Vol.318 スポーツ×地域活性化
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 藤原 佑樹
1.はじめに
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、2020東京大会とする。)の新種目として扱われ話題となったスケートボードも、今となっては若者が街中や広場で遊ぶようになり、自転車競技で使用されているロードバイクも、通勤や通学で使用している姿をよく見かけるようになるなど、スポーツは人の生活により身近になってきている。
近年では、スポーツは健康増進だけでなく、地域産業の価値を高めることや、社会課題を解決することにも寄与すると打ち出されている。本稿では、「スポーツ」が地域にどんな影響を与えてきたか、どういった影響を与えることができるかを、事例を通して考えていきたい。
2.「スポーツ推進」とは ~国が目指すスポーツとの関わり方~
(1)スポーツ基本計画の概要
そもそも「スポーツ」とはどういう活動のことをいうのか。
スポーツ史の研究によれば、英語の「Sport」は19~20世紀にかけて世界で一般化した言葉であり、その由来はラテン語の「deportare」(デポルターレ)という単語だとされている。デポルターレとは、元々は「運び去る、運搬する」という意味であり、「気分を転じさせる、気を晴らす」といった精神的な次元の移動・転換から、やがて「義務からの気分転換、元気の回復」という意味をもつようになった(出典:笹川スポーツ財団 スポーツとは何か)。また、辞書によると、「楽しみを求めたり、勝敗を競ったりする目的で行われる身体運動の総称。陸上競技・水上競技・球技・格闘技などの競技スポーツのほか、レクリエーションとして行われるものも含む。」と紹介されている(出典:デジタル大辞林)。
つまり、「人生を楽しく、健康的で生き生きとしたものにするために、競うことで勝利を追及してもいいし、自分ペースで楽しんでもいい。誰もが自由に身体を動かし、自由に観戦し、楽しめるものである」というのが、スポーツの本質である。
日本におけるスポーツの歴史を遡ると、明治期にアメリカ合衆国から導入されて以降、スポーツは体育教育の一環として、青少年の心身の健全育成などを目的に展開されてきた。1964年の東京オリンピック・パラリンピック開会に向けて、1961年に「スポーツ振興法」が制定され、以降50年にわたりスポーツが推進されてきたが、2020東京大会開催決定を機に、「スポーツ振興法」を50年ぶりに全部改正し、新たに「スポーツ基本法」が制定された。この法律の制定に伴い、スポーツ庁が新たに設立され、2020東京大会等の日本開催に向けた活動や、スポーツを通じた健康増進、地域活性化、国際的な地位向上等に向けて、多様な施策が推進されてきた。
この「スポーツ基本法」の規定に基づき、スポーツ庁は、スポーツに関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るための重要な指針となる「スポーツ推進計画」を策定している。第2期計画までは、スポーツを「する」「みる」「ささえる」という様々な参画を通じて、より多くの人々がスポーツの楽しさや感動を分かち合い、互いに支え合う「スポーツ文化」の確立を目指して様々なスポーツ施策を展開してきた。現在の第3期スポーツ推進計画では、国民がスポーツを「する」「みる」「ささえる」ことを真に実現できる社会を目指すには、
- スポーツを「つくる/はぐくむ」
- 「あつまり」、スポーツを「ともに」行い、「つながり」を感じる
- スポーツに「誰もがアクセス」できる
といった「新たな3つの視点」が必要であり、これらの視点はそれぞれが完全に独立したものとして捉えるのではなく、相互に密接に関係しあう側面があることに留意しながら、関係者が一体となって「スポーツ立国」実現を目指すこととされている。
図表1 第3期スポーツ基本計画におけるスポーツの捉え方

