Vol.336 山梨県における「魚食文化」の実態と今後の展望


公益財団法人 山梨総合研究所 
専務理事 降矢 結城

1.  はじめに

 日本は四方を海に囲まれた島国であり、古来より魚介類は国民の主要なたんぱく源として食文化を支えてきた。一方で、近年は食生活の欧米化や肉類消費の増加、若年層を中心とした魚離れなどにより、1人当たりの魚介類消費量は長期的に減少傾向にあることが水産庁の統計から明らかになっている。

 そのような全国的な傾向の中で、山梨県は極めて特徴的な地域であると言える。海に面していない内陸県であるにもかかわらず、古くから魚介類を中心とした食文化が浸透しており、特にマグロの消費量は長年全国上位を維持している。
 本稿では、総務省や水産庁などの公的統計資料をもとに、山梨県における魚介類消費の現状を分析するとともに、その背景にある歴史や地域文化との関連性を踏まえ、将来に向けた「魚食文化」の持続可能性について考察する。

 

2.山梨県(甲府市)における魚介類消費の動向

 一般的には、海岸部の地域ほど新鮮な魚介類を容易に入手できるため、魚介類消費が多いと考えられるが、「海なし県」の甲府市は全国でも有数の魚介類の消費地である。
 総務省の「家計調査(2人以上の世帯)・品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング 」に基づく、主な魚介類の1世帯当たりの年間支出金額ならびに数量をベースにしたランキングのデータを下記の図表1~図表3に示す。
 2022~2024年の平均値では、甲府市の魚介類全体の年間支出金額は76,807円で、全国平均74,276円を上回っている。また、品目別・都市別のランキングをみるとアサリ、干しアジ、マグロなどを中心に全国トップクラスの支出を示す品目が数多く存在するのも特徴的である。
 特に注目すべきはマグロである。甲府市の年間支出金額は8,496円で、全国平均5,148円を上回っている。また購入数量も2,650gと全国平均1,638gを上回り、ともに順位は全国2位である(図表1・図表2)。
 単年度の支出金額順位の推移では、コロナ禍の影響と思われる変動(2020年~2021年)が散見されるものの、マグロをはじめとする多くの品目が安定的に上位にて推移している(図表3)。
 金額だけでなく購入数量においても全国トップクラスの順位を占めていることは、日常的にマグロが食卓に取り入れられていることを示唆しており、甲府市が全国有数のマグロ消費地であること、そしていわゆる「マグロが大好きな県民性」がデータから読み取れる。
 一方で、ブリ、タコ、エビなどの品目は順位が低く、特にイワシ、タイ、他の鮮魚は、対象の52市において50位程度と全国的にも下位にて推移している。
 このことから、甲府市は「魚介類全般を大量に消費する地域」というよりは、「マグロをはじめとする特定魚種への嗜好性が高い地域」であり、山梨県の魚食文化は単なる栄養摂取のためだけではなく、特有の地域文化や生活様式に根差して形成されてきたものと類推される。

 

図表 1 甲府市 魚介類「年間支出金額・数量」ランキング


 

 

図表 2 甲府市 主な魚介類の品目別・都市別「年間支出金額」ランキング

 

 

図表 3 甲府市 主な魚介類の品目別「年間支出金額」ランキング推移


 

3.山梨県で魚介類の消費量が多い要因

(1)歴史的背景・地理的要因

 山梨県は海岸線を有しない全国でも数少ない内陸県であるが、実際には古来から海産物が継続的に流入しており、内陸地域でありながら独自の魚食文化が形成されてきた。その背景にあるのは、駿河湾と甲府盆地を結ぶ交易ルートや物流網の発達である。
 戦国時代には、武田氏の支配下にて甲斐と駿河の交流が活発に行われ、塩や海産物は重要な交易品として流通していた。江戸時代になると、マグロなどの鮮魚については「魚の道」として知られる「中道往還(なかみちおうかん)」を使った、人馬による陸路の輸送が主流になった。甲府はいわゆる「魚尻点(生魚の鮮度を落とさずに運搬できる限界)」の圏内にあったことから、標高が高く夏場も涼しい富士山の西麓ルートを使うと、道のりは過酷ながらも最短一晩で新鮮な海産物を駿河から運ぶことができたという。
 ちなみに山梨県の名産品「アワビの煮貝」はこの陸路輸送の副産物であり、醤油漬けにしたアワビを甲府まで運ぶ過程で、馬の背の揺れによって醤油が染み込み、絶妙な美味しさに仕上がったことが由来とされている。
 また、富士川舟運の整備により水路による大量輸送が可能となり、日持ちのする干物や貝類、乾物や塩なども安定的に甲府に運ばれるようになったことも、魚介類が日常的な食生活に欠かせないものとなった一因であろう。
 明治以降になると鉄道網が発達し、さらに昭和57年の中央自動車道の全線開通や令和3年の中部横断自動車道 静岡~山梨間の開通により、東京都中央卸売市場や静岡県の各漁港から、安定的かつスピーディーに新鮮な魚介類を供給できるようになった。
 このように、山梨県は「海なし県」でありながら、物流網の歴史的な発達や首都圏及び静岡県に近接しているといった高い地理的優位性が、現在の魚介類消費を支える重要な基盤となっていると言える。

