域の特性に合わせた健康活動をポイント対象に設定できる。
②デジタル技術の活用
健康ポイント事業によりフィットしたICT技術を導入し、スマホアプリや地域カードシステムを通じたポイント管理の効率化ができる。
③経済波及効果の最大化
健康ポイントの利用を地元商店や観光施設、特産品購入に特化させることで、地域内での経済循環をより加速させることができる。
4.おわりに
以上の通り、「健康ポイント事業」は、地方創生において今後の地域経済活性化および社会的課題解決に資する重要な政策であることがわかる。政府が創設する新型交付金の柔軟な活用が、各自治体における健康ポイント事業の推進を後押しすることで、住民の健康増進と地域経済の好循環が同時に実現することが可能となる。したがって、今後は、具体的な施策として地域ごとの特性を反映した健康活動の導入と、ICT技術を活用したシステム整備がカギとなると考えられる。
この「健康ポイント事業」が、地方が輝く可能性「新地方創生」の一つの解答になることを、期待せずにはいられない。