図表2 第3期スポーツ基本計画における3つの新たな視点

この計画の施策をみると、「2020東京大会のスポーツ・レガシーの継承・発展に向けて、特に重点的に取り組むべき施策」や「『新たな三つの視点』を支える具体的な施策」に掲げた内容も含めて、以下のとおり12項目の施策を推進することとしている。
(スポーツの振興を図るための施策)
① 多様な主体におけるスポーツの機会創出
② スポーツ界におけるDXの推進
③ 国際競技力の向上
④ スポーツの国際交流・協力
(スポーツによる社会活性化・社会課題の解決を図るための施策)
⑤ スポーツによる健康増進
⑥ スポーツの成長産業化
⑦ スポーツによる地方創生、まちづくり
(上記7つの施策を実現するための必要となる基盤や体制を確保するための施策)
⑧ スポーツを通じた共生社会の実現
⑨ 担い手となるスポーツ団体のガバナンス改革・経営力強化
⑩ スポーツの推進に不可欠な「ハード」「ソフト」「人材」
⑪ スポーツを実施する者の安全・安心の確保
⑫ スポーツ・インテグリティの確保
このうち、スポーツと地域の活性化に特に関わりのある、「⑦ スポーツによる地方創生、まちづくり」について、どのような活動をしているかに注目してみていきたい。
(2)スポーツによる地方創生、まちづくりとは
スポーツによる「まちづくり」とは、具体的にどういうことをいうのだろうか。スポーツ庁によると、「スポーツ自体を楽しむこと、スポーツ自体を振興することに加えて、そうしたスポーツで感じることのできる力(楽しさ、感動、共感など)を積極的に活用して、地域の様々な課題(地域の少子高齢化、地域住民の健康増進、地域の活性化、地域経済の衰退など)を解決し、地方創生・まちづくりを実現すること」と紹介している。
図表3 スポーツによるまちづくり

そのための具体的な施策の内容の一例として、スポーツ推進計画では「スポーツツーリズムの更なる推進」や「地域スポーツコミッション」を挙げているが、まずはその2つがどういうものかを確認していく。
① スポーツツーリズムとは
2011年に策定された観光庁の「スポーツツーリズム推進基本方針」によると、スポーツツーリズムとは、「スポーツを「観る」「する」ための旅行そのものや周辺地域観光に加え、スポーツを「支える」人々との交流、あるいは生涯スポーツの観点からビジネスなどの様々な目的での旅行者に対し、旅行先の地域でも主体的にスポーツに親しむことのできる環境の整備、そして[1]MICE推進の要となる国際競技大会の招致・開催、合宿の招致も包含した、複合的でこれまでにない「豊かな旅行スタイルの創造」を目指すものである」と紹介している。わかりやすくいうと、スポーツと観光を掛け合わせたもののことをいい、例えば、都外の方が東京マラソンに参加することや、宮崎県や沖縄県までプロ野球のキャンプを見に行くなど、普段行かない地域に行き、自身がスポーツをするだけでなく、チームを応援したり見たりすることも含まれる。
さらに、2017年には「スポーツツーリズムの需要拡大・定着化」を目的とした「スポーツツーリズム需要拡大のための官民連携協議会」が発足し、アウトドアスポーツを中心テーマとして討議が行われた。これと並行して、国内及び海外7か国・地域を対象に、日本国内でのスポーツツーリズムに関する意識やニーズに関わるマーケティング調査も実施された。その結果、日本の自然環境下で行う「アウトドアスポーツ」と「武道」の見学や体験は、日本の強みが活用でき、国内及び訪日個人旅行者の需要拡大に有望な分野であるとされたことから、イベントや合宿に加え、これらを「新規重点テーマ」としたプロモーションやコンテンツ開発が行われることとなった。
国の第3期スポーツ基本計画においても、各地域や関連事業者と連携し、各地域の自然資源を活用した「アウトドアスポーツツーリズム」や、インバウンドニーズの高い日本発祥の武道を活用した「武道ツーリズム」について、コンテンツ開発を積極的に推進するとともに、[2]アーバンスポーツ、[3]ワーケーション等の地域資源をいかした新たなコンテンツの開発や、DXの活用等新たな分野の開拓・チャレンジを積極的に推進することとしている。
図表4 スポーツツーリズム 重点テーマ