 

(2)「ハレの日のごちそう」と寿司文化のカジュアル化

 山梨県では、祝い事や正月、祭礼などの「ハレの日」や大事な来客へのもてなしに、刺身や寿司を振る舞う習慣が広く見られる。一般的に祝い事というと「タイ(めでたい)」が連想されるが、県内ではマグロが刺身の主役として、特別な日に欠かせない「ごちそう」に位置付けられている。魚介類が「日常食」であると同時に「もてなしの料理」としての強い意味合いを持っていることは、消費量の多さを裏付ける要因の一つと考えられる。
 さらに、「海なし県」であることが逆説的に新鮮な海産物への憧れや価値を高めた可能性もある。物流の発達によって容易に入手できるようになった結果、その価値観が消費行動を促し「海なし県なのにマグロを多く食べる」という独自の魚食文化を定着させていったとも類推できる。

 もてなしの料理として寿司が欠かせないことから、県内には寿司店が多い。山梨県の公表によると、人口10万人当たりの寿司店数は25.1事業所(2021年現在)で日本一を誇っており、このことからも古くからの魚食文化の浸透が窺える。
 先述の通り江戸時代、甲府は駿河からの「魚尻点」圏内であったが、当時はマグロなどの鮮魚の扱いが難しく、鮮度を保つ工夫から醤油漬けや酢〆などの保存技術が発達したと言われている。これが後の山梨県における寿司文化の発達につながったとの興味深い説もある。
 1980年代以降は、回転寿司チェーン店の全国展開に伴い、県内にも多数出店され、現在に至ってもファミリー層を中心に人気を博している。また最近時、大手スーパーマーケットでは手巻き寿司用のネタセットや寿司売場の品揃えを充実させており、家庭でも安価で食べられるようになった。
 寿司は「特別な日の食事」から「カジュアルな食事」という側面も広がりつつあり、こうした背景も魚介類の消費拡大を後押ししているものと考えられる。

 

(3)無尽文化との関連性

 山梨県の魚介類消費を語る上で欠かすことができないのが、独自の地域文化「無尽(無尽講)」である。
 無尽は本来、江戸時代から続く相互扶助を目的とした金融制度であり、一定人数が定期的に掛金を出し合い、順番に資金を受け取る仕組みとして発展してきた。しかし戦後になると金融機能は次第に薄れ、現在では仲間同士の親睦や交流を目的とした食事会・宴会・旅行会等として継承されている。全国トップレベルである山梨県民の健康寿命の長さは、無尽の効果が大きいなどと語られることも多い。
 現在は比較的年齢が高い層を中心に同級生、職場、自治会、商店街、農業団体、消防団など多様なコミュニティに無尽が存在し、定期的に会食が行われている。その席で提供される代表的な料理が、「マグロの刺身(刺身盛り合わせ)」「寿司」「焼き魚」「煮魚」「貝類のお吸い物・味噌汁」などであり、特にマグロの刺身は欠かせない定番料理に位置付けられている。
 無尽では、一度に複数人が同じ料理を囲むため、1世帯当たりの購入量以上に地域全体の魚介類需要が創出される。また「宴会ではマグロを食べる」「もてなしには刺身や寿司が不可欠」といった慣習が、無尽を通じ世代を超えて継承されてきたことは、魚食文化の浸透に大きな影響を与えてきたと考えられる。
 このように、山梨県におけるマグロをはじめとする魚食文化は、個人の嗜好のみならず、地域コミュニティの形成・発展と密接に結び付いた社会的な側面を有している点が大変興味深い。