② スポーツコミッションとは
スポーツによる地域振興という共通する目的に、先に説明したスポーツツーリズムも含め、域外から参加者を呼び込む「地域スポーツ大会・イベントの開催」、国内外の大規模な「スポーツ大会の誘致」、プロチームや大学などの「スポーツ合宿・キャンプの誘致」、住民向けの「地域スポーツクラブの運営」、「健康増進・地域交流イベントの開催」などに対して、スポーツ団体や地方公共団体、民間企業(観光協会、商工団体、大学、観光産業、スポーツ産業等)などの異業種間にヨコ串を刺しながら連携・協力して取り組む組織(ネットワーク)のことを、「地域スポーツコミッション」という。スポーツと景観・環境・文化などの地域資源を掛け合わせ、戦略的に活用することで、まちづくりや地域活性化につなげる取組を推進している。
国の第2期スポーツ基本計画では、2021年度末までに、全国の地域スポーツコミッションの設置数を170にまで拡大することを目標として掲げていたが、スポーツ庁の調査によると、2021年10月段階で、既に全国に177の地域スポーツコミッションが設置されていることが確認されている。第3期計画では、地域スポーツコミッションの更なる「質の向上」のため、その経営の安定性を高める活動や、経営において基盤となる人材の育成・確保に取り組むこととしている。
図表5 スポーツコミッション 概要

さらに国は、第2期計画の期中から、2020東京大会等の「スポーツ・レガシー」を各地に残すため、従来の「スポーツツーリズム」だけでなく、広くスポーツによる地方創生、まちづくりといった、各地の「スポーツ・健康まちづくり」の促進に取り組み始めた。今後は、全国各地でのまちづくりを本格的に加速化し、スポーツが地域・社会に貢献し、ひいては、スポーツの競技振興への住民・国民の理解と支持を更に広げ、競技振興と地域振興の好循環を実現していくことが課題であるとしている。
また、外から人を呼び込み稼ぐ「アウター施策」だけでなく、例えば、健康スポーツ教室や総合型地域スポーツクラブといった、地域住民向けの「インナー施策」も含めて、総合的に進める必要があるとして、様々な活動を推進している。
3.スポーツはどれだけ身近か ~アンケート調査結果からみるスポーツ~
これまで、スポーツを活用した国としてのまちづくりの方針をみてきたが、実際に国や山梨県では、どれだけの方がスポーツに興味をもち、どれくらいの方がスポーツを行っているのだろうか。山梨県では、令和5年11月に18歳以上の県民を対象にした「県民のスポーツに関する意識・活動調査」を実施したので、その結果を確認していく。
(1)1年間の運動やスポーツの実施状況
1年間の運動やスポーツの実施状況について、山梨県では、83.0%の方がこの1年間で運動やスポーツを「行った」と回答した。全国の同様の調査では「行った」と回答した割合は約8割となっており、山梨県は全国よりもやや高い結果となった。また、運動・スポーツを行った人のうち、運動やスポーツを行った頻度でみてみると、「週1~2日」が39.9%で最も高く、次いで「週3日以上」が31.4%となっている。

https://www.pref.yamanashi.jp/documents/3611/dai13kai.pdf
加えて、運動実施者と運動未実施者の、今後行ってみたいスポーツの種類についてみると、運動の実施・未実施に関わらず「ウォーキング」が最も高く、次いで「体操」や「屋内器具」が高くなっている。また、「軽い球技」を除くとどれも個人で行うスポーツであることがわかる。

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(2)スポーツ実施に関係する要因
運動・スポーツを行った理由を見てみると、「健康や体力づくり」が65.7%で最も高く、次いで「楽しみ気晴らし」が48.1%、「運動不足」が44.2%と続いている。
国の調査における同様の設問では、「健康のため」、「体力増進・維持のため」、「運動不足を感じるから」などの回答が多く、スポーツをする目的は心身の健康も含めて、主に「健康増進」であることがわかる。

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一方で、運動・スポーツを行わなかった理由については、「機会がなかった」が51.7%で最も高く、次いで「忙しかった」が46.6%となっており、上位2項目が突出して高くなっている。

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また、運動未実施者のうち、「運動・スポーツをする機会があれば、積極的に行いたいか」という問いに対し、「はい」と回答した割合は65.5%であり、運動・スポーツを行いたいと考えている割合が半数以上であった。
しかし、「どんな問題が解消されれば運動・スポーツを行うか」という設問では、「余暇時間の確保」が65.8%で最も高く、次いで「身近な活動場所」が50.0%、「お金がかからない」が34.2%と続いている。これらの結果から推測すると、スポーツを行わない理由として最も高かった「機会がなかった」というのは、「スポーツをする機会や誘いはあっても、忙しくて時間が確保できなかった」、もしくは「身近に活動場所がなかった」などということだと思われる。今後、スポーツの実施を推進するためには、身近な場所に活動場所をつくるハード面の整備だけではなく、余暇時間の確保のための方策や、余暇時間や活動場所を確保しなくても手軽にスポーツができる方法を考えることが、1つの鍵になってくるのではないだろうか。
(3)スポーツの観戦方法
山梨県におけるスポーツの観戦方法は、「テレビ・ラジオ」が69.7%と最も高くなっており、現地観戦は17.1%と約2割となっている。一方、国の調査では、テレビやインターネットで観戦した割合は約7割と山梨県と同様であるが、スポーツを現地で観戦した割合は25.9%で、山梨県と大きな差はないものの、山梨県では現地でスポーツを観戦する割合が、全国と比較してやや低い結果となった。

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スポーツに興味を持つきっかけとなるのは、実際に「する」ことはもちろん、「見る」こともきっかけとなることが多いだろう。自分はスポーツをすることが苦手でも、スポーツを見ることが好きという方もいれば、スポーツ観戦の雰囲気が好きという方もいる。筆者の周りには、「プロ野球は好きではないが、試合会場でビールを飲みながらプロ野球を直接観戦するのが好きだ」という方もいた。スポーツとの関わり方は多様であることから、そこにスポーツに興味を持ってもらう可能性があると感じている。
(4)総合型地域スポーツクラブの認知度
地域の身近なスポーツ活動の受け皿の1つとして、総合型地域スポーツクラブが挙げられる。総合型地域スポーツクラブとは、身近な地域でスポ-ツに親しむことのできる新しいタイプのスポーツクラブで、子供から高齢者まで(多世代)、様々なスポーツを愛好する人々が(多種目)、初心者からトップレベルまで、それぞれの志向・レベルに合わせて参加できる(多志向)という特徴を持ち、地域住民により自主的・主体的に運営されるスポーツクラブのことをいう。総合型地域スポーツクラブは平成7年度から育成が開始され、それぞれの地域においてスポーツの振興やスポーツを通じた地域づくりなどに向けた多様な活動を展開し、地域スポーツの担い手としての役割や地域コミュニティの核としての役割を果たしている。
しかし、実際の認知度についての調査結果では、「知っている」と答えた割合は17.9%に留まっている。筆者も総合型地域スポーツクラブという名称には馴染みがない。しかし、山梨県の総合型地域スポーツクラブで検索してみると、「Uスポーツクラブ」や「Camelia」といったクラブ名があったが、筆者はサッカーを趣味にしていることから、こうしたサッカー教室を開催しているスポーツクラブについては知っていた。「総合型地域スポーツクラブ」という名称では知らなくても、スポーツクラブ名で聞けばもしかしたら知っている方はもう少し増えるかもしれないが、そもそも、山梨県内の総合型地域スポーツクラブがどういった活動をしているかわからない人のほうが多いと思われる。認知度の向上を図る前に、これまでの事業の実績を確認し、地域住民のニーズと合っているかなどを考えてみるのも必要ではないだろうか。