 このように、山梨県の魚介類消費量の多さは、単一の要因によって説明できるものではない。歴史的な背景や地理的要因、インフラや物流網の整備・発展、生活に根差した食習慣や寿司文化・無尽文化の浸透など、県民の消費行動を長年にわたり支えてきた社会的・文化的な複数の要因が相互に作用した結果が、今日の「海なし県でありながらマグロ消費全国2位」という特徴を形成したと考えられる。

 

4.近年の魚介類の消費動向

 こうした山梨県における魚食文化にも、近年変化が生じている。この点について物価高の影響と若年層の志向の変化からみてみたい。

(1)物価高の影響

 水産庁「令和7年度 水産白書」によると、日本人1人当たりの年間魚介類消費量は2001年度をピークに減少傾向が続いており、2011年度を境に肉類消費量が魚介類消費量を上回る状況が定着している(図表4)。この背景には、食生活の多様化、共働き世帯の増加、調理の簡便性を重視する志向などがあるとされる。
 また近年、我が国では円安や世界的なインフレ、地政学リスクによる燃料価格の高騰などを要因として、食料品の消費者物価指数が大きく上昇している(図表5)。特に生鮮魚介類は2021年を境に突出して高い水準に上昇しており、これは漁獲コスト、養殖用飼料価格、冷凍・冷蔵物流費、円安による輸入コスト等の上昇などが主な要因とされる。

 

図表 4 食用魚介類の1人当たりの年間消費量の変化

 

図表 5 食料品の消費者物価指数の推移

 

 全国における生鮮魚介類の1世帯当たり年間支出金額は、2021年以降ほぼ横ばいに推移しているが、購入量は減少傾向が続いており、価格上昇の影響から生鮮魚介類の買い控えが顕著であることが読み取れる(図表6)。
 山梨県においても、甲府市のマグロは支出金額・数量ともに全国上位を維持しているが、この順位が今後も継続するかは不透明である。実質賃金が伸び悩み、家計における食費の負担増加が続く場合には、高価格帯の本マグロからメバチマグロやキハダマグロへの代替、あるいは冷凍・切り落とし商品の利用拡大など、消費行動の変化が進むことも考えられる。
 しかしながら、マグロは山梨県民にとって「特別なごちそう」という意味合いが高いことから、単なる価格弾力性だけでは説明できない需要の底堅さも十分予想される。価格上昇によって日常的な購入頻度は減少したとしても、祝い事や無尽などの機会需要は一定程度維持される可能性は高いであろう。

 

図表 6 生鮮魚介類の1世帯当たり年間支出金額・購入量の推移

 

(2)若年層の魚食志向の変化

 年齢階層別の魚介類摂取量は、図表7の通り若年層ほど摂取量が少ない。また40代以下の世代の摂取量の少なさは50代以上の世代と比べて顕著である。
 またその背景として、「骨をとるのが面倒」「魚のにおいが嫌い・手の臭いが消えない」「ゴミ処理が面倒」「調理方法がわからない」「台所の掃除が面倒」といった、食べるだけでなく調理をする上での要因が指摘されている(図表 8)。これについては、近年の共働き世帯の増加やライフスタイルの変化により、簡便性を重視した食生活が一般化していることが背景として考えられる。
 一方で、回転寿司やテイクアウト寿司の浸透、スーパーマーケットの刺身や寿司売場の充実などにより、調理しなくても手軽に魚や寿司が食べられるようになってきたのも事実である。魚介類に対する消費行動が「調理するもの」から「調理された商品を購入するもの」へと転換が進めば、若年層においても相応の消費の推移が見込めるものと考える。

 

図表 7 年齢階層別の魚介類の11日当たり摂取量

 

図表 8 魚料理を食べたり料理したりすることが嫌いな理由

 