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(5)山梨県のスポーツコミッション「やまなしスポーツエンジン」の認知度
「やまなしスポーツエンジン」とは、山梨県、山梨県内のイベント・観光関連企業、大学、スポーツ関連団体で構成している地域スポーツコミッションである。「~自然を生かしたアウトドアスポーツアクティビティを『山梨』で~」をコンセプトに、豊かな自然や観光資源を活用したアウトドアスポーツアクティビティの開発や、スポーツツーリズムの推進、スポーツと他産業との連携による新たなサービスの創出などに取り組んでいる。
代表的な活動として、特別な体験が出来るサイクルツアーを提供しているが、その1つとして、「CYCLE ADVENTURE Tour. in Minami-Alps」が令和6年11月4日に開催された。山梨県が世界に誇る南アルプスの山々において、北岳登山の玄関口を目指して雄大な自然の中を自転車で走行し、目的地に到着した後は、美しい自然の中で特別なアウトドア・アクティビティ体験や食事を取りながら、ゆっくりとした時間を過ごす、自転車とアウトドアを融合させた新たな複合型サイクルアドベンチャーツアーである。
しかし、「やまなしスポーツエンジン」の認知度について、「知っている」と回答した割合は3.8%と、山梨県民にほとんど知られていないことがわかった。スポーツを通して山梨県の魅力を発信する事業を行っているため、主なターゲットは県外や国外の方であることが想定されるが、一過性のイベント企画が中心となっており、地域の継続的な活動に繋がっていない、もしくは、地域スポーツコミッションと地域の関係団体との繋がりがうまく構築されていない、ということかもしれない。いずれにしても、地域とのつながりを再構築するためには何が必要か、地域とともに何を目指すのか、今一度立ち止まって見直す必要があるのではないだろうか。

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図表6「やまなしスポーツエンジン」による「CYCLE ADVENTURE Tour. in Minami-Alps」テーマ

図表7「やまなしスポーツエンジン」による「CYCLE ADVENTURE Tour. in Minami-Alps」概要

以上、山梨県のアンケート結果全体を振り返ると、年1回以上スポーツをしている方は約8割、さらに週1回以上の方は約7割となっており、国の数値よりも高いことから、スポーツを実施している方は比較的多いことが窺える。また、スポーツ観戦においても、現地とテレビ等を含めると8割以上の方がスポーツを観戦しており、スポーツに興味を持っている方はとても多いことがわかった。
山梨県の「山梨県スポーツ推進計画」では、令和8年度までの数値目標として「週1回以上の運動・スポーツ実施率を70.0%以上に維持すること」や、「運動・スポーツ未実施率を10.0%以下にする」ことを目標に掲げている。この目標を達成するためにはどうすべきか、スポーツをより身近にしていくためには何をすべきかが、今後の計画の推進に関わる課題となるだろう。その鍵となるのが、「総合型地域スポーツクラブ」や「スポーツコミッション」であると思うが、その認知度はなかなか上がっていない現状がある。
一方で、スポーツの種目については、個人で行うことができる種目で誰もが実施しやすい「ウォーキング」や「体操」の回答が高くなっている。スポーツを始めたいと考えている方には最適だが、用具を活用したスポーツや、複数人で行う球技などに参加してもらうためには、1つ大きなハードルがあるように思える。そのハードルを超えて、様々なスポーツを実施してもらうために、「総合型地域スポーツクラブ」や「スポーツコミッション」があると感じている。こうした「総合型地域スポーツクラブ」や「スポーツコミッション」を活用した活動事例は数多く存在しているため、その中でも特徴のある3つの事例について、次章で紹介していく。
4.スポーツを活用した地域活性化の事例
スポーツを活用した地域活性化について、どのような事例があるだろうか。先の調査でもわかったように、山梨県にはスポーツに興味を持っている方は比較的多いため、スポーツを活用した地域活性化の可能性は十分にあると感じている。ここでは、スポーツを活用した山梨県の地域活性化に役立つと考えられる他県や他市の事例についてみてみたい。
(1)地域資源を生かしたスポーツ振興~笠間スポーツコミッションの事例~
スポーツで地域活性化を図る場合、もともとその地域で人気のあるスポーツを活用する事例もあれば、全く無縁のスポーツを誘致して地域を盛り上げる事例もある。今回は後者の事例である、茨城県笠間市の事例を紹介する。
茨城県笠間市は、茨城県の中央部に位置し、人口7万1千人あまりの市で、市の特産品として栗や笠間焼が有名である。また、スポーツでは合気道開祖、修練の地とされる神社と道場があり、市内にはゴルフ場が9つあるゴルフの町としても知られている。
こうした笠間市だが、他の地方都市と同様、人口の減少と老年人口の割合増加という課題を抱え、若年層を呼び込むための施策が必要とされてきた。その中で、県と市が「笠間芸術の森公園」の魅力向上や地域活性化も合わせて検討した結果、公園内にスケートボードパークを整備することに至った。このスケートボードパークの開園とともに、地域スポーツコミッションとして「笠間スポーツコミッション」を設立し、日本スケートボード選手権等のハイレベルな大会の誘致やジュニア向けの合宿等を開催するほか、スケートボードパーク関連事業以外にも、スポーツツーリズムやゴルフのまちとしての魅力向上への取り組みを積極的に行っている。
令和5年度の実績を見ると、市内の方にもスケートボードに興味を持ってもらえるよう、市内親子向けのスケートボード体験会を開催したほか、BMXやBREAKIN’といった、オリンピックの新種目となった競技のイベントを積極的に行い、参加者と観覧者合わせて千人を超える大勢の方が参加したケースもあった。このように、市外の方を呼び込むだけでなく、市内に住む方にも興味を持てるよう工夫するとともに、プロスポーツチームとも連携して事業に取り組んでいる。
山梨県では、北杜市が新たにスケートボードパークを開園したことや、山梨県内はゴルフ場が数多く営業していることから、こうした資源をうまく活用すれば、笠間市のようにスポーツで地域を盛り上げることもできるのではないだろうか。
図表8 一般社団法人笠間スポーツコミッションの取組概要

図表9 一般社団法人笠間スポーツコミッション令和5年度実績一覧

(2)複数のスポーツを体験できる機会の提供 ~一般社団法人東京ヴェルディスポーツクラブのマルチスポーツキャラバンの事例~
今日、どの地域にも当てはまる課題が、人口減少や少子高齢化である。山梨県のスポーツ推進計画では、スポーツへの参画機会の充実を図るために「一人一スポーツ」を推進しているが、人口が減少すると、スポーツに関わる方も同様に減っていくことが想定される。「スポーツを全くしていない人が、少なくとも1つはスポーツを行ってほしい」という意味での言葉だと筆者は理解しているが、スポーツに触れることで、これまでつながらなかった人ともつながることができるかもしれない。こうした楽しさを感じることができるスポーツの種類が増えることで、より一層豊かな生活を送ることができるのではないだろうか。
東京ヴェルディクラブは、16競技からなる総合型地域スポ-ツクラブであり、クラブが運営する多種目の競技を通じて、子どもたちが体を動かすことの楽しさやいろいろなスポーツのおもしろさや可能性を感じることのできるスクールを開催している。多様な競技のチームを運営し育成・普及環境を充実させることで、多くの方がスポーツに触れられる機会を提供することにより、生涯スポーツ社会の実現や、健康で文化的な地域社会の構築を目指して活動をしている。
この東京ヴェルディスポーツクラブは、昨年3月、中央区立総合スポーツセンターと協力し、『マルチスポーツキャラバンin中央区浜町』を開催した。スポーツキャラバンとは、東京ヴェルディに所属する16競技19種目の中から、複数の競技の選手やコーチたちが指導スタッフとして集まり、1日で色々な競技を体験できるスポーツイベントである。このイベントでは年齢に関係なく誰でも参加することができ、今回のイベントでは、3×3バスケットボール、チアダンス、セパタクロー、フットサル、eスポーツの体験が行われた。
山梨県のアンケート結果からもわかるように、スポーツとして「ウォーキング」や「体操」をしている方が多い。それで終わらず、こうした場で様々なスポーツの体験をすることで、よりアクティブな自分に合うスポーツが見つかるかもしれない。
図表10 一般社団法人東京ヴェルディスポーツクラブによるマルチスポーツキャラバンin中央区浜町 概要