5.将来に向けた魚食文化の展望

(1)山梨県の魚食文化は衰退していくのか

 2026年4月1日現在、山梨県の人口は777,642人で、52年ぶりに78万人を割った。人口減少は歯止めがきかず、加えて今後、高齢者の単身世帯や夫婦のみ世帯の割合も一層高まることが見込まれている。
 一般に、世帯人数が減少すると、大皿料理や刺身盛合わせなどの複数人向け商品の購入量は減少する傾向にある。また高齢者世帯では食事の量そのものが減少するため、山梨県においても魚介類の消費量減少は現実として避けられないであろう。
 今後、山梨県における魚食文化は大きな転換期を迎える可能性が高いが、筆者はそれが直ちに魚食文化そのものの衰退を意味するものではないと考えている。
 マグロをはじめとする魚食文化は「祝い事」「来客時のもてなし」「無尽」など地域社会における人々の営みと深く結び付いた地域特性であり、その価値は、統計上の購入数量だけでは測ることのできない古くから受け継がれてきた文化的資源である。また、観光振興の観点からも「海なし県なのにマグロを多く食べる県」という特徴は、独自の食文化として広く発信できる可能性を秘めている。近年ではインバウンド向けの観光施策にガストロノミーを重視している地域も多く、地域固有の食文化は高いポテンシャルを秘めた観光資源として再評価されている。
 山梨県においては、「魚を多く食べる県」という量的評価から、「魚食文化の伝統を継承する県」という質的評価へ視点を転換することが、魚食文化を衰退させることなく、持続可能な地域資源として継承・発展させていくために重要となるであろう。

 

(2)今後期待される取り組み

 魚食文化を次世代へ継承していくためには、いわゆる産学官金に加え、地元の流通事業者、飲食業界、地域コミュニティ等が連携した多角的な取り組みが必要であろう。筆者が考える主な具体例は以下の通りである。

 ① 「山梨県の魚食文化」のブランド化
  • 「海なし県なのにマグロ消費全国2位」の地域ブランド化及び観光・地域振興への活用
  • 県内の寿司店、鮮魚店、スーパーマーケット等の連携による共同キャンペーンの定期開催
  • 県外観光客向けの魚食イベントの開催(意外性の創出)
 ② 食育を通じた若年層への「魚食文化」の継承
  • 歴史的背景や成り立ち等の学習機会の充実
  • 小中学校での魚料理教室の実施
  • 無尽の映像による記録と保存(デジタルアーカイブ化)
  • 飲食店等と連携した新しいスタイルの無尽やコミュニティ組成の企画
 ③ 静岡県との広域連携による情報発信
  • 山梨県と静岡県を結ぶ「魚の道(中道往還)」を活用したツーリズムの企画
  • 漁港や鮮魚市場との連携による食文化交流イベントの開催

 これらの取り組みは、魚介類消費の維持だけでなく、地域文化の継承、食育の推進、地域経済の活性化にも寄与するものと期待できる。マグロをはじめとする魚食文化を地域ブランドとして位置付け、将来に向けた継承に取り組むことは、山梨県が提唱する「文化的テロワール」の可視化・発信にも大きな効果をもたらすものと考える。

 

6.おわりに

 本稿では、山梨県における魚介類の消費実態と、その根底にある伝統的な「魚食文化」の将来に向けた展望について考察した。
 歴史的・地理的な背景から「海なし県」に根付いたマグロをはじめとする魚食文化は、人々の暮らしや地域社会と深く結び付いた貴重な地域資源である。この山梨県特有の地域資源について新たな価値創出という視点から将来像を模索し、それを具現化していくことは、次世代への継承においても重要な取り組みであると考える。
 「マグロが大好きな県民性」に裏付けられた山梨県の「魚食文化」は、他地域には見られない魅力的な独自性を有しており、観光や地域振興、食育など幅広い分野で活用できる高いポテンシャルを秘めている。
 山梨県民の郷土意識の醸成や次世代における地域文化のリテラシー向上を図るためにも、身近な歴史や生活と深く結び付いた「魚食文化」が末永く継承され、地域資源として発展していくことを期待したい。

 

<追記>

 本稿は公的な統計資料や一般論をもとにまとめたものであるが、下記の2点については検証不足項目として明記する。

① アサリ、干しアジの消費が多い要因
② 国中地域内のその他地域ならびに郡内地域との魚食文化の違い

 ①については、日常の食生活において和食を好む高齢者層が多い山梨県の地域性、また献立における「アジの開き(焼き魚)」「アサリの味噌汁」等の定番化によるものと類推される。また②については静岡県により近い郡内地域においては国中地域とは違った魚食文化の形成が散見される。更には本稿では甲府市のデータを代表例としているが国中地域においても東西南北に地域差があるものと類推される。これらの検証においては資料が乏しく、本来であればフィールドワークが必要であると考える。
 以上の2項目についての検証は今後の課題としたい。


【出典・参考資料】

山梨県「食料支出金額・品目別の都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング(山梨県・甲府市のランキング)」
山梨県「山梨県の日本一」
総務省統計局「家計調査」
総務省統計局「家計調査(二人以上世帯)品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市ランキング」
水産庁「令和6年度 水産白書」
水産庁「令和7年度 水産白書」
株式会社かいや HP
すし 伊津美 HP