(3)スポーツコミッションの広域連携 ~盛岡広域スポーツコミッションの事例~
スポーツコミッションは市町村の単位で組織されていることが多いが、中には複数の市町村が連携してスポーツコミッションを組織しているケースもある。代表的な例は、岩手県の「盛岡広域スポーツコミッション」である。
2016年の希望郷いわて国体・いわて大会において、盛岡広域に属する岩手県内8市町(盛岡市・八幡平市・滝沢市・雫石町・葛巻町・岩手町・紫波町・矢巾町)が円滑に連携・調整できるよう設置された「盛岡広域首長懇談会・国体部会」を発展的に解消し、盛岡広域圏のさらなるスポーツツーリズムの推進を目指すため、2017年に「盛岡広域スポーツコミッション」が設立された。盛岡広域8市町がそれぞれの自立性を尊重しつつ、相互に連携・協調して、盛岡広域圏の魅力の発信と賑わいの創出を図っている。
盛岡広域スポーツコミッションは、事務局を盛岡市交流推進部スポーツ推進課スポーツツーリズム推進室に置き、職員数9名(うち地域おこし協力隊1名)で活動している。活動内容は、コミッションの認知度の向上、活動の周知を図るため、公式ウェブサイトやSNSで実施事業やスポーツイベントの案内、開催報告などを発信するほか、プロスポーツとの連携や支援による地域スポーツの魅力向上やスポーツツーリズムの推進に取り組んでいる。広報については、イラスト制作、SNSでの発信といったスキルをもつ人材(地域おこし協力隊)とともに活動していることで、公式ウェブサイトは市の事業の中でもトップクラスのアクセス数を誇っている。他にも、8市町にゆかりのある選手・指導者を一体となって応援するプロジェクト「エイト・オリンピアンズ・プロジェクト」を展開しているが、このプロジェクトの選手・指導者を紹介するための記事を地元のスポーツ雑誌に掲載している。それにより、ウェブサイトだけでなく、紙媒体でも幅広く8市町の住民に情報を届け、プロジェクトの機運醸成に結び付けている。
人口減少により、今後は1つの地域では存続が難しくなるスポーツクラブもあるだろう。自治会でも運動会に関わる人が少なくなり、活動自体をやめてしまうところもあると耳にしたことがある。こうした場合、1つの地域内で解決策を考えるだけでなく、周りの地域と合同での実施といった広域的な事業として実施することも、1つの可能性として考えられるのではないだろうか。
図表11 盛岡広域スポーツコミッション組織概要

図表12 盛岡広域スポーツコミッション活動内容

ここまでみてきたように、スポーツと地域の関係を考えるときには、地域特有の事情や課題・制限、特徴があり、どこにでも通用する成功の方程式はないことが窺える。成功するためには、地域で何が求められているのか、何が足りなくて何が充実しているのか、どのような手法なら地域を巻き込んで盛り上げていけるのか、キーになる人材はいるのかなど、それぞれの地域が持つ特性に合わせて考えることが必要となると思われる。
5.まとめ
地域活性化や社会課題の解決など、スポーツは地域を盛り上げる様々な可能性を持っている。さらに、スポーツは国や言語を超えて交流することができるため、自然や地域資源、伝統を活用して地域の魅力を海外の方や観光客にも伝えることもできるだろう。しかし、「スポーツツーリズム」や「スポーツコミッション」の活動を調査する中で疑問に感じたのは、「魅力を伝えるといった外向けの活動が多く、内向きの、地域のための活動が少ない」ということである。内向けの活動(インナー事業)よりも、外向けの活動(アウター事業)のほうが見栄えが良くインパクトも大きいが、地域資源や伝統があってこその事業だということを忘れてはいけない。
また、スポーツを地域振興と結び付けて盛り上げるためには、これまでの第2次スポーツ推進計画で定義されてきた「する」「みる」「ささえる」の視点だけでなく、第3次計画にあるような、誰もがスポーツにアクセスしやすく、スポーツを行うことで人とのつながりを感じることのできる環境づくりが重要になる。さらに、実施するスポーツを1種類に限定するのではなく複数のスポーツを実施することで、つながりはより広く多様となり、楽しみを感じる機会が増えるのではないだろうか。
一方で、近年では「指導者不足」も課題として言われている。これまで指導者は「ボランティア」として指導するのが主流であり、スポーツイベントを開催するにあたり学生に協力してもらう場合も「スポーツボランティア」として無償協力の場合が多い。筆者は、ボランティアとして活動することは大変素晴らしいことであるが、それも限界があり、対価がないと続かないのではないかと感じている。そのために必要なのは日当なのか、参加してみたいと思うワクワク感や楽しみを感じることができる仕組みづくりなのか、なにかしらの工夫が必要ではないだろうか。
地域活性化や社会課題解決など、スポーツには様々な可能性がある。「スポーツ」と聞くと、誰かと競争する、限界を超えて必死にやらなければいけない、といったイメージを持つ人もいるかもしれないが、楽しみを求める身体運動の総称も「スポーツ」である。スポーツをより身近に感じてもらうためには、まずはスポーツを「する」、もしくは「みる」のが「楽しい」と思える時間を過ごしてもらえるよう、スポーツの「入り口」を大きくし、入りやすくすることが、スポーツによる地域活性化の第一歩ではないだろうか。
【出典】
- スポーツ庁 https://www.mext.go.jp/sports/index.htm
- スポーツ庁Web広報マガジン「DEPORTARE」 https://sports.go.jp/
- スポーツ庁(2024)令和5年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/toukei/chousa04/sports/1415963_00012.htm(令和7年1月27日時点)
- 山梨県令和5年度県政モニター 県民のスポーツに関する意識・活動調査結果 https://www.pref.yamanashi.jp/documents/3611/dai13kai.pdf
- スポーツ庁地域スポーツコミッションポータル https://sportscommissiondata.com/
- サイクルアドバンチャーツアーin南アルプス https://cycle-adventure.com/
- 一般社団法人笠間スポーツコミッション https://www.kasama-sc.jp/
- 一般社団法人東京ヴェルディクラブ https://www.verdy.club/
- 盛岡広域スポーツコミッション https://greater-morioka-sc.jp/
- 笹川スポーツ財団 スポーツとは何か https://www.ssf.or.jp/knowledge/history/sports/01.html
- スポーツによる地域振興 ―その視点と具体的アプローチー 神成淳司、信朝裕行著
- スポーツで地域を動かす 木田悟 編
[1] 企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字のことであり、多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称。
[2] 広い場所を必要としない、個人が気軽に始められるなどの理由で、都市住民が参加しやすいスポーツ。BMX(フリースタイル)・スケートボード・スポーツクライミング・パルクール・インラインスケートなど。都市型スポーツ。
[3] work(ワーク)+vacation(バケーション)からの造語。休暇中、特に旅行先でテレワークを行うこと。